『アタシラノ世紀末』    −あるいは学校の六つの風景−             第二稿1998/6/7 作・玉村 徹 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】  *一人二役、三役も可能である。必ずしもこれだけの人数が必要なわけではない。 ゴンドー  教師 タナカ 教師 スズキ 教師 パン屋の従業員 アケミ 生徒・茶髪 生徒1 2 3 校門にて 4 5 宇宙人の声 カナ 生徒 ナミ 生徒 サチ 生徒 自習の教室にて タエコ 生徒 ミヅキ 生徒 ユキエ 生徒 廊下にて ナレーター カエル王子 呪いをかけられたもと王子様 球技大会にて ひとみ 生徒 まさこ 生徒 ゆり 生徒 さちこ 生徒 みな 生徒 生徒 本名・黒田美由紀  屋上にて -------------------------------------------------------------------------------- *舞台は暗い。立ちつくす数人の影。サスが適当に降り注いでいる。顔なんか見えなくていい。全員が書類らしきものを握りしめている。音楽は適当に。アップテンポに明るくいきたい。 影たち、歩き回りながらまくしたてはじめる。 1 調査によれば、高校生の四〇パーセントは覚醒剤・いわゆるスピードに関心を持っている。一五パーセントは友達や身近な人間に試してみないかと誘われたことがある。七パーセントは服用したことがあり、そのほとんどは現在も服用を続けている。 2 調査によれば、性行為を行ったことがあるもの、男子で四二パーセント、女子で七八パーセント。七八引く四二は三六パーセントは大人相手の援助交際の可能性があることになり・・・情けないぞ、男子高校生諸君。 3 調査によれば、今一番したいこと、一位昼寝、二位温泉旅行、三位とにかく休みたい。 4 調査によれば、ノストラダムスの予言はやっぱり当たるんじゃないかと思っている者二五パーセント、UFOの存在を信じる者八五パーセント、悪いことをする人には低級な動物霊がとりついていると思う者四パーセント。 5 調査によれば、学校の先生に対して、むかついてキレて××しそうになったもの五八パーセント。 6 調査によれば、卒業したらまず何をしたいか、一位東京タワーをへしおる、二位大阪城をぶっこわす、三位自由の女神を踏みつぶす。 7 調査によれば、好きな科目の順番は次の通り。体育・音楽・美術・お弁当・休み時間・ゲームセンター・カラオケ・ボーリング・マクドナルド。 8 調査によれば、一度でも学校をさぼりたいと思った者、八七パーセント。 9 調査によれば、高校演劇を生で見たことがある者、三パーセント。 10 んでもってもう一度見たいと思った者、〇.四パーセント。 11 調査によれば、この調査は全くのでっち上げらしい。 12 調査によれば、栗原先生のおかぁちゃんはでべそである。 13 調査によれば、バナナを一本噛まずに丸飲みにできた人には幸福が訪れる。 14 調査によれば・・・。 15 調査によれば・・・。 *以下、めちゃくちゃに怒鳴りあう。音楽が高まり、突然の収束。と、照明が変化して、そこは始業前の校門、影たちは登校する生徒と校門指導している先生になっている。 生徒達は下手から上手に向かって歩いていって、先生のところで一礼して「おはようございます」とかなんとか。先生は「おはよう」とか「元気?」とか適当に声をかける。時々、捕まる奴がいて、「なに、そのスカートは」とか言われてあわてて伸ばす奴とか。取り締まりの厳しい学校、というのを印象づけましょう。 そこに茶髪の女子生徒(アケミ)下手に登場。 アケミ げげ。ゴンドー。最悪。あいつ、廊下ですれ違っただけで、「スカート丈が二センチ四ミリ短い」なんて言うんだ。二センチはいいよ、二センチは。けど何、四ミリって。四ミリって数字、どっから出てきたのよ。で、何かって言うと「教師生活15年、」 *ゴンドー、呼応して生徒を捕まえて説教する。アケミは下手から動かず、様子をうかがっている。 ゴンドー 教師生活15年、このあたくしの目にかかれば、ちょっと見ればスカートの長さなんかミクロン単位でわかりますのよ。あなた、すぐ伸ばしなさい。いやなら、お帰りなさい。学校は、決まりの守れない方に来ていただく必要はございません。 アケミ 冗談じゃねぇって。・・・よおし、泣き落としで行くか。 *アケミが動く前に、別の生徒がゴンドーに捕まる。 ゴンドー まぁ、この指。マニキュアなんてとんでもないわ。 生徒1 (ひざまづいて哀れっぽく)ゴンドー先生! 聞いて下さい! 実は・・・。 ゴンドー 実は出来心で指にマニキュアしてしまったが、学校に来る前にちゃんと落としておくつもりだった、ところが今朝になって母が突然台所で倒れて、病院に慌てて連れていったら、なんと急性白血病、父は頭をかきむしり、姉は泣くばかり、その上弟はおねぇちゃん、おなかすいたよぉ、とすがってくる、そんなこんなでマニキュアどころじゃなくなってしまいました、・・・なんて言うんじゃないでしょうね? 生徒1 ええと・・・だいたいそんな感じで。 ゴンドー はい、さようなら。お母様によろしく。 アケミ なんとかあいつの注意を逸らして、それで。 生徒3 先生、あそこに、オールヌードの織田裕二が! *ゴンドー以外の全員が振り仰ぐ。 生徒達 どこ? どこどこ? ゴンドー 朝からいいもの見たわね、はい、ピアスとって。 アケミ ええもう、相手は一人なんだから、力ずく、全速力で・・・。 *ものすごい勢いで駆け込もうとするルーズソックスの子。 生徒4 どいてどいてー! *ゴンドー、生徒をハリセンでラリアット。ひっくり返る生徒。 ゴンドー 今時ルーズソックスなんて、ダサいぞー。 *ソックスを取られる生徒3。 アケミ 駄目だ・・・西門にまわろう・・・。 *舞台下手奥から爆発音。救急車のサイレン。騒然となる生徒達。 ゴンドー 誰かが地雷を踏んだみたいね。 生徒5 じ、地雷って、ちょっと先生。 ゴンドー 西門のあたりに仕掛けておいたのよ、今朝。やっぱり早起きは三文の得ね。 生徒5 そうじゃないでしょう。 ゴンドー じゃ、備えあれば憂いなし? 転ばぬさきの杖、かな。 生徒5 そういうことじゃなくて。 ゴンドー どうせズルして学校に入ろうとした不届き者です。環境汚染だとか食糧危機だとかうるさくなってるし、不要な人間はこの世からもとっとと早退してもらった方が、地球にやさしいってもんじゃないの。・・・ほら、行って行って。チャイム鳴りますわよー。 *生徒達、動き出す。 アケミ まずい、まずいぞ。このまんまじゃ・・・。何とかしないと。うーん・・・お? *帽子に作業服姿の男、下手から。パンの入った箱を抱きかかえている。 男 (客に向かって)僕は購買に出入りしているパン屋の従業員です。年は二三、体重六〇キロ、足のサイズ二五.五、趣味はインタネでエッチな画像を集めること、好きなものはアヤナミレイと飯島直子。今日は購買でお昼に売るパンを持ってきたところで、これ一応焼きたてパンなんて言ってますけど、真っ赤な嘘で、大抵は昨日の売れ残り、中には三日前のやつもまじってます。だけど、高校生はおなかが空けば何でも食べるゴキブリみたいなやつらだから、かまやしないと社長が言っていました・・・はうっ。 *アケミが男の腹に突きを入れる。昏倒する男の服をはぎ取って変装するアケミ。箱を持って上手に歩いていく。 ゴンドー ・・・ちょっと待って。 アケミ ・・・。 ゴンドー あのね。 アケミ え? 僕? ゴンドー 馬鹿にしてらっしゃらない。 アケミ 僕はパン屋の従業員ですけど? ゴンドー あのね・・・じゃ年は。 アケミ 二三。 ゴンドー 体重。 アケミ 六〇キロ。 ゴンドー 足のサイズ。 アケミ 二五.五。 ゴンドー 趣味。 アケミ インタネでエッチな画像を集めること。 