『河を渡って木立を抜けて』        〜親愛なる友、ジャンヌ・ラ・ピュセルの思い出に〜(第四稿)                    作・玉村徹 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】      伊藤真一  演劇部部長 気が弱い      斎藤智恵  副部長 気が強い・脚本家志望      宮本アキラ 部員・智恵の幼なじみ      山田太郎  部員・普段は無口      野上陽子 部員・おとなしいが演技派      竹本裕之  助っ人      コーション パリ司教・異端審問官・もちろん悪役      拷問係 コーションの手下・数名 -------------------------------------------------------------------------------- *緞帳が上がる。 舞台は暗い。ホリゾントに適当な色。 ゆるやかな音楽。 舞台奥に設定した平台(高足つき)の上を舞台袖・左右からゆっくり歩いてくる黒衣の人影たち。シルエットになる。黒衣たちは等間隔に平台の上に並ぶ。威圧的に。 中央にサスを落とす。 浮かび上がる白衣の少女。音楽ストップ。顔を上げ、セリフ。     「白衣」「黒衣」は二メートル×一メートル程度の布。これをかぶって衣    装とする。なお、この大きさの布を何種類かの色で用意しておく。     舞台は、奥に平台と箱足で高い台を作り遠景とする。平台の上、及びその    前方に、ちょうど小学校の校庭にある鉄棒のようなモノをたくさん作って    おく。ちょうど「コ」の字を立てた柵のようなモノと考えて下さい。大き    さはさまざま、背丈を超えるくらいのもあっていい。これに使わない布を    かけて組み合わせることで、時には部屋ともなり城ともなる。また、役者    は自分のかぶっている「布」をこれにかけて、別の布を身にまとえば別の    役柄になることもできる。たとえば、白を着ればジャンヌ、青を着ればシ    ャルル王太子、という具合です。     「できれば」だけど、柵をくぐると同時に衣装と役柄が変わっている、く    らいのスムーズさが欲しいです。 「柵」自体は黒く塗ること。 ジャンヌ ええ、お母さん。私は元気にやってます。・・・って言っても信じて下さらないでしょうけれど。こうしていても、お母さんの怒った顔が目に浮かんできます。女だてらに馬になんか乗って、剣を振り上げて・・・私って、親不孝してますね。でも。私は元気です。とっても。 *黒衣の人影は、なにか動作をして(手を振り上げるとか、なんでもいい。シルエットで表情とか見えないから、発言するときはオーバーにアクションしないと観客にわかりづらくなります)、セリフを言うこと。 黒衣1 わが祖国は、あの忌まわしい魔女の悲惨な害毒に感染している。 ジャンヌ 今は、国中どこに行っても戦争、戦争、戦争・・・でも、安心して下さい、お母さん。それももうすぐ終わります。 黒衣2 苦痛、病気、そして戦争。われらフランス国民を一〇〇年戦争に引きずり込んだのも魔女の仕業だ。 ジャンヌ こっちの人はみんな親切。いい人ばかりです。思いやりがあって、勇敢で。そうなの、私、結構うまくやってるのよ、お母さん。 黒衣3 魔女を放っておくことなど出来ない。ならば、今我々がするべき事は一つ。 ジャンヌ パリはとても素敵なところです。しゃれたお店がたくさんあって。綺麗なリボンを見つけました。きっとお母さんにも似合うと思います。綺麗な青いリボンです。 黒衣4 悪魔をまことの神と呼び、悪魔の命令に従った罪。シャルル王太子殿下の心を惑わした罪。そしてなにより、神聖なる教会をないがしろにした罪。 ジャンヌ でもやっぱり村が一番。朝、ベッドで聞くニワトリの声。干し草の匂い。きっともうすぐ帰ります。あの懐かしいドン・レミの丘に。河を渡って木立を抜けて。 黒衣5 神の息子たちよ、キリストの兵士達よ、十字架の敵、真理と純潔を腐敗させる敵に向かって立ち上がれ。今こそは勇気を奮い起こす時。身を隠して暗がりを歩く者どもの、その正体を暴き出してやるのだ。 *黒衣たち、舞台奥の平台から降りて、ジャンヌを取り囲む。 黒衣1 指に万力をあてがい、肉を裂き骨を砕け。 黒衣2 焼けたペンチで肉をちぎりとれ。 黒衣3 熱した鉄の長靴をはかせよ。ときにはその靴をはかせた足をハンマーで叩きつぶせ。 黒衣4 食べ物を与えてはならない。眠らせてはならない。牢屋の中を監視を付けていつまでも歩かせよ。 黒衣5 逆さに吊って水の中に沈めよ。何度も何度も沈めよ。 *黒衣1〜5まで、このセリフを何度も繰り返しながらジャンヌのまわりを回る。 ジャンヌ いいえ! いいえ! 黒衣1 ドン・レミ村、父ジャック・ダルク、母イザベルの娘、ジャンヌ・ダルク、われら異端審問裁判所はお前を異端と認める。我らはお前を魔女と認める。我らはお前こそこの世界から消し去られるべき存在であることを認める。 黒衣1〜5(声をそろえて) ジャンヌの手を縛れ。 十字架に縛りつけよ。 火を放て。 肉を灰に、 骨を塵に。 この女によって汚された大地を聖なる炎で清めるのだ。 *轟音。赤のホリ。 倒れ臥すジャンヌ。 *轟音高まる。ジャンヌへの明かり弱まり・・・ややあって舞台全体が明るくなる。全員が衣装(布)を取って棒にかける。下は制服でも普段着でもなんでもかまいません。ぶつぶつ私語があってもいいね。   ここまでの配役は、ジャンヌ・・・斎藤智恵 黒衣1・・・・宮本アキラ 2 伊藤真一 3 野上陽子 4 竹本裕之 5 山田太郎 智恵 みたいな感じで。どうかな? ・・・あ、太郎ちゃん、いい感じだったよ、ちゃんとしゃべれるんじゃない。ねぇ? アキラ そうそう。結構乗ってただろ。 陽子 うん、怖かったぁ。 智恵 普段全然口きいてくんないから、あたしてっきりあんたは・・・。 太郎 ・・・。 智恵 ・・・やっぱり無口なのね。ま、いっか。 ええとね、ちょっと聞いて。こんな感じではじめようと思うわけ、今度の劇は。迫害にもくじけず信念を貫き通したオルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルク。中世フランスを舞台に波瀾万丈の歴史絵巻を描く、なんて感じにしたいと思って。まあ、五人ぽっちで波瀾万丈ってのもアレだけど・・・どう? 裕之 どうっていわれてもなー。 智恵 なによ? なんか意見でもある? 裕之 いや、別に、意見なんて。 智恵 はっきり言いなさいよ。 真一 ちょ、ちょっと。 裕之 ないよ。ほんとに。 智恵 その顔はあるって顔よ。なんなのよ。 真一 まあまあ。 アキラ 裕之、こいつ、しつこいから気をつけなって。 智恵 なんだって。 陽子 ちょっと智恵。 真一 まあまあ。 アキラ なんたって小学校中学校を通じて無遅刻無欠席無早退、その上朝のラジオ体操まで一度も休んだことがないっていう、とんでもない奴だからな。 智恵 アキラ、そういうあんたは何。学校に来たって授業は寝てばっかり、ノートは真っ白試験は真っ赤、まともに起きてるのは部活の時くらい・・・だいたいあんたがいるからうちの演劇部、イメージ悪くなってんだからね。 アキラ イメージわりいのはどっかのヒステリー女のせいじゃねぇか。 智恵 そういうこというと、小学五年生までおねしょしてたのバラすよ。 裕之 もうバラしてるって。 アキラ てめえこそ、四年生の時、理科室横の階段の上からずっこけてスカートへそまでまくれあがったまんま気絶してやがったこと、こいつらにいっちまうぞ。 陽子 もう言ってるって。 智恵 アキラ〜。 アキラ 智恵〜。 *智恵とアキラにらみ合う。真一、おろおろする。太郎、無視してる。 真一 まあまあ。 智恵 (真一の方を振り返って)まあまあ、まあまあって、・・・だいたい、部長。あんたがしっかりしてくれないから部がまとまらないんだよ。 真一 ・・・まあまあ。 智恵 部長! アキラ たいへんだな、真一。 真一 ま・・・まあまあ。 裕之 俺、なんかとんでもないとこにはいっちまったんじゃねえか。 智恵 そうよ。だから聞きたかったのよ。 裕之 へ? 智恵 季節はずれの新入部員、竹本裕之君。あなたなら客観的な目でうちの劇を見られるはずだわ。ずっと演劇部してきた人間は気がつかないような・・・ね、さっきの質問だけど、どうだった? ぜひ感想とか意見とか聞かせて欲しいんだけど。 裕之 新入部員ねぇ・・・俺としちゃただの助っ人のつもりなんだけど。俺、ほんっと素人だぜ? 智恵 いいんだって。ね、何か気がついたこと、ある? 裕之 気がついたっていうか・・・わからねえことならあるけど。 智恵 なになに? 裕之 さっきのあんたがやってたアレ・・・誰だい、ジャンヌ・ダルクって? *太郎以外、全員ずっこける。 智恵 あのね。 アキラ まったくお前らしいよ。 裕之 だって俺、世界史選択じゃないし・・・フランスかどっかの話だろうってのはわかったけど・・・そのジャンヌって女が魔女だったわけ? 陽子 違うわよ。ジャンヌは魔女なんかじゃなかったんだけど、無理矢理宗教裁判にかけられて。 裕之 しゅうきょう・・・さいばん? 智恵 じゃさ、マンガの「ベルサイユのバラ」って知ってる? 裕之 へ? 智恵 ほら、アンドレとかオスカルとか出てくる。 裕之 ああ、あらいぐまの? 智恵 あれはラスカル! 裕之 じゃ、犬か。 アキラ そりゃパトラッシュだろう。 裕之 ああそうか。小公女セーラとかはよく見てたんだけどな。小学生ん時。 アキラ 俺は不思議の島のフローネだったな。 裕之 ああ見た見た。無人島で生活する奴だ。 アキラ 木の上に家とか作って・・・おまえ、やってみなかったか? 裕之 やったやった。秘密基地なんていってさ。 真一 実は・・・僕も。 アキラ 部長、あんたもか! いいとこあるじゃねえか。そっかそっか。おもしろかったよなぁ・・・。 陽子 ちょっとちょっと。 アキラ 陽子は何が好きだった? やっぱ足長おじさんとか、そういうのか? 陽子 あ、あたしはそういうのは。 アキラ 隠すなって。俺なんか歌まで歌えるもんね。        (裏声で)「そよかぜを/ほほにうけ/はだしで/かけてく・・・」 *智恵のハリセンがアキラの脳天にぶちかまされる。これはハリセンでなくても派手なモノならなんでもいい。スリッパとかね。 智恵 今自分たちがどういう状況に置かれているか、わかってるの? 