『高校演劇の作り方(または、夢見る者たちの逆襲)』            改訂版1 一九九七、六、一五           作・玉村 徹/脚色・羽水高校演劇部 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】   大澤 万里(演劇部3年・演技演出担当・部長)   山本 智花(演劇部3年・舞台監督担当・副部長)   吉江 朱美(新入生 雅美とは双子の姉妹)   吉江 雅美(新入生 朱美とは双子の姉妹)   上木 望 (新入生)   西村 雪枝(新入生)   植野 皐月(演劇部OB)   校内放送の声(?) -------------------------------------------------------------------------------- *緞帳が上がるが、舞台は暗い。大黒幕は下ろして、ホリゾントは見えません。  学校の中の自然なざわざわ音。 校内放送の声  新1年生の皆さんに連絡します。以上で部活動説明会を終わります。えー、最後に一言付け加えておきます。この小岩高校には、運動部文化部、たくさんの部があります。自分にあった部ならばいいけれども、くれぐれもつまらない部に入ってあとから後悔したりしないように。 まあ、近頃は、そもそも部活動をしようとしない者が多く、実に嘆かわしいことです。あたしはー、ゲーセン通いとポケベルで忙しくてー。えー、部活動? なんかダッサーイ、てなことをほざいて・・・え? 話が長いだと? なにをいっとるか、私は大事な話をしておるんだ、大事な話を。君はあれだね、うちの娘とおんなじだよ。娘は今年中学に上がったんだが、こないだなんか、おとーさんの話は長くてしつこくて、チョーむかつくって感じ? なんて言いおった。その上昨日なんぞ「花子、一緒にお風呂に入ろう」って言ったら「いやー、変態!」だぞ。なにが変態だ、自分の父親つかまえて・・・・・えへん、つまり、よく考えて自分のはいる部を決めてほしいということです。たぶん、それにによって皆さんの高校生活は大きく変わるはずだからです。 なお、今週一週間は、仮入部期間です。これは、と思う部の活動場所に行ってどんどん積極的に体験入部して下さい。 以上、連絡を終わります。 *話の途中から、じわーっと照明が上がってくる。浮かび上がってくるのは雑然とした演劇部の部室である。二人だけの部員、万里と智花がぐたーっと椅子に座っている。万里はシェイクスピアのロミオの扮装。智花は髭メガネ。 しばらく沈黙。 万里 さあてと。 智花 ・・・。 万里 かえろっかなー。 智花 万里。 万里 だーれも来そうにない。今年も無駄だったみたいだねー。 智花 万里。 万里 2年連続新入部員ゼロ。こーれで廃部も決まったようなもんだ。 智花 誰のせいよ。 万里 智花、それ、結構似合うよ。 智花 あのね。 万里 強いて言えばもうちょっとインパクトが欲しかったかな。そだ、顔のこの辺、赤く塗って・・・したら、もっと怪しくなったと思うけど。 智花 いい加減にしなよ。 万里 へ? 何怒ってんの。 智花 こんな・・・こんなんで部員が入るわけ無いじゃない。 万里 好きなんだけどなー、それ。 智花 あんた、脳味噌に虫でもわいてんじゃないの? どこの世界に「あたし、髭メガネかけたいんです。だから演劇部に入れて下さい!」なんてやつがいるのよ? 万里 はーい。 智花 はーいって・・・あんた。 万里 なに? 智花 ・・・いい。もう、いい。とにかく、さっきのあれは何。あれでほんとに部員勧誘のつもりだったわけ? 万里 えー、新入生の皆さん、こんにちは! おやー、返事が聞こえないぞー? おねーさんは元気のない子は嫌いだぞー。さあ、もう一度、こんにちはー! 智花 いきなりはずしたよね、思いっきり。 万里 これから演劇部の紹介をしまーす。演劇とは・・・なんて、言葉で説明するより、ここでやってみますね。出し物はご存じシェイクスピアは「ロミオとジュリエット」バルコニーの場面。 *演技に入る。 だが、待てよ、あそこの窓からもれてくるあれは? あの光は?   そうだ、あの窓は東の空で、ジュリエット(ジューリエット、とキザに発音   してください)は太陽なのだ!   確かにあれは私の恋人、おお、我が愛しき人よ! *智花、髭メガネで割り込む。 智花 あんだおめ、人んちの庭でそったら大声あげるもんでねえって。 万里 なんだ、お前は。 智花 おらは、はあ、ここらの百姓で次郎右衛門っつうもんだがね。 万里 次郎・・・右衛門? ・・・じろうえもん、じゅりょうえもん、じゅりょうえっと、じゅりえっと・・・。 *音楽。プツッと切れる。演技終わり。 万里 もう完璧。最高のギャグよね。 智花 いっぺん病院いけ。 万里 あんた、あたしの脚本にケチつけんの。 智花 じゃ、あんときの沈黙は何だよ。 万里 だからほっぺたをもっと赤くして。 智花 そういう問題? *下手から新入生が二人(雪枝と望)歩いてくる。ドアをノックする。素早く喧嘩をやめる万里と智花。ドアの陰に身を潜める。 万里 智花。 智花 うん。 万里 いくよ。 *万里、ドアを開く。引きずり込まれる雪枝と望を後ろから部室に押し込む智花。 万里 ようこそ! 入部希望ね! 望 えっと、ここって何の部なんですか・・・。うわ。 雪枝 わ、髭メガネ! 望 てことは。 望・雪枝 ここ、演劇部だ! 万里 ピンポーン。 望・雪枝 た、助けてー! 万里 ふっふっふ。駄目よ、もう逃がさないから。 望・雪枝 いやあー! 万里 騒いだって無駄さ。誰にも聞こえやしない。さあ、ここに入部届けがあるから、さっさと署名捺印するんだよ。ひーっひっひ。 智花 (ハリセンで万里をどついて)おいこら。 万里 なによお。 智花 何よじゃないよ、まったく。・・・ごめんね、この人ちょっと変わってるから。 望 変わってるのはあなたも同じですけど・・・。 智花 なんだと。 雪枝 い、いいえ。なんでもありません。えっとそれじゃ、あたしたち、失礼します。部屋を間違えたみたいなんで。 万里 あら、どこに行くつもりだったの? 雪枝 ブラスバンド部ですけど。 万里 ふーん、中学でやってた? 楽器は? 雪枝 あたしがサックスで。 望 私はクラリネットです。 万里 ふうん。なるほどね。どう? 智花 うん、腹筋はありそうね。楽器吹いてたからかな。これならきっと声も出るよ。 万里 みたいだね(といいつつ、身体を触りまくる)。よおし、合格。 望 雪枝ちゃん、なんか怖い。 雪枝 と、とにかく失礼します。あたしたち、演劇部には興味、ないですから。 智花 まあまあ、そう慌てなくたって。 万里 そうそう、物は言い様でなんとやら、なんでもはっきり口に出すもんじゃないわよ。 雪枝 だって。 智花 だあれもとって食おうっていうんじゃないんだから、ね。 望 あの、食べられちゃうような気が、さっきから。 万里 ほら、ここ座って。智花、クッキーあったでしょ、顧問の先生から巻き上げた奴。あれ持ってきてよ。それからウーロン茶も。 あ、自己紹介まだだったわね。顔はさっき説明会で見たから知ってるでしょうけど。あ、そういえば、あれどうだった、シェイクスピア。結構面白かったんじゃないかなーって、今、智花と話してたところだったんだけど。