ゴンドー うーん、好きなもの。 アケミ アヤナミレイと都はるみ。・・・し、しまった。 ゴンドー アケミさん! アケミ あちゃー。 ゴンドー この髪! あなたいつになったら。 アケミ なにすんのよ! やだ、ちょっと。 ゴンドー 駄目よ、今日という今日は。 アケミ 直します。今度は直しますったら。 ゴンドー 聞き飽きたわね、そのセリフ。さ、お帰りなさい。 アケミ ね、ちょっと、マジ? ゴンドー 帰って、直してらっしゃい。そしたら入れてあげる。それがうちの校則です。 アケミ そんな、無茶苦茶だよ。そんな校則・・・ ゴンドー アケミさん。 アケミ ・・・。 ゴンドー いずれ社会に出たら、まわり中規則だらけの中で生きて行かなくちゃならないの。家庭で、地域で、職場で・・・だから、わたしたちは決まりを押しつける。あなた達が将来辛い思いをしなくて済むように、ちゃんと決まりを守れるように・・・それが私たちの仕事なのよ。 アケミ ・・・。 ゴンドー わかったら、帰りなさい。さあ。 アケミ 今日だけ、ねぇ、今日だけ。 ゴンドー いい加減になさい。 *ゴンドーとアケミ、もみあう。 アケミ ちょっとそこ、通してよ。あたしは教室に行くんだから。 ゴンドー まあ、アケミさんがそんなに勉強が好きだなんて、先生、驚いちゃったわ。 *ふりほどくアケミ。 ゴンドー あっ。 アケミ ・・・わかったよ。ああもう、わかったよ! ゴンドー なにするの。痛い・・・。 アケミ もういい。もう来るもんか。ばかやろう。 ゴンドー アケミさん。 アケミ もうやめる、学校。それでいいんだろう。 生徒5 ちょっと、アケミ。 アケミ だから、これからどんな格好しようがあたしの勝手だよな。 ゴンドー あのね、あなた、何を言ってるのかわかって・・・。 アケミ 今度はチョンマゲにしてやるんだ。ここんとこギューって縛って。そんで刀さして馬に乗って。 生徒5 それじゃ暴れん坊将軍だって。 ゴンドー お待ちなさい、どこへいくつもり? アケミ 関係ないだろ、あんたには。 ゴンドー どこにいったって、規則からは逃げられないわ。世界中、チリだって、ブラジルだって、メキシコ、パラグアイ、ボリビア、ニカラグア、コロンビア・・・。 生徒5 どうして中南米ばっかりなんです。 アケミ なら、もうこんな星から出ていってやる。ほっといてよ。 *このあたりから、照明が変化。だんだん暗くなってくる。明滅するホリ。 生徒達 な、なんだ? ゴンドー あのね、アケミさん。あなた言ってることが滅茶苦茶よ。 アケミ あたしは、こんな星には、いたくない! *アケミにピンスポ。ゴォッという音響。アケミ以外吹き飛ぶ。 反響する声 願いを聞き届けよう。 アケミ え? え? 反響する声 さあ、来るのだ。銀河が君を待っている。 アケミ えー? *吊りバトン降りる。嘘臭いベニヤ製のUFOが降りてくる。電飾もいいね。お間抜けな感じが好き。 ゴンドー ま、待ちなさい! ・・・あら? あらー? *アケミと一緒にUFOに連れ去られるゴンドー。高まる音の中二人の姿消える。UFO再び上昇。照明がもとにもどる。 生徒5 ・・・ゴンドー先生とアケミ、今日は欠席だ・・・。 *照明変化。ホリが明るく、地明かりが落ちて、シルエット。生徒達がはけて、交代で別の生徒の一群(カナ、サチ、ナミ、タエコの四人)が椅子を持って登場。そこは教室。教科書を読んでいる奴、だべっている奴、ばらばら。スズキ先生が入ってくる。 スズキ はいはいはいはい・・・みなさん、席に着きなさい。 ナミ あれー、次はゴンドー先生じゃないんですかー? スズキ ええ、先生はUFOにさらわれてしまいましたので、今日の数学は自習です。 生徒達 えー? スズキ ここにプリントがありますから、時間の終わりに提出すること。先生は職員室に戻りますが・・・。 *カナやサチ、ポケットからタバコらしきものを取り出し、くわえかける。そのとき、教室を出ようとしていたスズキが振り返って。 スズキ ・・・ああそうだ。見てないからってタバコなんか吸っちゃいけませんよ。 生徒達 ぎく。 スズキ 最新式の煙センサーが煙を感知すると、床に五万ボルトの電流が流れるようになってます。 生徒達 おいおい。 スズキ だいたいみんな黒こげですね、あっはっは。・・・じゃ、そゆことで。 生徒達 ちょっと待てー! *スズキ、退場。 カナ マジかよ? 電流だって。 ナミ はったりだって。 サチ ためしてみる? ナミ うーん。 サチ もしほんとなら。 ナミ はったりだって。 カナ 自信ある? ナミ あはは、それはちょっと。 サチ 何考えてんだかわかんないところあるからね、うちの先生。 カナ うん。あたし、あんたの巻き添えは嫌だ。 ナミ じゃコレ(プリント)、やるの、真面目に? サチ あたしが? カナ サチが勉強? ナミ 似合わないねー。 サチ わるかったね。じゃあんたらはどうなのよ。 カナ 茶店にでも行こうよ。 ナミ あ、それいい。裏庭抜けて。 カナ でしょでしょ。 サチ だめだよ。先月それ、二組の後藤がやったじゃない。 ナミ ああ、あいつ生意気よね。 サチ いい線いったらしいけど、塀の直前で。 カナ 落とし穴に落ちたんだよね。 ナミ 普通掘るか、そんなの。 サチ しかも穴の底にはおよそ数千匹のカエルが。 カナ えー? ミミズって聞いたけど。 ナミ あたしはナメクジだって。 サチ もういいって。とにかく、彼女はそのまま病院に行ったきり・・・まだ口がきけない。 カナ 半端じゃないよね、ここって。 サチ ほんと。 ナミ じゃ、やるの、勉強。 カナ 冗談だろ。 サチ ぜったい、三角関数とか、意味無いよね。 ナミ そうそう。あたしらの人生には関係ないって。 カナ 人生だって。 ナミ うるせえぞ、カナ。 サチ なんでこんなもんしなくちゃなんないわけ。 カナ してないじゃない、サチは。 サチ あんたもね。 ナミ 進学する奴だけやりゃいいんだよ、こんなの。 カナ 関係ないもんね、あたしら。 サチ そうそう。 *なんとなく沈黙する三人。するとそれまで無視されていたタエコの鉛筆が大きく響く。彼女だけは机に向かってなにやら書いているのだ。思わず顔を見合わせる三人。 ナミ ・・・ええと、その。 カナ き、昨日のテレビ見た? ほら、郷ひろみの新しい本のこと言ってた。 サチ あっ、「ダディ2」ね。 ナミ びっくりしたよねー。 カナ まさか彼の浮気相手が、本当は林家こぶ平だったなんてね。 サチ 今度結婚するって話じゃない。 ナミ ほんと? 男同士じゃない。 サチ 性転換するんだって。林家こぶ子。 ナミ おもいっきし無理な名前ね。 カナ ってことは郷ひろみは、林家ひろみ? ナミ それも凄い変。 *三人笑う。が、すぐに静まってしまう。またもや、タエコの鉛筆の音。 カナ あは、あはは。 サチ なに笑ってんのよ。 カナ なんでもないけど。 ナミ タエコもよくやるよね。 カナ ほんと。 ナミ そういや、中間テストってもうじきだっけ? カナ えっと、再来週? ナミ ちょっとやばいんだ、数学は。 カナ あたし、英語。ヒヤリング、ぜんっぜん、わかんない。 ナミ だよねー。あたしも。 カナ おかあさんがさ、家庭教師つけるっていうんだよ。 ナミ えー、あたしんとこもだよ。 カナ そうなんだ。・・・嫌だよね、そんなの。 ナミ でもさぁ。 カナ なに? ナミ したら、やっぱ、これ(プリント)? カナ かなぁ・・・。 サチ ちょっと、あんたら! なにすんのよ、まったく。 ナミ なにって、その、勉強。 サチ 馬鹿いってんじゃないわよ。勉強なんて似合わないわよ。 ナミ う、うん、それはね。 サチ やめやめ。そんな無駄なこと・・・ね? ナミ そう・・・だよね。 カナ たださ、ちょっと。 サチ ちょっと? ちよっと何よ? 裏切る気? カナ 裏切るってそんな。 ナミ そうだよ。・・・たださ。頑張ってるじゃない。 カナ うん。なんか偉いよね。 