懐かしのアニメで盛り上がるのも結構だけれど、学校祭の公演めがけて、ようやく役者は五人集まったものの、満足な練習もできていない、そんな学校が他にあるかしらね? 他のメンバー ・・・。 *太郎がふと顔を上げる。 智恵 それから、ジャンヌ・ダルクというのは、一〇〇年戦争でイギリスとフランスが戦っているとき、フランス軍を率いて勝利をおさめた少女なの。もちろん実在の、よ。 時代はさっきの「ベルバラ」より三〇〇年くらい昔・・・今度、うちの演劇部はこのジャンヌ・ダルクを主人公にして劇をやることになったわけ・・・どうしたの? 太郎 もう一度言ってくれ。 裕之 おお、しゃべった。 智恵 え? どういうこと? 太郎 もう一度。 智恵 だからジャンヌで劇を。 *太郎、首を振る。 智恵 フランス軍を率いて勝利した少女? *太郎、首を振る。 アキラ どうしたんだ、山田のやつ。 智恵 待って。・・・一〇〇年戦争で・・・違うの? なに? 私なんて言った? 裕之 ええと、アニメもいいけど、学校祭があるんだから。 アキラ そうそう。裕之のおかげで役者も五人そろったけど・・・え? 智恵 役者が・・・。 裕之 五人。 陽子 どうかしたの? アキラ うちの部はもともと四人・・・。 陽子 あ。・・・裕之君入れて五人のはずなのに。 *驚く部員達。 部員達 一人多い! *暗転。音楽。部員達退場。やがて騒然とした群衆の声を音響で。悲鳴。何かが壊れる音。軍馬のいななき。 舞台袖(下手)に置いた横方向の照明をつける。色は赤かな。戦争の色、ということで。 部員が一人ずつ、叫びながら、登場。身体半分だけ照明に照らされて、表情など細部は見えないまま。真一と太郎は舞台奥の平台に駆け上がる。智恵と裕之は舞台前。立ち位置に高さの変化を付けよう。 なお、配役(後述)に応じた衣装の布は登場の段階ですでに着ているものとする。着替えは大変です。舞台袖にサポートの人が欲しい。 裕之 イギリス軍だ! やつらが攻めてきたぞ! 真一 もう、オルレアンはお終いだ! 俺達は皆殺しにされるんだ。 智恵 あんた、この街を捨ててはいけないよ・・・どうしたらいい? 太郎 王太子様は! シャルル様とその御家来衆はどうさなってるんだ! おらたちを守ってくれねぇのか。 *サスが舞台下手前に落ち、陽子が浮かび上がる。ナレーターである。 陽子 時は一四二九年五月一〇日。所はフランス中部・オルレアンの町。今まさにここは戦場となろうとしていた。イギリスとフランス両国の間で一〇〇年の長きに渡った戦いの、これは一こまであり・・・ジャンヌ・ダルクが歴史上初めてその姿をあらわしたところでもあった。 真一 そうだ、シャルル様だ。われらがフランスの王太子、シャルル様ならなんとかして下さるんじゃないか。 太郎 俺達の税金を絞れるだけ搾り取ってんだ、そのくれぇやってもらおうじゃねぇか。 智恵 あたしたちを助けて! 裕之 俺はまだ死にたくねぇ! *高まる轟音。照明アップ。ここから配役が変わる。役者は演技を切り替えること。    真一・・・王太子シャルル 太郎・・・シャルルの腹心の家来ロベール・ボードリクール 智恵・・・民衆 裕之・・・同じく    アキラ・・ジャンヌ 太郎 しずまれ、しずまれというに! 智恵 ねえ、なんとかしておくれよ。イギリス軍の奴ら・・・。 裕之 俺は死にたくねぇ! 太郎 やかましい! *太郎、平台にすがりつく裕之を棒で突く。倒れる裕之。ひざまづいて介抱する智恵。 智恵 ピエール! *太郎、ゆっくりと台から降りる。 太郎 騒ぐなと言っている。王太子様の御前だ。薄汚い身体を近づけるな。 智恵 なんだって。 太郎 聞こえないのか? 卑しい身分の者は耳まで悪いと見えるな。 智恵 この・・・。 裕之 ・・・助けて、助けてくれ・・・。 智恵 そうよ。王太子殿下にお願いがあるんだ。あんた、とりついでくれないかね。・・・イギリス軍がもうそこまできてんだ、いまにも町に攻め込んでくるんだよ。 太郎 ふん、それで。 智恵 シャルル様にはたくさんの兵士が付き添っておられるはず・・・どうか、この町を守ってください、って。あたしたちのオルレアンを略奪からすくってくれ、って。あの城門が破られれば、皆殺しにされるんだ。あたしも、あたしの子供達も、みんな。 太郎 それは大変だな・・・(振り返って見上げ)ねぇ、殿下。 真一 う、うん。 裕之 あ、あなたが。 智恵 あなたがシャルル様・・・それなら話が早いわ。どうか、あなたの兵に命じてこの町を救って下さい。 真一 あ、まあ、その。 太郎 殿下! ・・・話のむきはわかった。ええと。 智恵 シモーヌ。シモーヌ・ロッシュ。亭主はそこの通りで鍛冶屋をやっております。 太郎 そうか、ではシモーヌ。シャルル殿下はこうおっしゃっていらっしゃる。お前達の窮状はよくわかった。いずれフランス国を治める王となる身として、国民の危機を見過ごすなどということは、もちろんない。・・・しかし。 智恵 しかし? 太郎 しかし、残念ながらこたびはお前達の願いを聞き入れることはできぬ。 智恵 なんだって? 太郎 よいか、我々は殿下の兵士だ。従って殿下の身の安全を第一の使命としておる。イギリス軍が目前まで迫ってきている以上、殿下を安全な地までお移し申し上げることこそが我々の任務なのだ。