あ、智花っていうのはあっちのほうで、フルネームは山本智花。で、私は大澤万里。一応、この演劇部の部長してる。どっちも三年よ。えっとあなたたちは・・・? 雪枝 西村雪枝っていいます。 望 上木望です。(ウーロン茶もらって)あ、どうも。 万里 西村さんに上木さんね。よろしく。あ、どんな字、書くのかな? ここに書いてみてくれる? 雪枝 西村は普通の西に村で、雪は空から降ってくる雪の・・・ってこれ、入部届けじゃないですか。 万里 ちっ、まんざらバカじゃないみたいね。 智花 作戦一号失敗か。でも、ますます欲しくなったわね。 望 作戦って、あの。 雪枝 やっぱ失礼します。 万里 いやあね、冗談よ、冗談。そんなむきにならなくたって。 智花 あたしたち、無理強いしたりなんかしないわよお。 望 でも作戦って。 万里 それよか、食べてよ、クッキー。せっかくだから。 智花 ほら、おいしいわよ。 *万里と智花、食い入るように望と雪枝を見つめる。気味悪がる望と雪枝。 雪枝 な、なんなんですか。 望 ・・・これって、まさか? 万里 まさか、なあに。 雪枝 なによ? 望 いいえ、まさかですよね。 智花 だからなあに。 望 怒ったらいやですよ。・・・この前見た映画で、ハリソン・フォードの飲み物に毒が入ってて、特別の解毒剤を飲まないと死んでしまう、で、仕方なく命令に従わなくちゃならなくなる、みたいな。あはは、やっぱね、んな馬鹿なこと。 万里 まあ、勘がいいのね。 *ぶっとウーロン茶を盛大に吹き出す望と雪枝。 智花 すごい、作戦二号も通用しないなんて。 万里 絶対欲しい人材ね。 雪枝 (むせかえりながら)ちょっと、どうかしてるんじゃないですか、先輩達。 智花 (唐突に)ごめんなさい、あなたたち。許して。 万里 こんな卑怯な手段で部員勧誘するなんて、なんてひどい部だろうって思ったでしょうね。 望・雪枝 はい。 万里 はっきりいうわね。・・・でもね、こんな犯罪まがいのことまでしなくちゃならなかった訳があるのよ。 雪枝 犯罪まがいじゃなくて、もろ、犯罪だと思いますけど。 智花 だから、訳があるんだってば。 見ての通り、うちの演劇部って、部員があたしたち二人しかいないの。去年、部員が入らなかったから。で、あたしたちも三年でしょう? 夏までには引退しなくちゃならないのよね。 万里 もちろんそんなこと、あなたたちには関係ないことよね。でも、もうちょっと聞いて。 智花 このままだと、演劇部そのものがなくなっちゃう。そりゃ、部のひとつや二つ、なくなったって誰も困りはしないわ・・・普通ならね。 でも、問題は、この万里のお母さんのことなのよぉ。 *万里、うつむいて涙をこらえる。臭い芝居である。 智花 彼女のお母さんて、今病気で入院してるの。それでかなり危なくて・・・お医者様の話だと治る確率は五分五分、あとは気持ちの問題だって。 *演技に入る。 万里 お母さん、頑張って。頑張って病気を治すのよ。 智花 ありがとうよ、万里。ゴホゴホッ。・・・ああ、そうだ万里、お前学校じゃちゃんとやってるのかい。 万里 う、うん。それが。 智花 どうしたんだい。ゴホゴホッ。 万里 ・・・うちの演劇部、つぶれそうなんだ。部員がいなくてさ。 智花 なんてことだい、ゴホゴホッ。・・・今は何人いるんだい。 万里 あたしともう一人の二人っきりなんだけど。 智花 ・・・。 万里 あたしらも夏までだし・・・。 智花 ・・・そうかい・・・。 万里 おかあさん? 智花 ・・・演劇部員が。 万里 え? 智花 演劇部員がいなくなったころ、私の命も終わるんだろうねぇ・・・。 万里 何言ってるのよ、おかあさん! 智花 いいや、きっとそれが私の運命に違いない。だけどもし、私の病気が治るとすれば。 万里 すれば? 智花 今年たくさん部員が入るなんてコトがあったら、その時は。 *演技終わり。期待するように望と雪枝を見つめる万里と智花。 望 あの、それって、O・ヘンリーの「最後の一葉」からの盗作じゃ・・・。 雪枝 つまり作戦三号って訳ですね。 万里 どうして? この手も駄目よ、信じられない。 智花 これで感動しないなんて、あんたたち、ほんとに人間? 雪枝 あの、バカにしてません? 万里 どうしよう、これ以上は考えてないわ。 智花 もう、お手上げよぉ。 雪枝 それじゃそろそろ・・・。 望 帰りますから、あたしたち。 万里 ああもう、勝手にしてちょうだい。あ、コップなんてその辺にころがしとけば。 雪枝 そうだ、あの。 望 雪枝ちゃん。 万里 なによ? 雪枝 ブラスバンド部の部室にはどう行ったらいいんでしょうか。 望 ちょっと、雪枝ちゃん。 万里 いいわよ、教えたげるわよ。ちょっとややこしいけど・・・智花、鉛筆とって。サンキュ。 ほら、ここが今いるうちの部室でしょ。 智花 やっぱりブラスバンド部にはいるのね。 万里 よしなさいよ、みっともない。いい、ここから。 智花 そうなんだ? 雪枝 ブラスに入ります。(望はうなずく) 万里 ほらね。・・・いい? ここが東廊下だから演劇部、ここをまっすぐ行くと演劇部物理室の前に出るの。そこを左に折れて演劇部、進路指導室の前を過ぎて演劇部体育館に入って、ステージ脇の演劇部ドアから第三校舎につながってる演劇部渡り廊下をこう進んで、そしたら演劇部階段があるからそれを上って三階演劇部まで登ったらそこを東に向かって演劇部さらに進むと左四番目の演劇部教室が音楽室で、その奥に部室があるわ演劇部。 智花 で、何部にはいるの、西村雪枝さん? 雪枝 演劇部です、もちろん。 望 おいおい。 雪枝 え? えー? 万里 ひっかかったわね、作戦四号。 智花 必殺のサブリミナルコントロールよ。 望 んな馬鹿な。 雪枝 そ、そうよ、言い間違えよ。第一、ほら、証拠もないし。 万里 青いわね。 智花 うちらをなめたらあかんよ。だてに音響機器、おいてあるわけじゃないんだから。リピート・オン! *音響テープらしく、やや雑音の入った音で、      智花 で、何部にはいるの、西村雪枝さん?      雪枝 演劇部です、もちろん。 の声が流れる。 智花 これを大量にコピーして学校中に配ってやろ。 万里 もちろん、ブラスバンド部にもね。 雪枝 そんな・・・。 智花 (望に)あなたはどうする? 友達おいて、自分だけブラバン入る? そんな友達がいのないこと、できないわよねぇ・・・あ、そう、あなたも入ってくれるの。まあ、おねーさん嬉しい。んじゃさ、とりあえず、そのへんに座ってて。 (万里に)一気に部員が二倍だね。 万里 これで四人だから、あと二人・・・こりゃ、いけるかも。 智花 うん。 万里 やったね! *そこにノックの音。俊行と直史が入ってくる。 俊行 ええと、すみません、あの、道に迷っちゃいまして。僕ら一年生なんですけど、えと、合唱部にはどうやって行ったらいいか、教えてくれませんか。・・・あれ、ここって何部なんですか。 直史 ・・・。 *目を見合わせる万里と智花。 万里・智花 そろったぁ! *暗転。大黒幕上がる。ホリゾントを赤にして、人物はシルエット。どうせ暗転って言ったって、客席からは見えちゃうんだから、堂々と音楽に合わせて動きましょう。音楽は陽気な、サンバとか好きですけど。 *明くる日の部室。新入部員含めて6人がそろって基礎練習を始めようとしている。全員なぜかジャージ。 