ナミ ちょっと感動。 *またタエコの鉛筆の音。いよいよ激しい。 カナ えっと。 サチ あ、あのさ、カプチーノって店、知ってる? 駅前の、ほら。ここのパフェってちょっと凄いよ。 ナミ ふーん。 サチ で、でもさ、新メニュー知らないでしょ。名前がチョモランマ・パフェって言ってね、高さが五〇センチもあって。 カナ ああそう。 *ナミ、筆箱を机の上に出し始める。 ナミ あたしも・・・やる。 サチ 他にもね、それ持ってくるときはね、店員が雪男の格好して、そんでウォーって叫んで、それで。 *カナもプリントに取り組みはじめる。 カナ よぉしっ。 *サチもカナも、鉛筆を鳴らしてプリントを書き始める。 サチ (演説口調で)君たち、君たちは疑問を感じないのか? 現代の詰め込み教育がどれほどの弊害をもたらしているか、受験戦争が青少年の心の成長をいかに阻害しているか。こんな日本の教育は間違ってる、そうは思わないか? ・・・なんてねー。えへえへ。 *鉛筆の音、ますます大きく。 サチ やぁだ、いまさら勉強したからって、なんになるのよ? いい大学とか、いい会社なんて、そんなの入れるのはほんのちょーっとの人だけで、たいていはビンボな会社でお茶汲みかなんかして、スケベな課長とかにお尻とかさわられて、それでも我慢して五年くらい働いてると、仲間はどんどん結婚しちゃって新人の女子からは怖いオバサンって陰口叩かれて焦って見合いとかして適当な男とくっついてそしたら会社はやめちゃってあとは家でごろごろしてお昼のワイドショーとか見て時々は街にショッピングとかエステとかに行ったりする・・・それのどこがいけないのさ。 *鉛筆の音。 サチ なにやったって、どうせあたしらの一生なんて決まってんだから・・・なんで面倒なことやんなきゃなんないのさ? ね、聞いてる? *鉛筆の音。 サチ もう、こうなったら・・・待ってよ、あたしもするー。 *全員机に向かう。ややあって、タエコが身体を起こして。 タエコ ・・・そうして私たちは西山動物園を出て、お父さんの車でお家に帰りました、とっても楽しかったです、まる。・・・ふー、終わったー。 カナ・ナミ・サチ 絵日記かいっ! タエコ えー? えー? どーしたの? ナミ 変だと思ったのよ、タエコが勉強なんて。 カナ 人騒がせなんだから。 タエコ なんなの、わかんないけどー? サチ なんか、気が抜けちゃった。 カナ ほんと。 ナミ つかれたー。 サチ 一本行く? カナ ん。ありがと。 *みんなタバコをくわえて・・・。はっと気がつく。 全員 あ。 *照明ダウン。音楽? あんまり間をおかないで、下手にサス。一人の教師。とりあえず、スズキということで。 教師 ああ、また。また落ちてるじゃない。 *舞台中央にサス。空き缶がある。 ここから一人芝居です。大変だと思うなら、テープでも面白い効果が生まれるかも。その場合は役者は身振りだけになります。あるいは、ポイントだけ、肉声にするとか、いろいろ考えられますが。 教師 どうなっちゃってるのよ、高校生のマナーは。このごろひどいんじゃない?いったいどういうしつけされてるんだか、親の顔が見たいって感じね。どうしてゴミ箱に捨てられないの。ちょこんって置くのよね、ちょこんって。廊下の端とか階段の手すりとか。きたない、とかみっともないっていう感覚がないのかしら。ロッカーなんかもそうよね。体操服とかズックとかはみ出してても何とも思わないみたいなんだから。もう、あれよね、学校全体がゴミ箱、そんな感じよね。 ・・・なんて独り言言ってる場合じゃないわ。拾わないと。そうよね、こういう時、先生が模範を示すべきなのよね。さっと拾ってすっすっすーって歩いてゴミ箱にぽんって放り込んで、 「(にっこり笑って)空き缶はゴミ箱にね。よくって?」 あれ? 「わかりましたか」の方がいいかな? 「よくって」なんて、最近は使わないわよね。あは、「よくって」だって、私はお蝶夫人かってのって、そりゃ誰だって、今時「エースをねらえ!」なんて知ってる奴はいないぞって、でもあたしの青春だったのよー。 ・・・なんて一人突っ込みしてる場合じゃないわ。さっさと拾って、授業に行かなくちゃ。あ、でも、待って、ここで私が拾って、それでいいのかしら。教師の私が模範を示す、それはいいことよ。うん。でも、それは最善の指導といえるのかしら。そうね、例えば、生徒に拾わせてみたらどうかしら。そうよ。生徒自身にゴミを拾わせる、そうして身を持って学校を綺麗にすることの素晴らしさ、大切さを実感させる、それでこそ、本当の指導といえるんじゃないかしら? うーん、あたしって今日はさえてるわね。素敵よサヨコ。この調子で今日も学園フィーバーまっしぐらよ。あらあらあら。フィーバーって死語よね。今はなんていうのかしら。フィーバーってたしか英語で、熱病とか病気ってことよね。学園病気まっしぐら? 変よね。あたしって病気? ねえねえ、あたしって変? ・・・って、来ないわね、生徒。どうして誰も来ないのよ。困るじゃない。ああ、わたしの完璧な生徒指導計画が崩壊してしまうわ。来てくれたら、あたし、こう言うのよね。教師らしく、毅然として、でもこころもち暖かさをこめて。 「そこのあなた。」 こうよ。「そこのあなた」うーん、ぞくぞくしちゃう。「おい、おめ」とか「うらざいごのもんやで」なんて、わざと下品な言葉づかいをして、生徒との間に親密な関係をつくろう、なんてセコい教師もいるけど、私は違うわ。生徒と教師の間には、おのずと一線が引かれるべきだと思うの。けじめが必要だと思うの。だから、「そこのあなた」よ。うふふ。 「そこのあなた」 「はい? 私ですか?」 「ほら、それ・・・気がつかないかしら?」 「気がつきません」 って、どうして一人芝居で詰まっちゃうのよ! ・・・ちょっと気弱なところあるのよね、私って。自分だと「優しいセンセ」って感じなんだけど、これがいけないっていう先生も多いのよね。きっとアレは嫉妬よね。ほら、私ってなんていうの、ほら、ちまたじゃちょっと人目を引く美人ってやつじゃない? 何かと出る釘は打たれちゃうのがこの日本社会ってものよね。「あなたの指導はなってない」とか「ほらほら、そんなふうにいつもヘラヘラ笑ってるから生徒になめられるんです」とか。でもさ、あんなふうに生徒から嫌われちゃったら、嫌じゃない? やっぱり好かれたいじゃない? これ、間違ってる? 間違ってないわよね? やっぱり三年B組金八先生よ。教師ビンビン物語よって、知らないかしら、トシちゃんが主演した・・・トシちゃんていうのは田原俊彦のことで、ほら、たのきんトリオの。格好良かったわよね、歌は音痴だったけど。どうしてるのかしらトシちゃん。 ・・・なんてまた独り言モードに入っちゃったわ。これだからお見合い断られちゃうのかも。いいわ、もういい。私が拾うわ。もう授業に遅れちゃうもの。私は先生であるまえに一人の良識ある社会人なわけだから、おちてるゴミを拾うのは当然よね。公衆道徳の問題なのよ。だって私はいつも清く正しい聖職者ですもの。あ。でも待って。本当かしら。私の心の中って本当に清らかなのかしら。これから空き缶を拾うのよね。それは正しい行いだわ。でも、それって偽善じゃない? いかにも正しい行いをしていますって、感じよね? 自慢している気持ちがどっかにないかしら? ちょっと、いい子ぶりっこしてないかしら? ううん、そんなことない、そんなことない。だって、自慢してるんじゃないかしらって自分で自分を反省してるもの。本当に自慢している人間ならそんなことしないはずよね。そうよ。私はいつだって自分を冷静に客観的に見られる人間なのよ。だって、教師なんですもの。あ。でも。自分を冷静に客観的に見られる人間だなんて、これって自慢にならないかしら? ううん、そんなことないそんなことない。だって自分が冷静で客観的な人間ってことを自慢しているんじゃないかって自分で自分を反省してるもの。