我々は直ちに殿下をお守りしてこの町を脱出しなくてはならぬ。・・・ああ、もちろん、しかる後にこのオルレアンに戻りイギリス軍を蹴散らしてやろう。それでよいな。 智恵 そんな・・・その頃にはあたし達は。 裕之 (うめくだけ) 太郎 さ、殿下、参りましょう。 真一 う、うむ。 *真一、太郎に手を取られて台から降りてくる。 裕之 俺達は見殺しか・・・! 智恵 ああ、神様。 真一 ど、どうだろう、ロベール、この者達の。 太郎 殿下。(小声で)あのような卑しい者ども、お気になさることはありません。(裕之に向かって大声で)お前達もクリスチャンであろう。我らなどではなく、いと高き御方にすがったらどうだ。 裕之 どういうことだ? 太郎 神に祈るがいいさ。あっはっは。 *つかみかかる智恵、だが太郎に平手打ちを食らって倒れる。四人全員ストップモーション。 陽子 いつの時代も戦争は悲惨なもの。そしてなによりその悲惨さは貧しい者、弱い者がその多くを引き受けなくてはならないのだった。貴族や政治家や軍人が本当に民衆の味方をしてくれたことは、悲しいかな、ほとんど例がない。だからこそ、人々は神を信じる、神にすがる・・・答があった覚えなどないのだけれど、そうするしかないのだから。 しかし。 この時は違った。天にまします父なる神はその娘をこの地上に使わしたのだ。その名はジャンヌ・ダルク、当年とって一七歳の少女。 *ド派手なファンファーレ。ピンスポ。 アキラ、白の布をまとって舞台奥の台・下手に登場。アキラは怪しい扮装。 アキラ おまちなさい! かわいそうなこの方達を見捨てるなんて、月に代わってお仕置きよ! *ここは決めポーズを忘れずに。 太郎 ・・・おいおい。 裕之 今時セーラームーンかよ。 アキラ あたしが来たからにはもう安心、ジャンヌにおまかせよ! おーっほっほっ。 真一 あ、あの。 智恵 ・・・。 裕之 おまえ、大丈夫か、頭。 アキラ 大丈夫なわけないじゃない。あたしがジャンヌなんて、もうやけくそよ!おーっほっほっ。 智恵 やめな、気持ち悪い。 アキラ なによ、あんたが言いだした事じゃないの、斬新なジャンヌ像を作り上げたいって。 裕之 確かに斬新だよな。けど、フランス大使館から殺し屋が派遣されて来るぞ。 智恵 殺していいよ、こんな化け物。 アキラ なによお、あたしのどっこが化け物なのよお。智恵ってば嫉妬してるのよね。美しすぎるって、つ・み☆ 智恵 あのねアキラ〜。 アキラ なによ智恵〜。 真一 まあまあ。 裕之 時間ないんだろ。だったらやっぱりジャンヌ役はオーソドックスにいこうぜ。・・・って、こんなこと、新人に言わせんなよな。 アキラ それって、あたしじゃ駄目って事? やぁだチョーむかつくぅ。 裕之 やめろ妖怪。・・・いるじゃないかよ。ほら。 *裕之、陽子を指さす。 アキラ・智恵 え? 陽子 あ、あたし? あたしは駄目だよ。 裕之 なんで? この中では一番ぴったりだと思うけど。駄目なのか? 陽子 だって、あたしは・・・。 智恵 ほんと、なーんで思いつかなかったんだろ、今の今まで。・・・だったら最初っからこんなの、使わなくて良かったんだよねー。 アキラ なんだよ、こんなのって。 陽子 ちょ、ちょっと。 裕之 部長もそれでいいだろ? ・・・だってさ。決定だな。 陽子 駄目だって。あたしなんか、そんな大役無理だってば。 智恵 お願い、陽子。 陽子 だって・・・ほらセリフとか覚えてないし。 智恵 いいよ、脚本持ったままで。本番もなんだったらプロンプター付けるから。 陽子 でも・・・。 アキラ 頼むよ。俺からも。 裕之 大丈夫だって。 真一 う、うん。 陽子 でも、でも、そんなつもりじゃ。 *太郎が前にゆっくり進み出て陽子の目を見つめ・・・みんなが注目する中、陽子の肩をポン、と叩いて元の位置へ戻る。 アキラ ・・・そんだけかい。 智恵 お願い。ね? 陽子 そんなに言うなら・・・わかった。貸してよ、脚本。 智恵 ありがとう! 感謝感謝! よおし、んじゃ、さっきのシーンからね。ジャンヌが初めて民衆の前に現れて人々を救うところ。スタンバイ、いい? ・・・スタート。 *立ち去ろうとする真一と太郎。床に倒れている裕之と智恵。現れる陽子。最初は脚本を持っているが、やがて見ないでセリフを言いはじめる。 陽子 お待ちなさい! この方達を見捨てるとは、あなたたちこそ、真のクリスチャンではないのですか! アキラ そうよそうよ。ひとでなしー。 太郎 ・・・なんだ、小娘。 陽子 ジャンヌ、ジャンヌ・ダルクと申します。ここより南、ドン・レミ村から参りました。 太郎 だからなんだ。要らぬ差し出口はためにならぬと教わりたいか。 陽子 あなたから教わりたいことなど何もありません。私には聖ミカエルのお導きがありますから。 太郎 ふん、世迷い言を。・・・思いの外手間をとりました。参りましょう、殿下。 陽子 主の声はさまざまなことを教えて下さいます。たとえば、シャルル王太子殿下をお守りすると口では言いながら、その実、攻め寄せるイギリス軍にはとうていかなわぬと見て、おのが命惜しさに卑怯にも逃げだそうとしている家来のこととか。 太郎 な・・・。 真一 ロ、ロベール? それはまことか? 陽子 そうそう、こんなお考えもおありでしたわね。