万里 さて、栄えある小岩高等学校演劇部の諸君。私が演劇部部長にして、演技演出の鉄人、大澤万里であーる。私の使命は、諸君らを真の演劇部員とするべく、びっしびっしとしごきまくることにある。さて、準備はいいかね? 新入生達 (何とも気のない声で)はーい。 万里 声が小さい! そんなことでお国のために働けるかあ! もう一度、返事! 新入生達 はーい! 万里 よーし。それでこそ、日本男児だ。 雪枝 なんなのよ、これ。 望 むちゃくちゃだよね。 万里 そこ! 私語は禁ずる! ・・・さて、まずは基礎的な知識をレクチュアする。演劇とは何か。大ざっぱに言って演劇とは、脚本、次に照明や音響、大道具などを含む舞台。そして、一番大事なのは、演技する役者。役者は舞台よりも脚本よりも重要なのだ。なぜかというに、いかにすぐれた脚本であっても、いかに素晴らしい舞台を作っても、役者がいなければ劇にはならない。また逆に、すぐれた俳優は、たとえばありふれたレストランのありふれたメニューを読み上げるだけでも人々を感動の坩堝に投げ込むことが出来るのだ。 雪枝 まさかね。 万里 したがって、われわれ役者は、その技術を可能な限り向上させなければならない。ここでひとつ質問するが、・・・ええっと梅田君。 俊行 はい。 万里 いや、梅田君だ。 俊行 はい。 万里 君じゃない、君は赤龍君だろう。たしか、赤龍・・・俊行君。 俊行 はい、先輩。 万里 なら静かにしていたまえ。さあ梅田君。 俊行 はい。 万里 だーっ、赤龍は返事しなくていい。梅田君。 俊行 はい。 万里 あのなあ・・・。 智花 君は赤龍君で、こっちの彼が梅田君なんだろう? 俊行 はい、そうです。山本先輩。 智花 じゃどうしてきみが返事するの。 俊行 どうしてって・・・僕は通訳なんです、昔っから。 智花 へ? 俊行 あ、もちろん日本語わかんないとかそういうんじゃありません。梅ちゃん・・・梅田君とは小学校からのつきあいなんですけど、ほんっとに無口な奴で、普段ほとんどしゃべんないんですよね。でまあ、いつも一緒にいる僕がたいてい通訳することになってるんです。 万里 通訳ってあのね。 雪枝 それってほんとの話? 俊行 うん、前に彼がしゃべったのは・・・ええといつだったっけ? *直史、軽くウィンクする。これは別にウィンクでなくてもいいです、ちょっとした動作なら何でも。 俊行 あそっか、小学校の三年の夏、海に行っておぼれかけた、あんときだよね。 雪枝 三年って。 望 おぼれかけた? 俊行 そ。波にさらわれて呼吸が止まって・・・病院で意識取り戻していった言葉が、「しょっぱい」。 雪枝 それだけ? *直史、また動作。 俊行 ほんとにしょっぱかったんだ、だって。それから、もうあんなヘマはしないつもりだけど、やっぱり海は嫌いだってさ。 望 なんでわかるんですか、それ。 俊行 え? わかんない? 万里 なんかとんでもないの入れちゃったんじゃない。 智花 世界一、演劇に向かない人材よね。 万里 ええ、とにかく、役者にとってもっとも大事なもの、それは声です。台詞をどう発声するか、これが劇のすべてを決定すると言ってもいいんです。(溜息) 直史 (動作) 俊行 なるほど、よおくわかりました、だそうです。 智花 ・・・万里(励ますように)。 万里 こうなったら徹底的に発声練習するぞ。ええっとそれには、まず呼吸法だよね。 諸君、今日は呼吸法だけみっちりやります。じゃあ、そこの人体模型1号。 智花 誰のことよ。 万里 いいから。さて、「これ」で説明します。呼吸には腹式呼吸と胸式呼吸の二つがあります。腹式呼吸とは、お腹で呼吸する方法で、肋骨を動かさないようにして空気を吸いながら腹腔全体を膨らませます。すると、横隔膜が下がってほぼ水平になり、横隔膜の下にある内蔵を下に押し下げます。こうすることによって空気が肺臓に入ってくるわけです。要するに、腹式呼吸とは、横隔膜を使った呼吸法ですね。 *智花、実演し、思い切り吸い込む。 望 先輩、聞いていいですか。 万里 なんですか、望さん。 望 横隔膜ってどんなものなんですか、よくわからなくて。 万里 いい質問です。横隔膜というのは皿を裏返しにしたように平たい筋肉で、肋骨の下、腹部の上にあって、身体を二つに仕切っています。上には心臓と肺、下には胃や腸がありますね。はい、他にだれか質問はありませんか。 雪枝 はい、先輩。 万里 まあ、みんなやる気満々ね。おねーさん感激。なんでしょう、雪枝さん。 雪枝 あの、山本先輩が、・・・・ *智花、どたっと倒れる。 雪枝 危険な状態だと思います・・・けど。 万里 智花! 智花! 智花 ・・・アイルトン・セナがお花畑で手を振ってたわ・・・。 万里 大丈夫? 智花 ・・・大丈夫。まだいけるわよ。 万里 その意気よ、智花。ファイトー! 智花 いっぱーつ。 望 なんなのよー。 直史 (動作) 俊行 先輩のガッツには感動します、だそうです。 雪枝 だったらしゃべんなよ。 万里 もう一つ、胸式呼吸とは、私たちが自然にやっている呼吸のことです。だから、特に練習する必要はないのですが、この胸式呼吸だけで台詞を言おうとすると、胸の上の方に力が入りますから、喉にも無理な力が加わってしまいます。 したがって、私たち役者に求められるのは、腹式呼吸と胸式呼吸を同時に行うことです。 望 えー? 俊行 どうやるんですか、だそうです。 万里 最初からいっぺんには難しいでしょうね。じゃ、わけてやってみましょう。なんだったら会場の皆さんもご一緒に。 まず、鼻から静かに息を吸います。この時、肋骨を広げないように注意します。それからなるべく口から吸わないように。口からだけ吸うとせき込んだり、異物を飲み込んだりするから。 それじゃはい、吸ってみて。ゆっくりね。 肋骨が広がらないから、肺が横隔膜を押し下げて、お腹が膨らむのがわかるでしょう。で、もうこれ以上空気が入らないところまで来たら、今度は肋骨を広げてさらに息を吸うとまた空気が入ってきます。つまりこれが、腹式呼吸に胸式がつけ加わった呼吸というわけです。わかりましたか。 そうだ、ひとつだけ注意しておきますけど、この段階では、肩を上下させてはいけません。こんなふうに肩を上下させると、喉などの声帯の近くの筋肉に不必要な力が入りやすくなり、いい声は出ないのです。いつも身体は解放され、リラックスしていなければいけません。 *気がつくと全員の肩が上下している。 万里 あのねー。・・・(智花に)あんたまでなんだよ。 俊行 あの、これ、いつまで続けるんですか。 万里 どういうこと? 俊行 大声出す訓練はしないんですか。「あー」って。 望 たしか「アエイウエオアオ」って言うんですよね。 雪枝 よく知ってるじゃない。 俊行 常識ですよ。ねぇ、梅ちゃん・・・(直史のほうを見る。直史、動作)ふーんそう、「赤ん坊赤いなアイウエオ」なんかが代表的だと思う、だそうです。 雪枝 ちょっと、なんでわかるのよ、それ。 望 梅田君て物知りだね。 雪枝 あのね。 万里 確かに、そういう訓練も必要ですけど、それだけじゃ駄目です。ちゃんとした呼吸法が身に付かないと、いくら形だけ発声しても駄目。声は響かないんです。 智花 なんでも基礎が大事なのよ。 雪枝 ・・・まともだ。 望 うん。さすが先輩って感じだね。 万里 じゃ、次の呼吸法行くわよ。 