本当に自慢したがる人間ならこんなふうに反省したりしないもの。あ。でも。自分が冷静で客観的な人間だってことを自慢しているんじゃないかって自分で自分を反省できる人間だってことを自慢していないかしら。ううん。そんなことないそんなことない。だって自分が冷静で客観的な人間だってことを自慢しているんじゃないかって自分で自分を反省できる人間だってことを自慢しているんじゃないかって自分で自分を反省してるもの。あ。でも。自分が冷静で客観的な人間だってことを自慢しているんじゃないかって自分で自分を反省できる人間だってことを自慢しているんじゃないかって自分で自分を反省できる人間だってことを自慢してないかしら。かしらったらかしらったら! *息を切らしてしばらく立ちつくす。 教師 ・・・こんなコトしてると、そのうち死んじゃう。早く拾わないと・・・精神を集中するの。雑念を払って・・・えいっ。 *空き缶を取り上げる。 教師 や、やったわ・・・ほ、ほらね。やればできるのよ・・・。 *新しく上手にサスが落ちて、そこに新しい空き缶が。 教師 あは、あははは・・・。 *暗転。照明が戻ると、中央に生徒(ユキエ)。通りかかるミヅキ。 ミヅキ あ、ここにいた。 ユキエ ・・・。 ミヅキ ユキエ? ユキエ ・・・。 ミヅキ えと・・・その。 ユキエ なに? ミヅキ なにって・・・あの、始まってるから、四時間目。 ユキエ そう。 ミヅキ 家庭科、調理実習。グラタンにマリネ。 ユキエ ・・・。 ミヅキ 早く来ないとまた、面倒だよ。オチアイ先生ってばしつこいから。 ユキエ ・・・どうして? ミヅキ さあ、バアチャンだからじゃない? うちなんかも年寄り、うるさいから。 ユキエ そうじゃなくて、ミヅキのこと。 ミヅキ あたし? ユキエ そう。どうしてなの? ミヅキ へ? ユキエ なんで呼びに来たの? ミヅキ なんでって、家庭科の時間・・・。 ユキエ ミヅキ。そういうことじゃないってわかってるでしょう。 ミヅキ それは。 ユキエ 行かないわよ。わかってるくせに。 ミヅキ さぼりすぎだよ、ユキエ。他の授業も・・・こないだも帰っちゃったじゃない、勝手に。あれ、角ベェに言われなかった? ユキエ ああ、あいつなら来たよ、家まで。 ミヅキ わ、家庭訪問? ユキエ 会わないけどね。母さんが言ってた。 ミヅキ 会わないって、あのね。 ユキエ 会いたくないから。 ミヅキ そんな・・・出席日数とか、大丈夫・・・なわけないか。ね、駄目だよ、こんなの。いい加減にしないとほんとに・・・。 ユキエ だから、どうして? ミヅキ なにが。 ユキエ あんたのしてること。余計なお世話。 ミヅキ ほっとけないじゃない。だいたい・・・今日も帰るつもりでしょ。 ユキエ ミヅキには関係ない。 ミヅキ ある。 ユキエ ・・・。 ミヅキ あるわよ。・・・ちょっと、こっち見なさいよ。 ユキエ ・・・触るな。 ミヅキ な・・・! ユキエ 友だちだから、とか言うんでしょ。クラスメートだし同じ班だし小学校からのつきあいで家も近所だから、とか? ミヅキ ユキエ。 ユキエ 違った? ミヅキ ・・・違ってないけど、ひとつ抜けてる。 ユキエ へえ、なに。 ミヅキ 大切な友だち、なの。ユキエは。 ユキエ (笑う) ミヅキ なによ。 ユキエ (笑いながら)な、なにそれ、そのくっさいセリフ・・・あんたマンガの読み過ぎだって・・・ね、恥ずかしくない? ミヅキ うん、ちょっとはね。 ユキエ かわんないね、ミヅキは・・・生まれながらの委員長、真面目で努力家で人には親切・・・。 ミヅキ あは、あはは。そんなこと。 ユキエ でもね、そういうのが一番イライラするんだ。ほっといて。 ミヅキ え。 ユキエ 聞こえないの? あんたの顔を見てるとムカツク、そういってんの。 ミヅキ な、なんで。 ユキエ 行ってよ、もう。 ミヅキ でも授業・・・。 ユキエ ああもう、そんなに授業が大事なら、さっさとあんたが行ったらいいじゃない。人のことはほっといてよ。 ミヅキ ほっとけない。ユキエのことも大事だもの。 ユキエ ・・・簡単に言ってくれるわね。 ミヅキ ほんとだよ。 ユキエ ・・・。 ミヅキ ね、行こう、授業。こんなとこにいたっていいことないよ。ね、ユキエ、行こう。 ユキエ ・・・。 ミヅキ だいぶ休んじゃったけど・・・あ、そのことで出にくいっていうんなら、大丈夫。みんな気にしてないし、わたしもついてるし。ていうか、ほんと、みんな待ってるんだよ。ユキエのこと心配してんだから。ね。 ユキエ 残酷だよ。 ミヅキ ほら、アキなんか、いっつも私に・・・え? ユキエ みんな心配してるって? ミヅキ うん、そうだよ、みんな。 ユキエ 嘘だ。 ミヅキ え? ユキエ 噂・・・ミヅキが知らないはず、ない。 ミヅキ あ・・・あれ。 ユキエ みんな楽しんでるんじゃない? 退屈な生活の中のささやかな刺激。 ミヅキ あ、あんなの、言う必要もないと思って。・・・いくらなんでもひどい噂だし・・・あ、でも、ユキエは傷つくよね・・・ごめん、ほんとのこというと、やなこと言う奴もちょっとはいて・・・でも、そんなのほんの一部だし、まさか本当にしてる子なんかいないから、絶対。 ユキエ ミヅキ。 ミヅキ うん。あたしたちは・・・クラスのみんなは信じてるし、あたしも。 ユキエ ミヅキ。 ミヅキ ・・・なに? ユキエ ほんとだよ。 ミヅキ え? ユキエ ほんとだって。噂は間違ってない。 ミヅキ ば、馬鹿いわないで。 ユキエ あれ、信じてくれないの? 話が違うじゃない。 ミヅキ だって。 ユキエ だってなに。 ミヅキ だって・・・いけないことだよ、それって。それを、ユキエが、まさか。 ユキエ (笑って)ミヅキミヅキミヅキ・・・なんてカタいの、あんた。 ミヅキ ・・・。 ユキエ バイトだよ、バイト。いまどき一時間かそこらで四万とか五万とか・・・そんなバイト、他にある? ないでしょ? したら、マックだのミスドだの、馬鹿らしくって。 ミヅキ そんな、お金なんか。 ユキエ そうだ、いいこと教えてあげる、ミヅキ。 ミヅキ な・・・。 ユキエ これ(と、自分の身体を指さして)は売れるの。だから、もちろんこれ(ミヅキに触れて)も結構高く売れる。商品なのよ。 ミヅキ ユキエ! ユキエ なんて声だすの。いい、私は商品なの・・・ていうか、商品を着てるのね。で、いい、ここが大事なとこだけど、あんたも、そうなんだよ。 ミヅキ ・・・。 ユキエ みんな商品の中で一生暮らしてるの。なにも、あたしたちがそうしたわけじゃない。馬鹿な野郎達があたしたちに値段を付けた。女子高生がいくら、だったらせいぜい高く売った方がいいじゃない。そう思わない? ミヅキ 冗談言わないでよ・・・。 ユキエ あんた、電車の中で痴漢されたこと、あるって言ってたじゃない。街歩いてると、夏なんか、誰かの視線を感じること、あるって言ってたじゃない。クラスの男子が休み時間に話してること、ときどき怖くなることあるって言ってたじゃない。 ミヅキ それは・・・それがいったい。 ユキエ わかんない? 小林ミヅキっていう人間なんかいないの。女っていう商品があるだけ。 ミヅキ あたしは商品なんかじゃないわ。 ユキエ みたいなこと言ってる奴にかぎって、ただで持って行かれちゃうんだよ。 ミヅキ それってなんのことだか・・・。 ユキエ あとね、あんたの大事な勉強とかいうやつね、それも、要するに商品としての値段を上げることにしかならないんだよ。知ってる? 女子高生の値段にもランクがあって、だいたいその学校の偏差値と一致してるの。つまりいい学校のお嬢の方が高い・・・あんたなんかいい値段が付くのにね、もったいない。 ミヅキ 何言ってるのよ、ユキエ。 ユキエ 「え、君みたいな子がこんなこと」・・・なんてのが、好きみたいね、男って。援交なんかしそうにない・・・つまりミヅキみたいなのが。反対に、茶パツにピアスしていかにもー、なんて子は最低ランク。