もし敵軍に脱出を気づかれ、追っ手がかかったとしても、いざとなれば王太子殿下には使い道がある・・・。 真一 ロベール、そなた・・・。 太郎 殿下! 数年来おそば近くお仕え申し上げたこの私と、どこのものともわからぬ怪しげな小娘と、どちらを信用なさいます! 真一 それは。 太郎 そもそもこのようなときに殿下の前に現れることこそおかしい。こやつこそ、実のところ、イギリス軍のスパイではありますまいか? 真一 な、なるほど。 太郎 というわけだ、ジャンヌとやら。お前もこやつら同様、神のみもとに送り届けてくれよう。 陽子 軽々しく主の御名を口にしてはなりません、ロベール・ド・ボードリクール将軍。 太郎 私の名前を、どうして。 陽子 私とて主の道具に過ぎません。あなたの剣の前には無力です。しかし、私はあなたとは違う力を貸し与えられております・・・。 *倒れている智恵と裕之のそばにひざまづく。 陽子 主はあなた方をいますぐ呼び寄せてはおりません・・・いずれあなた方も「声」を聞くことでしょうが、それは今ではないのです・・・。 *智恵と裕之が身動きして、やがて何事もなかったように立ち上がる。 太郎 ・・・馬鹿な。 *剣(棒だけど)が手から滑り落ちる。 真一 き、奇跡・・・。 *サスがさらに陽子に落ちる。音響は賛美歌。 陽子 ・・・イギリス軍は確かに比類なき軍隊です、この地上では。でも、私たちにはさらに偉大な天の軍勢が味方して下さいます。あきらめることはないのです。絶望することなどないのです。 殿下、将軍、力を貸して下さい。 デュラン、ピエール、仲間の人々に呼びかけて下さい。 このフランスのすべての国民が力を結集するときが来たのです。侵略者から祖国を奪い返すときが、長きに渡る戦乱を終わらせ、平和な日々をこの手につかむときがやってきたのです。 主は、われらとともに、いませり! 全員 主は、我らとともに、いませり! *歓声。照明ダウン。ただし、陽子のサスは残っている。 陽子 (独り言のように)みんなに、神のご加護を・・・。 *暗転。賛美歌、静かに流れる。 明くる日の午後。蝉の声。がらんとした舞台(前)に、智恵が座り込んでなにやら書いている。そこに、裕之登場。 裕之 おっす。みんなは? 智恵 ちょっち、待って。・・・んとんとんと・・・ここんとこで敗走するイギリス軍を出さなきゃなんないんだから、ええと、手が空いてるのは、太郎ちゃんと部長と。 裕之 なにそれ。 智恵 え? ああ、一人二役・・・どころか三役も四役もしなくちゃいけないのよ、今度の劇は。なんたって歴史絵巻だかんね。 裕之 なんだかわかんねぇけど。 *智恵は書き物をしてうつむいたまましゃべる。 智恵 裕君、あんた才能あるよ。初めてであんなにしゃべれて動けるなんて・・・正直、そこまでは期待してなかったもん。 裕之 そーかね。 智恵 ほんと感謝してる。今ね、書き直ししてるとこなんだけど、裕君の出番、ぐっと増えたからねー。 裕之 おいおい。 智恵 大丈夫。いざとなったらプロンプター付けてあげる。・・・そういえば陽子にもびっくりだなぁ。おとなしくって真面目、みたいに思ってたんだけど、正直今は、負けそう・ライバル出現って感じだもん。 裕之 あんたは脚本かけるじゃないか。それってすごいぜ。こないだの将軍とのやりとりなんか・・・。 *智恵、手を止めて、視線を宙にさまよわせる。 智恵 あれは・・・ショックだったよ・・・。 裕之 ショック? 智恵 ここだけの話・・・あたしね、あの子には、陽子にはプロンプターなんか付けないつもりなんだ。 裕之 なんだよそれ。いじめか? 智恵 馬鹿。・・・そうじゃなくて、付けられないのよ。要らないって言った方がいいのかな。あの子ね、あたしの書いた脚本の通りにはセリフを言ってないの。だいたいのところはあってるんだけど、言い回しとかそういうの、自分流にアレンジするのね。で、聞いてみるとそっちの方がずっといいわけ。これって、わかるかな、脚本家としてはショックだよー。 裕之 でも落ち込んでるようには見えないぜ? 智恵 そう? *智恵、また、書き物に没頭し始める。 裕之 ・・・俺はさ、あんたも凄いと思うよ。 智恵 んとんとんと。 裕之 誰もきいちゃいねえのかよ? *間。 裕之 ・・・そういや、陽子は? 他の連中は? 今日は練習しないのか? 智恵 アキラの馬鹿は追試。部長・・・真一君と太郎ちゃんは予備校の夏期講習。 裕之 なんだ、練習になんないじゃんか。 智恵 (にっこり笑って)いいのよ。みんな大事な演劇部員・・・たった五人だけどね。んと、じゃなくて、六人だった。 裕之 あ、あれ。なんだか変な話なんだって? 智恵 ん。確かに四人だったのよ、うちの部。それは間違いないの。で、それじゃあんまり少なすぎるから、誰かいい人いないかってことになって、裕君に来てもらったわけだから。 裕之 とすると一人多いわけだろ。あんたとアキラ、陽子に真一、それから太郎。・・・山田太郎って、これ本名か? 智恵 彼ね、三人兄弟の長男で、下が次郎に三郎っていうの。 裕之 マジで手抜きだな。 智恵 まあね。 裕之 で、誰も余計な奴はいない? 智恵 まあね。 裕之 昔話になかったか、こういうの。座敷ワラシだっけ? みんなで遊んでると、いつの間にか一人増えてて、だけどだれが増えたのかわからない。