雪枝 次? 万里 今日は呼吸法だけ、みっちりやるって言ったでしょ。まず、肩式呼吸でしょ、ぶら下げ呼吸、うつぶせ呼吸、あおむけ呼吸、ハミング呼吸、あくび呼吸、いびき呼吸、歯ぎしり呼吸、えら呼吸、皮膚呼吸・・・。 全員 おいおい。 万里 全部で5時間くらいはかかるかな。 全員 ちょっと待てー! *小暗転。音楽。すぐに明かりがつく。万里と智花の位置が入れ替わっているだけ。 智花 さて、栄えある小岩高等学校演劇部の諸君。私が演劇部副部長にして舞台監督の神様、山本智花であーる。私の使命は、諸君らを真の演劇部員とするべく、びっしびっしとしごきまくることにある。さて、準備はいいかね? 雪枝 まただよ。 望 かんべんしてよー。 智花 入部二日目にして、諸君らも演劇というものの素晴らしさ奥深さを実感しつつあることと思う。さて、本日私が諸君らにレクチュアするのは、演劇の3要素のうちの二つ目、すなわち舞台についてである。昨日の大澤部長の話にもあったように、これには照明や音響、大道具などが含まれる。っていってもわかんないだろうから、最初に例を挙げよう。 ええと西村さん、ちょっとこっちに来て。 雪枝 はい? なんです? 智花 君は男役をしてもらおう。それから、上木さんは大道具。万里、頼むね。梅田君は雪を降らせる係。これなら台詞はないから君でも出来る。わかった? 直史 (うなづく) 俊行 わかりました、だそうです。 智花 だーっ、んなの通訳しなくていい。(気を取り直して)君にはとっておきの役を用意した。これだ。(女子高生の制服を見せる) 俊行 先輩、これ・・・。 智花 遠慮するな。高校演劇にオカマはつきものだ。さあ、散って散って。 彼の名前は西村雪夫、45歳、サラリーマン、子供が二人と口やかましい妻とまだ一五年残っているローンを抱えてバブル崩壊後の日本社会をボウフラのように生きている男だ。三流私立大学出身のため、課長以上に出世できる見込みはなく、妻の口癖は「ぼうや、パパみたいになっちゃいけませんよ」、自分の口癖は「ああ、いっそ空を流れる雲になりたい」。 *この間に、雪枝は背広を羽織らされ、帽子をかぶり、こうもり傘とカバンを持つ。 智花 さて、そんな情けなくも月並みな人生を送っていた彼に、一生に一度の出会いのチャンスがやってきた。それもあろう事か、相手は花の女子高生、その名も赤龍俊子。 *満員電車を表現しよう。舞台暗く、サスで空間を狭める。吊革につかまって揺られる演技をする二人。 アナウンス(万里・だみ声でそれらしく) 次は、越前花堂ー、越前花堂です。越美北線に乗り換えの方はここでお降り下さい。 *ブレーキ音。傾く二人。思わず手が触れてしまう。 俊子 きゃっ、痴漢! 雪夫 お、これは失礼、そんなつもりでは・・・。 俊子 なにすんのよ、よらないで、この変態中年! はげジジイ! 雪夫 いや、ちょ、ちょっと待って下さい、私には妻も子も。 智花 慌てた雪夫は、思わず俊子の手をつかんでしまった。 俊子 あっ・・・。(感じてるみたいに) 智花 俊子はファザコンだった。 雪夫 え。(スケベに) 智花 雪夫はセーラー服マニアだった。 俊子 ・・・おじさま、素敵。 雪夫 君だって。 智花 不幸な出会いであった。 *場面の変化。舞台明るくなる。ホリゾントはブルーで海をあらわす。波の音。 松田聖子(離婚しちゃったねー)「青い珊瑚礁」。 スローモーションで手をつないで下手から上手に走っていく二人。 智花 二人が恋に落ちるまでに、それほど時間は必要としなかった。ああ、どれほどの思い出を彼らは作ったことだろう。二人で乗った東尋坊遊覧船、二人で行った一乗滝、二人で見た町内花火大会。 *ホリゾントはセピア色に。秋をあらわす。音楽はシャンソン「枯葉」。 できたらエフェクトマシーンで落ち葉でもホリゾントに映そう。 ふたたびスローモーションで、ワルツを踊る二人。 智花 落ち葉の舞う中央公園で。はたまた紅葉美しい西山動物園はレッサーパンダの檻の前で、二人は秘密のデートを重ねた。ああ、年の差が一体何であろう。理性が、常識がなんだというのだろう。 雪夫 じゅてーむ。 俊子 ああ、雪夫さん。 *ホリゾント濃い青、やや暗め。明かりを落として、サス一本で、夜をあらわす。直史が雪の紙吹雪を持って、二人にかけている。冬である。 遠くから聞こえるジングルベル。山下達郎「クリスマス・イブ」。 智花 しかし、運命の女神は嫉妬深い。破局はあっというまにやってきて、すべてを飲み込んでしまったのだ。 雪夫 おーい(走ってきて)待ったかい? 俊子 ・・・。 雪夫 ほら、これ。シュークリーム。 俊子 ・・・。 雪夫 聞いて驚くなよ、そんじょそこらのシュークリームとはワケが違う。実は中身が入ってないんだよ、こりゃオオウケだね(と、笑う)。 俊子 もうやめて。 雪夫 あ、だよね、それならね、もう一つ、ほら、こっち、あんこのはいってないタイヤキっていうのがあるけれども。 俊子 違うの! こんな関係、もう、やめようよ! 雪夫 (びっくりして、笑う)は、ははっ、何を言い出すかと思えば、冗談きついぞお。 俊子 冗談なんかじゃない! 雪夫 いやあ、びっくりした、まったく俊子はいたずら好きなんだから、おじさんギャフン、だね。 俊子 雪夫さん! 雪夫 お、おい・・・。 俊子 もう、これっきり。二度と会わないから。 雪夫 冗談、だろう。 俊子 違うって言ったでしょ。じゃ、さよなら。 雪夫 そんな・・・突然。せめてわけくらい、言ってくれないか。 俊子 ・・・訳は。 智花 実は俊子には他に男が出来ていた。 俊子 こんな関係、あなたを不幸にするだけよ。 智花 その男は雪夫より金持ちだった。 雪夫 私のことを心配して・・・不幸だなんて、はは、そんなことは全然無いよ。 智花 雪夫はマヌケだった。 俊子 いいえ、あなたには素敵な奥様と子供達が・・・いつか、私はそんなあなたの家庭を壊してしまう。そんなの耐えられない。 智花 臭い芝居だった。 雪夫 何を言うんだ、君以外に大事なものなんてありはしない。 智花 雪夫はとことんマヌケだった。 俊子 駄目よ・・・やっぱり駄目。 雪夫 俊子・・・。 俊子 雪夫さん。 雪夫 俊子。 俊子 ・・・素敵な思い出をありがとうっ。(走り去る) 雪夫 俊子ーっ! *音楽「ゴッドファーザー・愛のテーマ」。どーんとホリゾントを真っ赤に。 追いかけようとして倒れ、それでも手を伸ばす雪夫。 智花 はいはい、そこまで。 *照明もとにもどる。 智花 今回は大道具については省略したわよ。建物とか街路樹とか、きちんと作ると、場面転換のじゃまになっちゃうから。 まあ、照明を消してから大道具動かしてもいいんだけど、暗い中で動かすのって大変だし、時間もかかるし、・・・上演で一番苦労するのがこれかな、暗転処理。 大抵の会館はほんとに真っ暗にはならないから、人が動いてるのが見えちゃって・・・たとえばほら、あの「非常口」って明かり、あれって大して明るくないみたいだけど、人間の目って敏感だからね。 望 先輩、後ろのあれは、なんて言うんですか。 智花 あれはホリゾント幕。私たちは普通、ホリって言ってるわね。劇の背景になるんだけど、特徴は色を自由に変えられるコトね。 例えば、海。 *ホリの変化。波の音。 智花 みたいに風景をあらわしたり、夜。 *変化。虫の音。 