問題外。 ミヅキ ・・・ユキエ。 ユキエ なに。 ミヅキ これ・・・ほんとなの? ユキエ 言ったじゃない。まだ信じられない? ミヅキ ううん。・・・でも。 ユキエ なに。 ミヅキ どうして? どうして・・・自分を傷つける、こんな、こんな・・・援助交際って売春のことなんだよ、わかってる? ユキエ ・・・。 ミヅキ 心も体も・・・なんでそんなことするのさ。お金なんて・・・ユキエんち、お金に困ってるなんてことないじゃない。お父さんは一流企業の部長さんだし、お母さんだってあんないい人で。 ユキエ ・・・。 ミヅキ ね、やめてよ、もう。こんなこと、すぐやめてよ。昔のユキエに、ブラスで全国大会目指してた、ほら、あのころのユキエに戻ってよ。 ユキエ ・・・昔の私だって! *ユキエはミヅキを突き飛ばし、床に押しつけ、上からのしかかる。 ユキエ その優等生ズラにもいいかげん頭に来るね。わかんないの、あれだけ言っても。 ミヅキ や、やめて。 ユキエ あたしもそう叫んだんだ。助けてって。大声で。でも、無駄だった。なんにもならなかった。勉強も、スポーツもなにもかも。私がそれまでしてきたことは全然無駄だった。無意味だった。三角関数もキルケゴールもいざというときには、何の役にも立たなかった。今のあんたみたいにね。 いい? そのとき、私はわかったんだ、私は、今こうしている私は、今こうしているだけの生き物だ、それだけのものなんだ、昔も今も、これからずっと未来も、私はただのモノなんだ、そういうこと・・・わかった? ミヅキ あ、あ・・・。 ユキエ 私はモノ。私は商品。だけどね、わたしは傷つかない。私は、私の中にうずくまって、隠れて、じっとしている。そして、見ていてやるんだ。私の上にのしかかる男を。醜い、歪んだ、汗まみれの生き物を。私をモノとしか見られない惨めな生き物を。私は軽蔑してやるんだ。私を征服したつもりでいる馬鹿野郎達を。満足しきってよだれを垂らした豚をおもいきり軽蔑してやるんだ。金を払って大事なモノを手に入れたつもりでいるくそったれを軽蔑してやるんだ。軽蔑、軽蔑、軽蔑してやるんだ。わかった? ミヅキ う、うん・・・。 *ユキエはミヅキを解放してやる。しばらくの間。 ミヅキ ・・・ユキエ。 ユキエ ごめん。乱暴するつもりじゃなかった。 ミヅキ いいよ。 ユキエ ごめんね。 ミヅキ ううん。それより。 ユキエ なに。 ミヅキ いまから・・・行くの? ユキエ うん。 ミヅキ そう。 ユキエ サテンで顔合わせ。ピッチに連絡入った。 ミヅキ ・・・あのさ。 ユキエ なに。 ミヅキ ちゃんとした男だって、いるよ? ユキエ (笑う) ミヅキ (笑う)きっと、いつかさ。ほんとだよ。 ユキエ ミヅキはいいね。 ミヅキ なによ。 ユキエ あたしはね、もう、あんたみたいには思えない。 ミヅキ ユキエ。 ユキエ じゃ、いくから。 ミヅキ ユキエ! ユキエ なに? ミヅキ ・・・えと・・・また、明日。 ユキエ え? ミヅキ また明日、学校で会えるよね? ・・・こんなことしか言えない。 ユキエ ・・・うん。また、明日。 ミヅキ また、明日。 *ユキエ、下手に退場。座り込むミヅキ。泣いている。暗転。 童話っぽい音楽・・・ってどんなんや。下手サス。ナレーターが浮かび上がる。なお、このパートは照明・音響などスタッフワークが命です。 ナレーター ただ今から、「カエルの王子様」(世界名作童話大全集より)を上演いたします。なお、上演中のフラッシュによる撮影、寝煙草、盆栽、バタフライ、一本背負い、地下核実験などは他のお客様の迷惑となりますので、ご遠慮下さい。 *サスで別の生徒を照らす。この生徒は制服を着ているが、おでこのあたりにカエルの顔のついたお面をつけている。あと、手と足に緑の水かき。 ナレーター こいつがカエルの王子様です。その名の通り、もとはとある国の王子、ディカプリオも裸足で逃げ出すハンサムだったのですが、授業をさぼろうとしてカエルのいっぱい入った落とし穴に落ちたため、もとい、悪い魔法使いの魔法にかけられたため、醜いカエルの姿に変えられてしまったのです。 カエル げろげろ。 ナレーター 彼が元の姿に戻る方法はただ一つ、たった一人でいいから、誰かが、本心からこのカエルを好きになること・・・まあ、月並みな話ですがねぇ。 *照明アップ。ナレーター退場。教師(タナカ)登場。 タナカ っつうわけで、今日のロングホームは、球技大会についてだ。大会もいよいよあと一〇日に迫ってきたわけだが、チームを決めなきゃならんわけだ。競技はバレー、こいつで団結とか協力とか、ま、つまりは民主主義のエッセンスを身体で覚えよう、そういうことだ。・・・それで、と・・・(カエルを見て)なんだあまっちまったのか? カエル げろげろ。 タナカ しょうがないな。ええと、だれかこいつを引き受ける班はないか。 *その他の生徒登場。ひとみ、まさこ、ゆり、さちこ、みな。体操服である。 ひとみ えー、私たち、いやです。 まさこ うん、やだよね。 ゆり なんで私らの班でなきゃなんないんですか。 さちこ あんな子入ったら困るもんね。 みな そうそう。走るの遅いし。 みな もろに穴って感じ? タナカ 馬鹿言うんじゃない。仲間外れにする気か。 ひとみ・まさこ・ゆり・さちこ・みな はい。 タナカ こらこら。お前ら、それでもクラスメートか。いったいどんな教育を受けてきたんだ。先生は悲しいぞ。いいか、世の中にはいろんな人間がいて、いろんなつきあいがあって、それで社会ってのが出来上がってるんだ。だから、なあ、おんなじ人間なら・・・。 ひとみ この子、カエルです。 *間。 タナカ ・・・えっと、この際、そういう些細な問題はおいといて。 まさこ おいとけません。 ゆり 水かきのある人間なんていますか。 タナカ それは、アレだ、個性だ。 さちこ そういう問題ですか。 みな 人間は哺乳類で、カエルは両棲類です。 タナカ 類ってとこは似てるじゃないか。 ひとみ あのね。 タナカ とにかく、まかせたぞ。いいな。先生は試験の採点が残ってるから、それじゃ、そゆことで。 生徒達 あ、先生! *タナカ、退場。照明半分だけダウン。ナレーターにピン。 ナレーター 文句たれても愚痴っても、学校の中じゃ無駄なこと、社長は先生、生徒は社員、走れといわれりゃはしらにゃならぬ、飛べといわれりゃ飛ばなきゃならぬ、嫌なら赤点内申書、まして大会日は迫り、こうなりゃやけと放課後の、特訓特訓また特訓。 *ホリを付けてシルエットで。音楽「ロッキー」のテーマ。ランニングを開始する生徒達。最後尾を怪しげにジャンプしながらついていくカエル。 ひとみ 足は交互にだすのよ! カエル げろげろ! まさこ そんなカエル、いないって。 ひとみ さあ、腹筋よ! カエル げろげろ! ゆり できるわけないじゃない。 ひとみ 次はサーブ練習よ。やってみて。 カエル げろげろー! さちこ 吸盤にボールがくっついてとれないー。 ひとみ そうじゃなくてもっと、下、へそに力を込めて。 カエル げ、げろ? みな ないわよ、そんなの。 ひとみ 頑張れ頑張れ三組、ほら、声出して。 カエル げろげろげろげろげろげーろ! ナレーター ともに苦しみを味わい、同じ時間を過ごしてきた者達は、いつか、心を通いあわせていくもの。いがみ合ったあいつの顔も、ののしりあったこいつの顔も、いつか忘れられない親友の顔へと変わっていくものだ。流した汗の分だけ、ぬぐった涙の分だけ、友情は輝きを増す。それこそが青春、それこそが若者の特権。ああ素晴らしき一〇代、黄金の日々よ。 ・・・っていうかー、そのはずだったんだけどぉ。 ひとみ 馬鹿いってんじゃないって。 まさこ だいたいカエルが汗なんてかくかって。 ゆり 粘液の間違いよね。 *体育館の、試合前のざわざわを音響で。 さちこ はっきりいって全然うまくなってないわね。 みな もうじきだよ、あたしらの試合。 