・・・なぁ、こんな、劇なんかやってていいのか? 智恵 どうして? いつの間にか部員が増えてるなんて、こんなありがたい話はないわよ。 裕之 そうじゃなくて。これって凄く怖い話なんじゃないか。 智恵 上演さえ出来るんなら、【キャスト】がもののけだろうかたたり神だろうがかまやしないわよ。・・・んーっと、もうちょっとふくらませるとすると・・・。 裕之 すげえな・・・。 *ここで、智恵と裕之はストップモーション。サス消える。 上手奥にサス。アキラ一人芝居。追試を受けている感じ。 アキラ センセ、もういいっしょ? いくら時間があったって、わかんないモノはわかんないって。え? はいはいはいはい・・・・そりゃね、センセ、おっしゃるとおり、努力の大事なことはわかりますって。 けどね、いっくら努力したって出来ない事っていうのもあるんじゃないですか。はっきり言って、僕には微分とか積分とか言うのは無理ですって。 だいたい、こんなの何になるんですか・・・はあ? これで。三角形や長方形だけやなくて、曲線で描かれた図形の面積もきちんと正確に計れるようになる? はあ。それで? それだけ? センセ。高校の勉強なんて、やっぱ無駄じゃないですか。全然役に立たないし。まあ、受験とかには必要だろうけど。 ・・・え? 将来のこと? 僕ですか? そりゃもちろん、役者、俳優に決まってるでしょ。だいたいイヤだって言ったって、これだけのルックス、芸能界がほっておきませんって。も、すぐテレビデビューね。タイトルは「宇宙の片隅でボーイハントするパパはハッピーマニア!」、共演は飯島に広末に紀香に・・・。 ・・・はいはい。そりゃね、本気じゃないっすよ。んなの、無理に決まってます。俳優なんて。そりゃ部活はやってますけどね。それなりに。でも、それ、進路にはならない。食ってけないっすから。親も駄目だっていってるし。 こないだね。ちょっと言ってみたんすよ。したら、なんていったと思います、うちの親? 頼むから大学に行ってくれ、だって。近頃はあれっすかね、親が頼むもんなんすかね。大学行って、会社入ってサラリーマンして。ちゃんとした道を進んで欲しいんだそうです。はは。 でね。なんかね、それ言ってる親の顔見てたらね。なんか・・・イヤんなってきちゃって。こんなもんかな、人生って、みたいな。はは。人生だって。は。 ・・・ね、センセ。 仕方ないんですかねぇ、これって。 *アキラ、ストップモーション。サス消える。アキラ退場。 舞台下手奥にサス。真一と太郎。夏期講習の感じ。並んで椅子にすわっている。椅子はボックスで作り、最初から置いておく。出し入れはみっともなくなりますから。音響で予備校の教室のザワザワを。 太郎、講義を聴くマイム。 真一、講義を聞き始めるがなんだか集中できない様子。 太郎 話してみろ。 真一 え? 太郎 話してみろ。 真一 な、なにを。 太郎 いいから。 真一 ・・・でも、言ったって。 太郎 (無表情に前を向いたまま)・・・・。 真一 こんな話・・・ほら。つまんないし。 太郎 ・・・。 真一 よく、まとまってないんだよね、まだ。だから。 太郎 ・・・。 真一 わけわかんない話で。ね。 太郎 (顔を真一に向ける。無言)・・・。 真一 ・・・言うよ。言います。前から思ってたんだけど。こんな、こんな勉強なんかしてていいのかなって。勉強なんかってのも変だけど。・・・昨日さ。部活が終わってから、7時ごろかな。・・・公園突っ切って帰ったの。ほら、僕の家、その方が早いから。暗いけど。で、あそこ、はじっこの所ちょっと丘になってるじゃない。町がちょっと見下ろせる・・・。 太郎 (講義を聴いて、前を向いたまま)小山谷公園だな。 真一 うん。たいした高さじゃないけど。駅前のビルとか見えるわけ。明かりがついてて、まだ仕事してる人がいっぱい見えた。ワイシャツの袖まくって、電話かけたり書類書いたり。若い人やお父さんくらいの人や女の人やお年寄りの人も。一生懸命働いてた。がんばってた。でも、それは、その様子は、まるで。 太郎 巣の中のはたらき蜂。 真一 ど・・・どうして、わかんのさ。なんで。 太郎 続けろ。 真一 う・・・うん。蜂みたいに見えた。巣の中のはたらき蜂。いつだったか理科の時間にビデオで見た・・・くるくるくるくる走り回ってる蜂。あ、でも、蜂がいけないってことじゃなくて、蜂は蜂なりに頑張ってるわけだから、だから。 太郎 でも、虫けらだ。 真一 そんな、僕は、そんなこと。 太郎 ・・・。 真一 そんなつもりで言ったんじゃないんだ。僕は、僕はね。 太郎 ・・・。 真一 ただ・・・ビルの中にいる大人達が虫けらなら・・・その大人になるために勉強してる僕らは・・・違いなんてない。 太郎 ・・・。 真一 だとしたら・・・だとしたら、この世界には、虫けらしかいないんじゃない? 僕もみんなも、どこまでいってもずっと。 太郎 ・・・。 真一 太郎ちゃん! 黙ってないでよ! 太郎 真一。 真一 なに。 太郎 俺だって神様じゃない。 真一 え? ・・・あ。 太郎 (にっこり笑って)講義。 真一 あ。・・・ああ。だよね。 *教室のザワザワを音響で。 真一と太郎、ストップモーション。サス消える。真一と太郎退場。 