智花 時間をあらわしたり、・・・そうそう、それから気持ちを表現することもあるわね。 望 気持ち? 智花 そう。たとえば・・・。 *万里たち、戻ってくる。 万里 今日という今日は我慢できないね。 智花 なによ、何怒ってんの。 万里 何って、今の話だよ。あんたの作った。 智花 なによぉ。 万里 あんたたちもいい加減頭に来たでしょ。いいのよ、正直に言っても。 雪枝 えと、その。 万里 なんで45歳サラリーマンなの。なんで女子高生なの。んでもってなんで二人が恋愛するの。それもいきなりだよ。あんた、必然性って言葉知ってる? 智花 いーじゃないよ、おもしろけりゃ何だって。 万里 どこが面白いのよ、あんな黴の生えたギャグ。ハートピアのお客さんだって (選択肢1 残念ながらあんまりウケてなかったら)      白けまくってたじゃないの。ねぇ、つまんなかったよねー、そこ       の君? (選択肢2 幸運にも結構ウケてたら) 同情して笑ってくれてただけよ。ねぇ、そうでしょ? そこのお       父さん。 智花 ふん。そういうこと、「じろうえもん」の人に言われたかないね。 万里 なんだとこら。 *ホリの色を赤に。 智花 なによ。 *緊張の高まるBGM。 万里 ・・・あんたとはいつか決着をつけなあかんと思うとったわ。 智花 ほな、どうでもやるっていうんやな。 万里 当たり前や。ははあ、怖じ気づいたんやったらそうゆうたらええ。土下座してわての足なめたら許したるわ。 智花 弱い犬ほどよお吠える、言うさかいな。 万里 智花・・・。 智花 なんや。 万里 いくで。 智花 かかって来いやあ。 *ホリの色、赤と青を交互に。スポットライトで二人を追う。はげしい音楽。あわや格闘、という瞬間に、照明が元に戻り、音楽が止まる。 智花 ・・・以上、照明に関する説明終わりー、みたいな。 *新入生達、コケる。 智花 でもねー、ほんとはこういう使い方はあんまり感心しないのよねー。派手なんだけど、ほら、みてて疲れるでしょ? お客さんを疲れさせちゃったら駄目だと思うのよね。 万里 キャバレー照明って言うんだって。 智花 そうそう。だからさ、あたしはホリを使うのは場面設定をあらわす場合に限定すべきで、人物の心理なんかを表現してはいけない、って思うんだ。まあ、これは個人的見解って奴だけどさ。・・・なに? 望 いえあの。 雪枝 さっきの喧嘩は・・・いいです、もう。 智花 なんだ、バカねー。 万里 あたしたちって、最高のコンビよねー。 智花 そうよねー、うふふー。 万里 うふふー。 *小暗転。陽気に音楽。に、かぶさるように、発声練習の声。ゆっくり明かりがつくと、智花と新入生が発声をしている。直史はやっぱり声を出していない。 智花 えっと・・・次はね、身体訓練、いくわね。最初は、そうだな・・・。 雪枝 先輩。 智花 なに? 雪枝 大澤先輩・・・部長はどうしたんですか。姿見えませんけど。 智花 万里? あ、ちょっとね。 雪枝 ちょっとって、来ないんですか、さぼりですか。 智花 何バカいってんの。 望 雪枝ちゃん。 雪枝 先輩はいいですね、勝手に休めて。 望 雪枝ちゃん! 智花 いまに来るわよ。・・・さ、いい?二人ずつ向かい合って。いまから、キャッチボールをします。使うボールはこれ。 *バスケットボールを示す。雪枝と俊行、望と直史の組み合わせ。 智花 じゃ、はじめ。・・・(望に)あら、下手ね。ボールに遊ばれてるって感じね。もっと鍛えないと・・・・演技って運動神経も要るのよ。 ・・・・それに比べて、(雪枝に)うまいじゃない。ほんとにブラバンだったの? 体育得意な方でしょ。 雪枝 ええ、まあ。 智花 でしょう。 *直史、うまくボールをさばく。なんたってバスケ部、ここは「魅せて」下さい。 智花 ちょっと、すごいじゃない。 俊行 梅ちゃん、中学の時はバスケ部で、全国大会も行ってるんです。 望 全国大会って、・・・どおりで。 雪枝 だったらなんだって・・・。 智花 面白くなってきたわね・・・それじゃ、ボールを返して。 俊行 次は何ですか。 智花 これからよ。・・・じゃ、もう一度キャッチボールして。ただし、ボールは使わないで。 俊行 それって、もしかして。 望 パントマイム? 智花 あたしたちはただ「マイム」って言ってるけど。そ、これが今日のレクチャー。さあ、やってみて。 *うまくいかない。 智花 違う違う、そんなんじゃなかったでしょ。上木さんはそんなにうまく受け止められなかったはずよ。 西村さん、それじゃあバスケットボールじゃなくて野球のボールね、せいぜい。 (赤龍に)あなたのボールはまるで重さが無いみたい。 それから梅田君。あなたは・・・。 直史 (動作なし。止まってしまう) 俊行 梅ちゃん? 直史 (やっと動作) 俊行 梅ちゃん・・・。 望 なんて言ってるの? 俊行 全然駄目だって。こんな簡単なことができないとは思わなかったって。 智花 ・・・いい? ものには重さや形や大きさがあるでしょ。そのほかにも手触りや匂い、なんだったら味や温度だってある。私たちって、普段は、そういうことに鈍感なのよね。 じゃ、目をつぶってみましょう。そして、思い出してみて。ボールの重さはどれくらいだった? バスケットボールって結構重いわよ。両手に、こう、持ったらすこし肩に力を入れないと下に落ちちゃうでしょ。もうちょっと手を広げて。 手触りはどう? ざらざらした感じ、ひんやりした感じ、わかる? 息吸ってごらん、ゴムの匂いがするでしょう。 じゃ、それ、真上に放りあげて、それから受け止めるわよ。 落ちてくるとき、加速がついてるから、ボールは重くなってる。ずしって感じ? しっかり両手で受け止めてよ。 イメージできた? 用意はいい? じゃ、投げるわよ。はい! ・・・上がって・・・落ちてきた、受けて! *うまくやってね。 智花 オーケー、目を開けて。やっぱり、あたしたちが見込んだだけのことはあるわ。筋いいわよ・・・どしたの? 雪枝 いいえ。 智花 なに? 雪枝 ちっともうまくなんかないです。わかります、それくらい。 智花 違うのよ。うまいなんて言ってないでしょ、あたしは。・・・ね、正直に言ってみて、上木さん。受け止めたとき、どんな感じがした? 望 どんなって、その。 智花 いいから。言ってみて。 望 あの、なんか、不思議な感じで・・・なんていうか、ほんとうにボールがここにあったみたい。本当はどこにもないのに。ね、俊行君。 俊行 う、うん・・・。 智花 これのコツはね、上手にやろう、みたいに考えないことなんだ。 望 え? でも。 智花 あのね、マイムを売り物にする役者さんもいることはいるし、それはそれで素晴らしいことだけど、あたしたちが今、目指しているのはそれじゃないの。だから、ほんといって、マイムがヘタクソでもちっともかまわない。 俊行 それってどういうことですか? あ、これ、梅ちゃんだけじゃなくて僕もわかんないんですけど。 智花 ほら、舞台って、本当の世界じゃないでしょ? 大道具とかがあるから、それらしくは見えるけど、やっぱり嘘で、作り物でしょ。 でも、そこで演じられるのは、人間の真実のドラマ・・・少なくとも、本当らしく見えるドラマ、でなくちゃならない。 でさ、あたしたちって普段、あんまりものをよく見てないことが多いのよね。