ひとみ ・・・私に策があるわ。ちょっと、あんた。 カエル げろ? まさこ なによ、どうするの? ひとみ これならあたしたちにも勝つチャンスがある。 ゆり さすがひとみだね。 さちこ うんうん。 みな どんな策なの? カエル げろげろ。 ひとみ 任せて。いい? ・・・カエル、あんた、休んでな。 まさこ・ゆり・さちこ・みな ああああ。 ひとみ こいつが出るくらいなら、いっそあたしら五人だけで試合した方がなんぼかましってもんじゃない? あたしらだけなら、チームワークだって完璧だし。 みな でも、それはやっぱ、ちょっと悪い・・・ ひとみ なによ、みな。 みな この子だって、練習してきたんだし。・・・ま、それなりに、だけど。なのに、試合にはださない、なんて、やっぱりさ? 団結とか協力とか・・・そういうの、この大会のテーマなわけだし。 ひとみ そこよ。・・・(カエルに)いい?あんたが出たら負ける。これは間違いないわ。わかるわね。でも出なかったら勝てるかも知れない。だったら、ここで身を引くのがチームワークってものじゃない? まさこ そうだよ。勝てば、みんなの勝利ってことで、もちろんあんたの勝利でもあるわけなんだから。 ゆり 負けちゃったらなんにもならないしね、団結だとか言ったって。 さちこ 負けたらあんたのせいだよ。 カエル げろげろ・・・。 みな ちょっとちょっとみんな。 ひとみ じゃ決まりね。あんたは試合中ずっとベンチにいる、そうね、風邪引いたとかなんとか理由を付けて・・・。 *そこにタナカが不意に登場。 タナカ 風邪引いたとか理由付けて試合には出さない、なんて相談じゃないよな? ひとみ えー? タナカ 出番なんだろ。応援に来てやったぞ。 まさこ 最悪。 タナカ なんだ? まさこ いいえなんでも。いこっか。 ひとみ う、うん。 *相手チームはいないけど、いるつもりでバレーの体勢になる生徒達。ホイッスル。生徒達、ストップモーション。喚声、いよいよ大きく。照明ダウン。音響止まり、静かな音楽。ピンでナレーターを出す。その間に生徒達、カエルのまわりを囲むようにして距離を取る。 ナレーター 善戦した、と言っていいでしょうね、彼女達は。コートの中で、飛び、走り、転がり・・・その姿は見るものに正しく、感動を与えました。・・・しかし、善戦、という言葉は、かならず、こう続けられるもののようです。「むなしく」と。善戦むなしく、彼女達は一回戦で敗退しました。それは・・・。 *カエルにサス。 カエル 僕が大事な場面で倒れたからだ。あのサーブ・・・絶対に返せると思ったのに、そう思った瞬間・・・僕の意識はそれきりとぎれた。 ナレーター 簡単なことでした。皮膚呼吸。熱気のこもる体育館、高い気温・・・カエルの王子の皮膚は乾燥し、両棲類であるが故の弱点をさらけ出してしまったということです。 カエル 意識を取り戻したとき、僕に浴びせられたのは、もちろん慰めやいたわりの言葉なんかじゃなかった。 *照明アップ。 ひとみ 言った通りじゃないの。 まさこ 負けるはずなかったんだから。 ゆり そうよ、あたしたち勝ってたもの。 さちこ もうちょっとだったのに。 ひとみ 練習したもん、あたしたち。 まさこ 頑張ったもんね。 ゆり 辛かったよね。まさこなんかまめつぶしてさ。 さちこ でも、それもパア。 ひとみ なんでこうなっちゃったわけ? まさこ そうよ。なんであたしたちが負けなきゃならないわけ? ゆり どうして勝てなかったの? さちこ 誰のせいよ? ひとみ・まさこ・ゆり・さちこ ・・・こいつのせいだ。 ナレーター その日からそれは始まりました。ひとつひとつ例を挙げればキリがありませんが、問題はそれが顔のない犯罪だということ・・・だからこそ、学校の教師は無力なのだ。 カエル 教科書がなくなった。見つかったときにはカッターでずたずたに引き裂かれていた。筆箱も見つからない。体操服もない。ズックもない。もちろん、誰も貸してくれない。廊下ですれ違うとき、くすくす笑われる。露骨に身をかわすやつがいる。突き飛ばされたこともある。椅子が濡れている。「その方が身体にいいでしょ」。机に落書きが増える。配布されるプリントはいつも足りない。授業中に背中を針で刺される。誰も口をきいてくれない。にやにや笑う顔ばかりが見える。でも目だけは笑っていない。僕の財布がポケットからなくなった。他人の財布がポケットに入っている。泥棒とよばれる。抗議すると嘘つきといわれる。黙っていると底意地が悪いと言われる。僕が持ったホウキに触る者はいない。鉛筆に触る者はいない。本に触る者はいない。電話がかかる。毎晩かかる。夜中にかかる。受話器の奥からは耳障りなヘビメタ。確かにそこに誰かがいるはずなのに、その誰かは決して口を開かない。切ると、またかかる。また切るとまたかかる。また切るとまたかかる。何度でもヘビメタ。何度でも無言の相手。僕は夜眠らなくなった。かわりに学校で寝た。すぐに勉強がわからなくなった。僕は勉強をさぼるんだそうだ。いい加減な生徒なんだそうだ。先生がそう言った。それで、いっそういじめは激しくなった。 *うずくまるカエル。ややあって。 ナレーター ・・・ここまでですかね? ギブアップ? そうですか、残念ですねぇ。まあ、しょうがないですかね。またもいじめの犠牲者がここに一人・・・やはりあれですか、「善戦むなしく」ですかな、カエル君。おっと。王子様か。でもね、これじゃとても人間になるなんて無理でしょう。ずっと、これから、カエル、ってことで。ま、しかたないですよね? カエルの生活もこれはこれで楽しいんじゃないですか? ね? ・・・あら? *みな、進み出る。 みな ちょっと、もう、いい加減にしたら! ひとみ なに? まさこ 大声出して、どうしたのさ。 みな いくらなんでもひどいんじゃない。もう、やめようよ。 ゆり なに、なんのことさ。 さちこ ヒステリー? みな 誤魔化さないで。わかってるわよ、みんながしてること。これじゃまるで・・・まるっきり、いじめじゃない。 ひとみ いじめ? まさこ なにそれ。 みな ちょっと。 ゆり 誰が誰をいじめてるのさ。 さちこ びっくりだね。 みな もう、許してあげてよ。でないと、この子。 ひとみ この子って・・・これのこと? まさこ カエルだよ、それ。 ゆり なんでカエルのことなんか気にするのさ。 ひとみ ブリっ子してんじゃないわよ。 さちこ あー! ひとみ なによ? さちこ わかった。わかっちゃった。 まさこ だから何よ。 さちこ みなってば、愛しちゃったのね、カエル君のこと。そうでしょ。 みな 何言ってるの。 まさこ おおー。 ゆり なるほどねー。 ひとみ そういうことなんだ、熱い熱い。 みな ちょっとそんなんじゃ・・あたしはいじめはいけないことだって、それだけ言いたくて、それで。 さちこ でもね、これはかなわぬ恋だよ。なんたって、彼氏は両棲類。 まさこ そっか、そりゃ無理だ。 ゆり 悲恋だねー。 ひとみ ううん、それなら、あたしらで・・・なんとかしてあげるべきじゃない? *まさこたちがみなを捕まえる。ひとみがあたらしくカエルのお面をだして、みなに付ける。 みな や、やめてよ! ひとみ 似合うじゃない、結構。 みな これとってよ! ひとみ 何か言ってるわね。 まさこ さあ? あたし、カエルの言葉はわからないから。 ゆり あたしも。 さちこ げろげろ、げろげろってね。 みな みんな! みんな! *ひとみ・まさこ・ゆり・さちこ、退場。 みな みんな・・・。 カエル ・・・ごめん、僕のせいだ。 みな え? カエル え? わかるの? みな なんだ、しゃべれたんだ・・・。 カエル い、いや、僕は・・・いや、そんなことより、ほんとうにごめん。 みな ああ・・・いいんだ、気にしなくて。 カエル でも、それ・・・。 みな いいんだって。カエル君はなんにも悪いことしてないんだから、あやまることなんかない・・・あたしだってそう。 