再び智恵と裕之に照明。 裕之 あのさ。 智恵 なあに・・・うーん・・・。 裕之 好きなんだなぁ、斎藤。 智恵 なにそれ、皮肉? 裕之 ちがうって。そんなに劇のことがさ・・・ちょっと。 智恵 ちょっと、何よ。 裕之 ちょっと・・・うらやましい・・・ってさ。 智恵 え? ・・・ああ、それ、違うよ、たぶん。 裕之 俺なんか、そんなに好きなものないもんな。 智恵 だから、違うって、それ。はずれ。 裕之 はずれって。 智恵 あのね・・・多分、逃避してるんだよ、あたし。現実ってやつから。そんだけ。 裕之 斎藤。 智恵 あたしはね、今自分が置かれている状況から目をそむけているだけなの・・・って、これは担任の先生に言われたことだけど。まあ、ズバリ正解、ピンポンピンポンってやつだね。 裕之 ・・・。 智恵 あ、だから、劇なんてのも、たぶんこれが最後。 裕之 最後って、やめるのか? 智恵 二年生の夏休み、そろそろ進路も決めなくちゃなんないじゃない? 人並みに大学くらいには行ってみたいし。・・・それが世の中ってヤツ、かな。 裕之 へえ。 智恵 なに? 裕之 いや、なんでもねぇよ。 智恵 ふーん? ・・・さて、それで? 裕之 え? 智恵 裕君は? ひまそうに部室に来るなんて、おぬし、まともな人生設計の持ち主ではないと見たが? どうじゃ? 裕之 そんなんじゃねぇよ。俺は就職組・・・家継ぐんだ、酒屋。 智恵 酒屋? 裕之 オヤジも年だし。卒業したら、店に出ることになってる。 智恵 (ちょっと言い過ぎた、みたいな感じで)そう・・・なんだ。 裕之 二十歳になったら来いよ。竹本酒店・・・安くしてやる。 智恵 あの。 裕之 つうわけで、今日も明日もその先もずーっと暇だ。劇、つきあってやるよ。 智恵 あ・・・ありがと。 裕之 それからさ。 智恵 なに? 裕之 斎藤が逃避してる、とは思わないぜ。結構、おまえの脚本、おもしろいし。 智恵 あ、ありがとう。 裕之 い、いや、その。・・・で、次、なにすんだ? *静かな音楽はいる。ブルーのホリ。サスを何本か細目に落とす。部員達が出てきて劇の準備を始める。こそこそしないこと。動きはレストランのウェイターのようでありたい・・・なんてね。 舞台前に離してサスを二つ。中に智恵と陽子。陽子も智恵も舞台正面を向いて話す。他の部員達は「次第に」姿を消して、二人だけになる。 智恵 ・・・あ、アキラ、布はもっとこう・・・そうそう。音響の方はいい?・・・。 陽子 (脚本を持って)えと、あたしね、このお話・・・。 智恵 もっと上手よ。上手。んなこともわかんないの? ・・・なに? 陽子 えと、いい? 智恵 いいよー。なに? 字でも間違えてた? 陽子 そうじゃなくて・・・ジャンヌのことなんだけど。 智恵 へ? 陽子 このお話だと、ジャンヌ・ダルクは最後は捕らえられて・・・魔女裁判、拷問、それから。 智恵 ああ、ちょっちゲロゲロって感じだよね、やっぱ。最後は火あぶりになって死んじゃうわけだし。魔女を焼き殺せ! なんてね。 陽子 そうじゃないの。 智恵 結局やり過ぎたわけ、彼女は。イイコトすればするだけ、それが気にくわない・生意気って人も出てくる。そのうちにまわり中がみんな敵、誰の助けもなくなって、・・・世間様から浮いちゃったら駄目なのよ。たとえ聖なる乙女ジャンヌ・ダルクだってね。 陽子 そうじゃないの。 智恵 アーメン。・・・え。 陽子 そうじゃないでしょう? 智恵 なんのこと。 陽子 そんな結末にしていいの? 智恵 陽子、何いってんの。これって歴史的事実なんだから、私の一存で変えるわけにはまいりません。 陽子 それで・・・いいの? 智恵は? 智恵 え? *智恵が振り向く前に、陽子、サスからはずれて退場。とまどう智恵。舞台袖からアキラの声。 アキラ おーい、まだかよー。 智恵 う、うん。・・・じゃ、いい? 音楽スタート! 智恵 ナレーション、入ります。 *照明アップ。戦闘の音楽。 智恵 時に一四二九年六月二日、ジャンヌは再び剣を携え城を出た。オルレアンの奇跡はすでに国中に広まり、名だたる騎士たちが彼女のもとにはせ参じていた。ロワール川を東に、目指すはジャルジョオの町、待ち受けるはイギリス軍三〇〇〇人。 陽子 みな馬に乗るのです。鎧を脱いで・・・荷は捨てなさい。 アキラ なにをおっしゃる、戦わずして逃げるのですか。 陽子 そうではありません。敵の隊長サフォーク公は今、城の裏門から脱出しようとしています。後を追うには速い足が必要でしょう? 裕之 なぜわかったのだ、この少女には? 陽子 その木にもたれてはなりません。その場所は悪魔に呪われた場所。 智恵 兵士が立ち去った次の瞬間、はたしてそこに一本の矢が突き刺さった。 *音響で弓の音。 真一 なぜわかるのだ、我らが神の子には? 陽子 待ち伏せです。この先の森に兵士が一〇〇人。 太郎 なぜ、それがわかるのです、オルレアンの乙女よ? 陽子 私には声が聞こえるのです、ドン・レミの村にいた頃から。 さあ、ラッパを。神のみわざを行うときは今。正義を行い、祖国を取り戻すのです!みなに神のご加護を! *勇壮な音楽。「ベン・ハー」の戦車競争の始まる音楽なんか好きだけど。 照明激しく変化。鬨の声。悲鳴。かけられた布と格闘する。ややあって。 