ボール、みたいにありふれたものだと特にね。これじゃ、劇の中で本当らしく演技することなんてとっても無理でしょう? 演技のためには、まず、知っていることが大事なの。 *登場人物それぞれの沈黙。智花、ごそごそ紙の束を取り出してくる。 智花 じゃ、次に・・・。 *万里、遅れてやってくる。 万里 さて、栄えある小岩高等学校演劇部の諸君。私が演劇部部長にして・・・以下同文につき省略する。さっそく身体訓練のレクチュアを開始する。 智花 遅いぞ。 万里 ごめん。ちょっち捕まっちゃって。 智花 あの話? 万里 うん。・・・で、今度はあんたの番。 智花 げげ。しつこいったら、タマの奴。 万里 言わない言わない・・・えっと、どこまでやってくれたの? 智花 キャッチボール。じゃ、あと頼むわよ。(紙の束を渡す。) *智花、担任(あだ名が「タマ」)と面談に行く。 万里 それじゃ、と。上木さん、これ配ってくれる? *配る。みんな思い思いに腰を下ろしたり立ったり。雪枝は一目見て、げーっという顔をしている。 万里 これはね、ある劇の脚本の一部を抜きだしたものです。今日は、ここに出てくるある女の子をどうやって演じるか、を考えてみようと思います。 この子はね、何とか症候群っていって、生まれつき心臓に欠陥があって、ずっと病気で、ちょっと走っても胸が苦しくなっちゃう、そんな子なの。もちろん、みんなは健康で、そんな苦しさなんか味わったこともないでしょう。私だってそうです。だから、キャッチボールよりもっと難しいかもしれないわね。 雪枝 そんなのできっこないじゃないですか。 万里 かもね。 雪枝 そんないいかげんな。 望 雪枝ちゃん。 万里 知っているから演技することが出来る。・・・でもさ、これって逆さまにしたらどうなる? 雪枝 さかさま? 万里 演技することによって、知ることが出来るかもしれない。いいえ、それは、できっこないことなのかもしれない。だけど、ねぇ西村さん、少なくとも、知ろうとする努力をする、それが演技するって事なのよ。そうやって私たちはさまざまな人間を理解していくの。 *沈黙。 万里 隣の人を見て下さい。あなたはその人を知っていますか? どんなことを喜び、どんな悩みを持っているか・・・あなたはその人を演じることが出来ますか? *照明ゆっくり落ちる。音楽。 照明上がる。 部室。望だけ、なにやら本を読んでいる。 入ってくる雪枝。 雪枝 おっす。 望 はーい。 雪枝 先輩達は・・・。 望 (上の空で)まだ来てないみたい。 雪枝 何してんの。 望 うん、ちょっと。 雪枝 何。 望 じゃーん、これ。 雪枝 なにそれ。脚本? 「夢見る・・・者達」? 望 うん。山本先輩が勧めてくれて。面白いよ、これって。 雪枝 ・・・。 望 昨日もらったじゃない。 雪枝 ああ、あの紙。 望 あれの元のお話。主人公は女の子二人で、仲良しで・・・一人は元気な子でスポーツ万能の健康優良児、でもちょっとわがままみたい。もう一人は、ほら、体が弱くて引っ込み思案なの。ところがある日・・・ね、雪枝ちゃん、これ書いたのがあたしらとおんなじ高校生なんだって、すごいよね。 雪枝 あのさ。 望 あたしも・・・笑っちゃやだよ、あたしもこんなお話書けたらいいなあって思うんだ。 雪枝 あのさ、望。 望 もちろん、無理に決まってるけどね。・・・なに? 雪枝 あたし、やめる。 望 え? 雪枝 望もやめな、こんな部。 望 え、どうして、そんな。 雪枝 そっちこそ、どうして、だよ。ブラバン入るつもりだったじゃないか。それがこんなとこで。 望 それは・・・そうだけど。 雪枝 クラリネット、どうするのさ。あたしたちの夢、どうなっちゃったのさ。 望 ・・・・。 雪枝 ね、やめよう。いっしょにやめよう、こんなとこ。今からだって遅くないよ。まだ仮入部期間終わってないから、正式登録はしてないし。 望 でもさ。 雪枝 これから三年間、アエイウエオアオって叫んで過ごすの? 冗談じゃないよ。 *そこに俊行と直史、明るく発声しながら登場。ただし直史は「動作」のみ。 俊行 アエイウエオアオ、アエイウエオアオ・・・駄目だって、いいかげん観念して声だしなよ。 直史 (動作) 俊行 わかってるなら、なおさらだって。 望 おはよう。 直史 (動作) 俊行 えとね。 望 わかるよ、おはようっていったんでしょ。 直史 (にっこり) 俊行 たく、そんくらい口で言えばいいのにね。・・・どうしたの、深刻そうだけど。 望 あ、あのね。 雪枝 ね、あんたらもやめない、こんな部。確か、合唱部にバスケ部だっけ、中学のときは。 俊行 何の話? 直史 (さあ?) 雪枝 どうしてこんなとこ、我慢できるのさ。もう、やだよ、あたしは。あたしはこんな部に入るつもりなんか無かったんだから。わけのわかんない練習、わけのわかんない先輩、・・・第一、その先輩も最低だよね、自分たちだけ勝手によくさぼるんだ。 望 雪枝ちゃん、それはちょっと言い過ぎ・・・。 雪枝 んなことない、最っ低だよ、ここは。 俊行 なあんとなく、わかってきたみたいな気がするけど。 直史 (同意) 雪枝 だろ? だったら、やめちゃおう、こんなとこ。みんなでやめたことにすれば、どうせあの二人しかいないんだから、こんな部、すぐ廃部になっちゃうよ。 望 雪枝ちゃん! 雪枝 いいじゃないか、こんな部なくなったって。 望 だって。 雪枝 あんた、何気兼ねしてんだかしらないけど、いい、望一人残ったって、やっと三人だ、やっぱり廃部だよ。 望 そんな。 雪枝 ねえ、望はあたしの友達だろ。裏切らないよね? 望 雪枝ちゃん。 俊行 ちょっとちょっと。 雪枝 望! 俊行 お話中すいませんが、いくらなんでも・・・。 雪枝 邪魔しないで。望、あたしについてくるよね。 俊行 西村さん。 直史 ・・・たとえ親友であっても、所有物ではない。 雪枝 なによ、うるさい・・・今のだれ? 直史 人は自らの意思を尊重されるべきだ。無理強いはいけない。 俊行 お前。 望 梅田君。 直史 それから、演劇部は廃部にはならない。僕と赤龍にはここをやめるつもりはないからだ。なぜなら・・・。 *直史、座り込む。 望 どうしたの? 直史 (動作) 俊行 あとは頼むって。 望 え? 俊行 一生分しゃべって、体力を使い切った、だって。 雪枝 あのねー。 俊行 しょうがないな・・・とにかくね、僕らはやめないよ。 雪枝 ど、どうしてよ。 俊行 それに先輩たち、さぼってるわけじゃないよ。 直史 (そうそう。) 雪枝 現に来てないだろ、今日も。 俊行 あ、今日は知らないけど、こないだのは知ってる。呼ばれてたんだよ、担任の先生に。 望 先生に? 俊行 うん、クラスの友達が見たって。大澤先輩なんてあのとおりの人だから、大激論してたって、大声で。 雪枝 ・・・どうせ怒られてたんでしょ、テストの点数かなんかで。 俊行 はずれ。演劇部のことについて、なんだって。 望 え? 俊行 どうせ部員もいないんだから、さっさと部活やめて勉強しろ。お前なら、今からちゃんと勉強すれば国公立だって狙えるんだ。 望 それで。 俊行 今年は四人も新入部員が入ったんです。いい素質持ってて、やる気もあって・・・きっといい劇が上演できます。そう言いきったって、職員室で。 望 ふうん・・・。 雪枝 ・・・あほくさ。 望 雪枝ちゃん。 