カエル そう、かな。 みな 謝りたいのはこっちのほうよ。もっと早く言ってやれば良かった。そうすれ君だって・・・ほんとにもう、あんな連中だとは思わなかった。・・・そんなことより、カエル君のこと聞かせてよ。 カエル 僕のこと? みな そう。 カエル 月並みな話だよ。僕にはのろいがかけられていて、元の姿に戻るためには・・・。 みな 誰かが心から愛さなくてはならないって話? それって、なんか昔、絵本で読んだことある。 カエル 信じてくれなくていいよ。こんな話。 みな 何言ってるの。じゃ、やっぱりハッピーエンドなんじゃない。 カエル え? だって僕はまだ。 みな 魔法は解けたのよ。やだ、気がつかない? カエル どういう・・・。 *みな、手を差し出す。 みな こういうことよ、王子様。 *教会の鐘の音。二人にサス。やがてゆっくり消える。暗転。 ここで、いきなり装置のことなんですが。舞台を立体的に見せたいので、どうしてもでかい建造物がほしい。人の背丈くらいもなくていいけど。人間が乗れるような台。これを屋上に見立てます。できたら安全フェンスを仕込んでおいて、ただの「台」からいきなり「あ、屋上!」みたいに変えられるといいと思います。台に腰を下ろしている生徒が一人。下手に椅子、教師が座っている。とりあえずスズキ、ということにしておく。 生徒 そうそう・・・へー・・・ほんと? ・・・あはは・・・うわ・・・おいおい・・・ちょっとまてー・・・え? ・・・うそ。・・・だいたいこんな感じです。 教師 ふーん。それでおしまい? 生徒 はい。 教師 ええと、一番長いのが・・・んと、「ちょっとまてー」? ひいふう・・・六文字ね。ろくもじ、と。 生徒 そんな・・・そんなことどうでもいいじゃないですか。 教師 え? だめよ、こういうことはきちんとしとかないと。最初が肝心なの。 生徒 はあ。 教師 これでカウンセリングっていうのも大変なんだから。・・・それで、と。 生徒 はい。 教師 で、何が不満なわけ? ここならなんでも言ってかまわないから。 生徒 不満って、その、それほどのことじゃないんですけど・・・。 教師 いいから。言ってご覧なさい。 生徒 はい。つまり・・・あ、なんか緊張しますね。これ。 教師 (にらむ) 生徒 ええと、つまり、私のセリフって、わー、とか、そうそう、とか、そんなのしかないんです。他のみんなはいろいろあるのに、私だけ、わー。 教師 ふんふん。 生徒 他のみんなは・・・校門指導とか自習時間とか援助交際とか・・・ほら、いろいろドラマがあるでしょう? 私だって、そこにいたんですよ。でもそういうとき、私の口から出てくるのは「へー」とか「ふーん」とか、・・・これってそもそもセリフなんですか? 教師 さあ・・・でも楽でいいじゃない。 生徒 それはそうですけど・・・ね、私見て下さい、先生。 教師 なあに? 生徒 何か気がつきませんか? 教師 ううん・・・わからないけど。 生徒 ・・・でしょうね。 教師 なによ。なんなの。 生徒 私、ピアスとかしてないでしょう。 教師 え、ええ。 生徒 髪も染めてないし、ルーズソックスもはいてません。スカートの丈も程々だし、髪の長さもそこそこ。勉強だって中ぐらいで、赤点もないけど成績優秀者には到底及ばない。もちろんタバコなんか吸わないし、援交なんてとんでもない。そりゃピッチくらい持ってるけど、それでメッセージが何件も来るってわけでもない。趣味は音楽鑑賞とお菓子作り、資格は英検三級珠算四級、性格は真面目で情緒も安定している。父親はサラリーマン、母親はパートに出ている。中学生の弟が一人、将来の進路はまだ未定だが、とりあえず短大にでも行こうかと考えている・・・。 教師 そ、そう。いいじゃないの。きわめて健全な高校生だわ。それが・・・。 生徒 健全! 便利な言葉ですね、それ。 教師 なによ、どうしたの。 生徒 こんなの・・・こんなのゼロってことじゃないですか。よくもなければ悪くもない、プラスマイナスゼロ。あたしの人生にはなんにも起きないの。これまでももそうだったし、きっとこれからもそうよ。 教師 あ、あのね。 生徒 大事件が起きることもあるかも知れない。でも、それはいつだって私の隣の人に起きるんです。それで私はそのたびに「え?」とか「うそ!」とか、目を丸くして驚いてみせるのよ。 教師 いいじゃない、そのほうが。平穏無事で。 生徒 また、言葉・・・さすが先生ですね。 教師 平穏無事でなぜいけないの? わたしなんかいっつもそれを願ってるのに・・・さっきなんか廊下のゴミ拾いで死にかけたんだから。 生徒 え? 教師 あ、それね。 生徒 あ、・・・ああ。そうなんです。もう嫌なのに・・・一生脇役のまんまなんだ、きっと。 教師 あなたはあなたの人生の主人公なのよ。 生徒 それ、恥ずかしくないですか。 教師 まあ、ちょっとね。 生徒 世の中は二通りの人間でできてて・・・ひとつは主役をはれる人たち、セリフのたくさんある人たち・・・あとはその他大勢。いてもいなくてもかまわない人たちなんです。 教師 あなたもそっちにはいるってわけ? 生徒 先生。うちの家の近くに小さな山があるんです。山っていうより、岡かな。展望台みたいなのもあって。犬を散歩させるから、夕方、よくそこに行くんですけど。・・・あとアベックなんかもいたりして。 教師 くやしい。 生徒 え? 教師 いいの。それで? 生徒 展望台からはこの街が全部見下ろせて・・・だんだん灯っていく家々の明かり、街灯、車・・・。 教師 そこに人が生きて生活してる、そんな風景ね。心温まる・・・。 生徒 ええ。それで、わたし、吐きそうになったんです。 教師 どうして? 生徒 たくさんの家、そのなかに詰め込まれたたくさんの人。みんなその他大勢ばっかり。ただもう平凡に生きて行くしか・・・そして平凡に死んでいくしか仕方がない人間達。あの中の、どれか一軒の家の中で、たとえばガス中毒かなんかの事故が起きているかも知れない。一家四人、全員中毒死。でも、だからなに? 彼らが死んだからって、それで何か変わる? 何にも変わらないわ。この風景はやっぱり心温まる風景のままなんですよね。 教師 ・・・。 生徒 そして・・・これが一番嫌になることなんですけど、私もおんなじなんです。私だって・・・なんなら私の家族全部だって、この世から消えてなくなっても、誰も困らない・・・それどころか気がつきもしないんじゃないかな。 教師 そんなことないわよ。 生徒 気休め言わないでください。 教師 そうじゃないわ。みんなあなたを必要としている・・・あなたを見つめているのよ。 生徒 また言葉・・・一つ、聞いていいですか。 教師 な、なによ。 生徒 うちの学校の生徒数は一〇〇〇人ちょっと・・・先生、私の名前、言えますか? 教師 え。 生徒 まだ言ってなかったですよね。でも、もちろん先生は知ってるはず・・・だって先生なんだし。私を見つめてくれていらっしゃいますよね。 教師 それは、その。 生徒 さようなら、先生。 教師 ちょっと。 *生徒、「台」を「屋上」に変える。ホリに青空をつくって「屋上」の背景にする。 教師 やめなさい・・・おりてきなさい。 *【キャスト】が次々と集まってくる。 カナ なに騒いでるわけ? サチ これでまた自習ね。 ナミ そういう発想しかないの? タエコ わ、また日記に書かなくちゃ。 ミヅキ 冗談、あんなとこに・・・。 ひとみ 自殺でもしようっての? まさこ まさか。 ゆり でも、屋上っていえば、やっぱ。 教師 ね、だれか、あの子しらない? さちこ え? ミヅキ 名前ですか? 教師 そう。事情はあとで・・・とにかく名前が。 タナカ どうしたんです、スズキ先生。 教師 ああ、タナカ先生。 タナカ 困りますねー、これじゃ授業にならない。 教師 そんなことより、ほら、あの子。 タナカ お? なんであんなとこに。・・・おおい、何してる。降りてこないか。 生徒 来ないで! 来ると飛び降りるから。 タナカ 馬鹿いっちゃいかん。 教師 駄目です、先生! *生徒、飛び降りかける。まわりから悲鳴が。 タナカ いったいなんのつもりだ、おい、 教師 駄目ですって! 刺激しないで下さい、そんな乱暴に。 タナカ いったいどういうことなんです。あんたどういう指導を。 教師 ああもう、そんなことはいいから、タナカ先生、あの子の名前、わかりますか? タナカ 名前がいったいなんだって・・・。 教師 いいから、知っているの、知らないの? タナカ えっと、確か山本・・・いや、白崎。・・・だったかな。教えたことはあると思うんだが、あんまり記憶にないなぁ。目立たない子でね。まあ、あれだ、真面目だけが取り柄、あとは軒並み平均点って感じの子だよ。・・・どうかしたか? 教師 もういいです。・・・ねえ、あなた! 生徒 どうせ平均点の人間です。 教師 それは彼の意見で、私は・・・いいわ、そんなこと。とにかく降りてらっしゃい。話はそれからしましょう。 生徒 いやです。 教師 ちょっと。 生徒 やっと自分が主人公って気がしてきたんだから。 カナ やっぱ自殺なんだ? サチ すっごい。 ナミ あたしはじめて、人が死ぬとこ。 教師 馬鹿言わないで。そのドラマだと、最後は飛び降り自殺、悲劇になっちゃうわよ。 生徒 かまわないわ。 教師 駄目よ。 タナカ さっぱりわからんよ、スズキ先生。 ミヅキ 先生、あの子誰なんです。 教師 それを私も知りたいの。 ミヅキ 見たような気はするんだけど。 ひとみ そうそう。 *生徒また、飛び降りるまね。悲鳴。 生徒 (笑う) タナカ こら! いい加減に・・・。 教師 だれか先生をおさえてて。 みな いつまでもこうしてもいられないんじゃない。 ミヅキ だんだん人が増えてきて・・・最初ははずみでも。 教師 ほんとに飛び降りて見せなきゃならなくなるかも・・・。 みな どうしたら・・・ねぇ。 カエル (空を見上げて)げろげろ! みな え? そんなまさか。 ミヅキ なによ、なんて言ってるの? みな 帰ってくるって・・・そんなまさか。 *照明の変化。 ゴンドー (エコーのかかった声だけ)ああ、あそこ、あそこに降りなさい。ぐずぐずしないのよ。・・・ほら、返事は? 宇宙人 (これも声だけ)はいはい。 ゴンドー 返事は一回、短く。やりなおし。 宇宙人 はいっ。 アケミ (これも声だけ)先生、やめてくださいよぉ・・・。 ひとみ あの声は。 教師 もしかして。 ミヅキ もしかすると。 全員 ゴンドー先生? *吊りバトンを降ろし、UFOを下ろす。すぐにあげると、そこにはシャキシャキのゴンドーとヨレヨレのアケミの姿が。 ゴンドー みなさん、おはようございます。どうなさったの、こんな所に集まって・・・授業じゃなくて? 教師 先生、よく無事で。 ゴンドー あら、スズキ先生。何のことかしら。 教師 いいえ、ほら、あの、・・・今までどこに。 ゴンドー ああ、それ。なんとかって、名前はわすれましたけど、星に行っておりましたの。 タナカ 星? ゴンドー ええ、タナカ先生。 タナカ しかし相対性理論がその。 ゴンドー なんですか、駄目ですね、宇宙の方も。規律というものがわかってなくて・・・いくら科学が進んでも、精神があれじゃあね。もう少し時間があれば、私が性根を叩き直して差し上げたんですけど。 教師 はあ・・・。 カナ (アケミに)何があったのさ。 アケミ う、うん。ほんとはね、あたしら、実験動物としてさらわれたらしいんだ。 みな 動物? アケミ 昆虫採集みたいな、そんな感じ。 ナミ あたしら人間は虫か。 さちこ けど、それで黙ってるゴンドーじゃないよなー。 アケミ うん。ハリセンだけでレーザー光線だろうがミサイルだろうが跳ね返しちゃうんだ・・・もうやだよ。悪い夢だ。 ゴンドー さて。この状況を、どなたか説明して下さる? いつからこの学校では授業を教室外で行うようになったのかしら。さあ、はやく、さもないと。 教師 ええ、それは。 生徒 ・・・いつまでそうやって無視する気? 飛び降りちゃうわよ! タナカ ま、まて! はやまるな。 ゴンドー なに? どうしたの? ミヅキ ああまた、ややこしいことに・・・。 生徒 今から飛び降りるんだから。もう、絶対飛んで・・・死んでやるんだからぁ! 教師 じつは、その、先生、生徒が。 ゴンドー  黒田さん! さっさと降りなさい。校舎の屋上は通常立入禁止のはず。生徒心得二四ページ一七行目から二二行目! 生徒 え? ゴンドー 聞こえないの? 返事は! 二年七組黒田美由紀さん! 生徒 うそ・・・わたし、ゴンドーには習ってない・・・はず・・・。 ゴンドー 教師を呼び捨てにするなんて、いい度胸じゃないの。 教師 先生、あの子知ってるんですか? ゴンドー 当たり前です。私はこの学校の、男子五二〇人、女子五一一人、計一〇三一人のすべてのデータを暗記しています。なんだったら、中間期末の点数だって言えますよ。黒田さんの一学期中間の点数は、国語74・日本史68・数学48・生物52・英語21。なんですか、この二一点というのは。英語は受験の王様です。 理系だろうが文系だろうが英語をおろそかにするものに桜は咲きませんよ。だいたいあなたは先月の構文一五〇のテストでも。 生徒 ああ、もういいです! ひとみ こんなとこで進路指導しないでほしいよな。 ゴンドー 聞こえましたよ、三年三組川田ひとみさん。あなたは。 ひとみ わー、わー! ゴンドー とにかく、さっさと降りなさい。・・・先生方? 教師・タナカ は、はい。 ゴンドー はい、じゃありません。しなくてはならないことがあるでしょう。 教師 ええと? ゴンドー 黒田さんの件の事情聴取、その他の生徒への説明と通常授業への復帰。また、このような事件が再発しないような具体策の提案・・・考えればいくらもでてくるのではなくて? あなたがたもちょっと血の巡りをよくしたほうがいいのかしら(と、ハリセンをもちあげる)。 教師・タナカ はいはい。 ゴンドー 返事は一回、短く。やりなおし。 教師・タナカ はいっ。 *ゴンドーたち教師、退場。その他の生徒もバラバラと教室へ。 生徒、降りてくる。ミヅキが手を貸す。 生徒 あ、ありがと。 ミヅキ 黒田さん? 生徒 うん。えと、あなたは。 ミヅキ 小林ミヅキ。友だちは、ミヅキって呼ぶね。 生徒 そう・・・えと、小林さん。 ミヅキ ミヅキでいいって。・・・良かったね。 生徒 なにが? ミヅキ 飛び降りなくて。 生徒 ・・・ああ。 ミヅキ 生きていくのが楽だとは思わないけど・・・やっぱり死んじゃ駄目だよ。自分のことは自分が大事にしてあげないと・・・。 生徒 うん。 ミヅキ あ、余計なお世話、だった? 生徒 ううん、どうして? ミヅキ ・・・言われちゃって、友だちから。 生徒 ・・・そんなことないよ。 ミヅキ そっかな。 生徒 そうだよ、小林さん。 ミヅキ ミヅキだって。 生徒 うん。ミヅキ。 *だんだん大きくなるアップテンポの音楽。一番最初の音楽と同じにしてもいいかな。もう一度【キャスト】が舞台に現れ、叫びだす。 1 調査によれば、自殺したいと一度でも考えてことのある高校生の割合は八七パーセント。 2 調査によれば、恋愛より友情を優先するもの七二パーセント。 3 調査によれば、電話を切るとき相手に思わずお辞儀してしまう者、六〇パーセント。 4 調査によれば、結婚相手の理想の年収、一位五〇〇〇万円、二位一億円、三位おおけりゃおおいほどいいわ。 5 調査によれば、やっぱりこの調査も、まったくのでっち上げらしい。 6 調査によれば、栗原先生の奥さんは結構美人らしい。 7 調査によれば・・・・。 *わあわあ言って、適当なところで声をそろえて、 全員 調査によれば、あたしらはまだまだ元気らしい! *ストップモーション。音楽フェイドアウト。緞帳ダウン。       −幕−