雪枝 そんなの、勝手じゃないか。第一、上演って何だよ。劇なんてそんなに大事なもん? ついてけないよ。 望 ・・・。 雪枝 青春ドラマじゃあるまいし。国公立だって? そうまでしてやんなきゃいけないもんか、劇なんてさ。たかが劇だよ、たかが。 *それまで部室の備品と思われていたボックス(90センチの立方体)の蓋が開く。智花、登場。 智花 ・・・されど、劇、なんだよ。 *全員パニック。 智花 話はぜんぶ聞かせてもらった・・・って、そんなつもりじゃなかったんだけど。 今日は「大道具の可能性と限界について」っていうレクチュアの予定だったんだよね。だから、こうやってセッティングして、みんなそろうの待ってたんだけど、・・・いやー、この中ってば、暗いわ狭いわ臭いわで、もう、まいったねー。 望 ・・・・。 智花 これくらいのことで驚いてどうする。だいたい、こういう箱があれば「あ、何か出てくるな」くらいのことは予想するのが通ってもんです。 雪枝 盗み聞きなんて、卑怯です。 智花 違うんだけどなぁ・・・謝れば許してくれる? 俊行 そんなことしなくてもいいですよー。 直史 (そうそう。) 智花 ごめんなさい、本当に、反省してます、西村さん。 雪枝 ・・・どうして、そんな簡単に。 智花 やめてほしくないから、あんたたちに。 望 えらく、ストレートな答、ですね。 智花 うん。要するに、劇をやりたい。劇には人数が要る。だから、みんなにやめてもらいたくない。つまりそういうこと。 望 はは・・・。 智花 もちろん、誰でもいいって訳じゃないのよ。 俊行 やる気と素質ですね。 智花 まったく、万里ってばでかい声してるから。 雪枝 だったら、答えてよ。 智花 え? 雪枝 聞いてただろ、たかが劇じゃないか。なんでそんなもん、あたしらがやらなきゃなんないの。 智花 なきゃなんないってことはないわよ。無理矢理やらされるもんじゃないからね、劇って。ね、梅田君。 雪枝 だったら。 智花 まあまあ、慌てないで。 これは黙っておこうと思ったんだけど、そうまで言われたんじゃ、仕方ないわね。 話、聞いてくれる? 望 聞くだけなら、いいじゃない? 俊行 短気は損気っだって。僕もそう思う。 雪枝 わーった、わーったよ。 智花 ありがと。 えとね、これは、ちょうど二年前のことになるんだけど、その頃もうちの部って廃部寸前だったのね。三年生が三人ほどいるだけで。で、あたしと万里も、あんたたちみたいにだまされてここに連れてこられたわけ。 その時の先輩に、名前を植野皐月っていう人がいて・・・この人、演技もうまいし脚本も書くっていう、まあ、神様みたいな人だった訳ね。だから、うちの部、当時は県大会でもいい線行ってたのよ。 朱美 しんじらんない・・・。 雅美 そうそう。 智花 悪かったわね、駄目な後輩で。 とにかく、すごい人だったわけ。・・・だった、ってところが悲しいけどさ。 望 それって、まさか・・・。 智花 心臓に故障があったの、先輩。なんとか症候群よ。心臓がね、身体の成長に見合っただけの大きさがなかったんだって。たとえて言うとね、でっかい二階建て大型バスを自転車で引っ張る、みたいな感じなんだって。 発声するだけでも苦しそうなとき、あったなぁ。 *照明がうっすら暗くなる。皐月、出てきて、サスの中にはいる。制服をきっちり着こなした、美少女、という奴でいきましょう。椅子に座っている。 皐月 はい、もう一度。・・・駄目よ、肩が動いてる。もっとリラックスしなくちゃ。劇って、楽しくて、自分を解放するものなのよ。 智花 あんた達に教えたコトってみんな先輩から教わったことなの。 皐月 ごめんなさい、今日はちょっと病院行かなきゃなんないから・・・でも。今日の万里ちゃんの演技、良かったわよ。時間なくなっちゃったから、コメントは明日、何かに書いて渡すわね。 智花 それがレポート用紙にびっしり一〇枚だなんて、信じられる? 皐月 えっとね、脚本、あがったんだけど、見てくれる? へへ、今度のはけっこう自信作、なんだ。 智花 顔色、悪いですよ。 *ここから、二人は同一時空に入る。 皐月 大丈夫。んなことより、どう? 智花 「夢見る者たち」、ですか・・・。 皐月 そう。主人公は女の子二人。仲良しで・・・一人は元気な子、もう一人は病気がち。ところがある日。 智花 ところが? 皐月 ふとしたことから二人の心だけが入れ替わってしまうの。元気な女の子の心は病気の女の子の体の中に。そして病気の女の子の心は・・・。 智花 それって、映画かなんかでありませんでした? 「転校生」でしたっけ。 皐月 あれは男の子と女の子の心が入れ替わる話でしょ。 智花 でもちょっと似て・・・。 皐月 ちょっとくらい何よ。私は気にしません。 智花 私はって・・・。 皐月 最初はびっくりするのね、二人とも。なんとか元に戻ろうという努力もするの。でも、だんだん二人の気持ちにはズレが生まれてくる。 智花 ずれ? 皐月 ほら、元気な子はそりゃ元の身体に戻りたいよ。ちょっと走っただけで息切れしちゃうからだなんて楽しいはずないからね。でも。反対に、病気の子は、初めて健康って言葉の素晴らしさを知るの。 智花 ・・・。 皐月 せっかく手入れた身体。どうして、返してしまわなくちゃいけない? 私にだって幸せに生きるチャンスがあっていいはずじゃない? ・・・それに、彼女には誰にも話していない秘密があった。 智花 なんですか、秘密って。 皐月 そこに書いてあるわ。二四ページ。読んでみて。あたしが病気の子のほうやるから、あなたもう一人の、病気の身体に閉じこめられた女の子のほう、やって。 *智花は脚本を見ながら。皐月は見ないで。 皐月 あなたの身体って、まるで背中に羽が生えてるみたい。走っても走ってもちっとも息が切れないの。信じられない。 智花 それはどうもありがと。だけど・・・。 皐月 ねえ。私たち、親友でしょう。だったら貸してくれてもいいじゃない、少しくらい。へるもんじゃないんだし。 それにさ、私の身体だって結構便利なのよ。バスとかなら席を譲ってもらえるし、学校休んでも誰かさんみたいなお人好しがお見舞いにきてくれるし。 智花 でも・・・今でも胸が苦しくて。 皐月 もしかして、道を走ったりした? 駄目よ、乱暴に扱っちゃ、それ。もう何年も走ったことなんかないのに。 智花 いやだよ、走れもしない身体なんて。 皐月 あなた、私のことかわいそうって言ったじゃない。 あなち、私の気持ちがわかるって言ったじゃない。 あなた、なんでもしてあげるって言ったじゃない。 あなた、親友だって言ったじゃない。 あなた、そう言ったじゃない。 智花 ・・・わかったわよ。もう、からだのことは言わない。 でもね、よく聞いて。 あたしはあんたみたいに、からだのせいにしたりしない。 このくらいのことで、あたしは夢をおうことをあきらめたりしない。 皐月 あなたのそういう強気なとこ、好きよ。お話があったんだけど、もうよすわね。 智花 何。何よ。 皐月 大したことじゃないわ。あなたには素敵な夢があるんでしょう? 智花 言って! 言いなさいよ! 皐月 やだ、こわぁい。あのね、悪いんだけど・・・死ぬの。 智花 え? 皐月 その体、もうすぐ死ぬの。 智花 嘘。 皐月 親友に嘘なんて。・・・その体、後何ヵ月ももたないの。 智花 ちょっと・・・。 皐月 あとね、心の交換は、お互いがそれを望まなければできない・・・つまり、あなたは一生ずっとそのからだの中ってこと。 そう長い一生でもないけどね。 智花 ・・・おい、待て! *劇中劇終わり。 智花 ・・・これ、このあと、どうなるんですか。 皐月 興味出てきた? それは読んでのお楽しみ。明日、感想。レポート提出。宿題ね。 智花 うわ、明日までに、これ全部? きっつい・・・。 皐月 一〇枚以上、とは言わないから・・・じゃ、あたしは、ちょっと・・・。 *皐月、その場に、くたっと倒れる。 智花 先輩・・・また、もう、うまいんだから・・・先輩。・・先輩?  先輩! *消えるサス。もどってくる智花。 智花 結局、約束した明日ってのは、パアになったってわけ。 *沈黙。 智花 あたしはね。まあ、自分で言うのもなんだけど、冷静な方だからよかったんだけど、万里はアレでしょ、もう半狂乱。 このままでいいのか? 先輩の夢って、こんな形でおわっちまっていいのか? ・・・それからだよ、彼女が演劇バカになったの。どっちかっていうと、あたしは引きずられて、って感じかな。 望 その・・・。 智花 なに? 望 この脚本、これはそれからどうなったんです。 智花 ああ。それが恥ずかしい話なんだけどさ、・・・お蔵入り。上演の見込み立たず。 望 どうしてですか。 智花 だから恥ずかしい話なんだって。実はさ、この話って【キャスト】が六人必要なんだよね。登場人物が、六人てわけ。ところが。 望 もしかして・・・部員がそろわない? 智花 ご明察。あたしらも頑張ったんだけどねー、こればっかりは。 俊行 なあるほど。 智花 そういうこと。 雪枝 な、なんだよ。なにが。 智花 さ、こっちは全部カードを見せたわよ。あとは、あなたの番ね。 雪枝 え? 智花 あたしたちとしては、是非この脚本を上演したい。それにはどうしてもあなたの力が必要なの。どう? 雪枝 でも、でも。 智花 お願い。 望 雪枝ちゃん。 *直史、立ち上がって、何か言おうとするが、声が出ない。 俊行 ・・・無理しなくていいよ。 望 ちゃんとわかってる、雪枝ちゃんには。ね。 *直史、座る。 雪枝 そんな、そんな・・・。 智花 どう、西村さん。 *いきなり、もう一つのボックスの蓋が開く。万里、登場。 万里 ・・・もういいよ。そのくらいで。 *一同、こける。 雪枝 な、な、な・・・。 万里 話は全部聞かせてもらった。・・・って、そんなつもりじゃなかったんだけど。 今日は智花が、「大道具の可能性と限界について」っていうレクチュアするっていうから、サポートしようと思って、こうやってセッティングして、みんなそろうの待ってたんだけど、・・・いやー、この中ってば、暗いわ狭いわ臭いわで、もう、まいったねー。 望 ・・・・。 万里 こら、しっかりしろ。だいたい、こういう箱がもう一個あれば「あ、もう一人出てくるな」くらいのことは予想するのが通ってもんだ。・・・智花までなんだよ。 雪枝 ずっとそこにいたんですか。 万里 出るタイミングを失っちゃってさ。ほら、よくあるだろ、女子トイレがこんでたからとっさに男子トイレに入って用を済まして、さあ、出よう、と思ったらいきなり、年輩の先生が入ってきちゃったりする・・・なんで、男って五〇越えるとあんなにオシッコが長くなるのかな。 望 そんなこと、よくありますか。 万里 とにかく、無理強いは駄目だよ。 西村さん、いいんだ、気にしなくて。あたしらの思いは思いとして、あなたにもあなたの思いがある。そういうの大事にしなかったら劇なんてできっこないんだから。 自分の好きなようにしたらいい。 望 雪枝。 直史 西・・・。 *直史、言って倒れかかる。 俊行 おいおい。 雪枝 ・・・ああもう。やりますよ。やりゃあいいんでしょ。ったく。 万里 信じてたけど・・・ありがとう。 雪枝 好きなようにやるんです、あんたのためじゃない。礼なんか言わないでください。 万里 そっか。じゃ、嬉しい。とっても、嬉しい。・・・これならいいだろ。 雪枝 それに。 万里 それに? 雪枝 ちょっと・・・ちょっと、その脚本の続きが気になっただけなんだ。 望 素直じゃないねー。 雪枝 ・・・言うようになったじゃない。 望 (笑う) 智花 そうと決まれば。 万里 おお。練習再開だ。ちょっと早いけど、今日は読み合わせいっちゃおうか。 智花 いけいけ。 万里 もちろん、脚本は・・・。 新入生たち 「夢見る者たち」! *そこに、ノックの音。 智花 はーい。 *入ってくるスーツの女性。成人した皐月である。 智花 わー、皐月先輩! 皐月 山本さん、久しぶり。新入部員入ったんだって? もう、とんできちゃった。 雪枝 え? 望 皐月・・・? 俊行 先輩・・・? 直史 (驚愕) 皐月 こんにちは。突然お邪魔してごめんなさいね。わたし、ここの卒業生で、植野皐月って言います。まあ、四人も・・・いいなぁ、あたしがいるときにこんな素敵な子達がいてくれたら。この子なんて、二年前のあなたそっくりじゃない、雰囲気が、ほら・・・あら? どうしたの、怖い。 雪枝 せんぱーい・・・。 智花 ほんと、西村さんたら、怒りのオーラが出てるわよ。 雪枝 生きてるじゃないですか! 智花 死んでるなんていったっけ、あたし? 望 いいました。 智花 うっそー。 望 音響、リピート・オン!   智花 とにかく、すごい人だったわけ。・・・だった、ってところが悲しい      けどさ。   望  それって、まさか・・・。 智花 うーん、もう一人前の演劇部員ね、君たち。 望 先輩。 智花 やあだ、あたしはこういったつもりだったのよ、「とにかく役者としてすごい人だった、でも、今は役者の道をあきらめて普通の社会人やってる、だからだった、と言わなくちゃならないのが悲しい」って。 望 ・・・ずるい。 智花 先輩。今どこで働いてるんでしたっけ? 皐月 出版社で校正の仕事してるの。そんなに動かなくてすむから、大丈夫だってお医者様が。 雪枝 あ・・・。 皐月 なんだ、しゃべったな、あんたたち。 万里 こいつ、口軽いんですよ。 智花 なによぉ。 *とじゃれあう二人。皐月の前では子供のようになってしまうのだった。ちょっと臭いかな。いいんだ、臭いの好きなんだもん。 *新入生だけでひそひそ。 望 どうする。 俊行 なんかはめられたような。 直史 (うなづく) 雪枝 もう、しゃあないか。一度いったこと取り消すの、あたしは嫌いだ。 望・俊行 さすが、男らしい。 雪枝 男じゃない! 皐月 ね、今日は私にさせてよ、レクチュア。やってるんでしょ、まだ。 万里 いいですけど・・・死にませんか。 皐月 言ったわね。 さて、栄えある小岩高等学校演劇部の諸君。私が演劇部OBにして、演劇オールマイティの守護神、植野皐月であーる。私の使命は、諸君らを真の演劇部員とするべく、びっしびっしとしごきまくることにある。さて、準備はいいかね? 全員 はーい。 皐月 声が小さい! そんなことでお国のために働けるかあ! もう一度、返事! 全員 はーい! 皐月 よーし。それでこそ、日本男児だ。 雪枝 助けてよー。 *軽快な音楽。緞帳降りる。         −幕− <参考文献>        「演劇クラブサークル けいこノート 改訂版」 青雲書房       「ドリーマーズ」 羽水高校演劇部