智恵 シャルル王太子率いる本隊が追いつく前に戦闘は終わっていた。フランス軍の死者はわずか三人、対するイギリス軍の死者は二〇〇〇人。 *歓声を上げ手を振る四人。やがて照明が落ち、四人は退場。 智恵 町を行進するジャンヌ達解放軍を市民は花びらとノエール・・・万歳の声で迎えたのだった。 *勇壮な音楽消え、一転して不吉な音楽。暗い色の布を「柵」にかける。 智恵 ジャンヌは英雄となった。しかし、運命は皮肉なもの・・・ジャンヌが英雄になったからこそ・・・戦争が終わり、平和がやってきた今、彼女の存在をめざわりに思う者達が、動き出した。 *真一、登場。 真一 ロベール! ロベール・ボードリクールはどこだい。 *アキラ登場。黒衣を着ている。 アキラ 将軍はおりませぬ。 真一 ロベール! 僕はどこだ、って聞いたんだ。ロベール! ロベール! どこにいるんだい! アキラ あの女のところでございます。 真一 あの女? アキラ どこやらの田舎町からあらわれた小娘。そして今は救国の英雄。 真一 ジャンヌか。でもどうして、ロベールが。 アキラ 恐れながら、将軍にはお疲れのご様子・・・でなければ王太子殿下のお世話をおろそかにしてあの女のところへなど行くはずがございません。 真一 ロベールはいつも僕のそばにいてくれた・・・そうじゃないとイヤだ。いったいどうしちゃったんだ、ロベール! アキラ たぶらかされておるのでは・・・いやいや、将軍に限ってそのような。 真一 どういうこと? アキラ いいえ、これ以上は・・・私ごときが批判がましい口をきいてよいはずは。 真一 なにさ? 言ってよ。言え! ・・・ええと。 アキラ パリの司教、ピエール・コーションと申します。お見知り置きを。 真一 コーション、言うんだ。僕の命令だ。 アキラ 命令とあらば是非もないこと・・・実はボードリクール将軍には、オルレアン以来、かの小娘がたいそうお気に入りの様子。なんでも神の子、救世主などとたわけたことを口走り・・・一日と空けず、かの娘の宿を訪問しているとか。 真一 それで・・・それで僕はほったらかしなんだ。 アキラ しかも、これは一人将軍だけではない・・・小娘のもとに日参するは、殿下の御家来方のかなりの数にのぼるとか・・・。 真一 僕、さびしいよ、ロベール・・・。 アキラ ですからこれはまさにゆゆしき事態・・・。 真一 ロベールゥ・・・僕のことが嫌いになっちゃったの? ねぇ、僕が悪い子だから? これから毎日歯磨きするから、だから。 アキラ ええい、この能たりん王子めが! 真一 え? アキラ いいえ、なんでも。・・・殿下には将軍に戻ってきて欲しい、そうですな? 真一 考え、あるの? アキラ 要は小娘さえいなくなればよいわけです。おまかせを。牢屋にでもぶちこんでそして。 真一 で、でも、そんなことして大丈夫? アキラ 神の「声」を聞くとかいうアレですかな? まさかそのような根も葉もないお噂を信じておられる? 真一 でも、でも。 アキラ よろしいか。あなた様はもうじきフランスの王となられるかた。あなた様がご命令を下すのですよ。その反対ではありません。 真一 でも。 アキラ 私を信じていただきたい。 真一 お前・・・誰だっけ? アキラ このくそガキ! ・・・コーションです。ピエール・コーション・・・パリの司教にして異端審問官の職にある者でございます。 真一 わかった。よきにはからえ。・・・ああ、ロベール・・・。 アキラ ではここにサインを。・・・この言葉さえいただければ・・・教会の権威を脅かす者、何人たりとも許しはしない・・・ふっふっふ。 *真一、退場。アキラ、仮面を付けて、合図をする。二人の男、黒衣に仮面の姿で登場。これも太郎や裕之ではなく、別の役者。陽子を引き立ててくる。 観客の注意が陽子に向いたスキに、アキラは別の役者とすり替わる。ただし、声まではごまかせないから、台の陰のアキラが声を発するものとする。 注意! 黒衣の者達も陽子もしっかりした衣装を付けること。布からジャージやズックなんかが見えたら台無しです。いっそ黒衣は裸足でいいかも。 舞台は異端審問裁判所。台の上から見下ろすコーション。 智恵は舞台下手に立つ。ナレーターである。一応布をかぶってはいるが、こちらは下が普段着でいい。脚本を手に持つ。 智恵 運命の日、一四三一年二月二一日。ルーアンの町にて、宗教裁判は開始された。被告はジャンヌ・ダルク、一九歳の少女。 *コーション役の人は、オーバーアクションで身振りを入れること。 コーション 私、ピエール・コーションは、ここに誓う。真実を、ただ真実のみを明らかにせんがため、裁判を主催することを。予断を持って特定の個人を断罪することは私の望むところではない。お集まりの諸君同様、公明正大が私の目指すところである。 陽子 私がこうしてこのような仕打ちを受けることが公明正大なことだとおっしゃるのですか。 コーション 被告は勝手に発言してはならぬ! 陽子 裁判長様・・・。 コーション 廷吏! この者を打ち据えよ! 最初は肩を、息が止まる程度、だが死なぬように打て! *黒衣の男に棒で打たれる陽子。 コーション 裁判の秩序と権威は守られた。それでは、この者に対する告発を。 *黒衣の男が進み出る。その声は陰から裕之あるいは太郎が出すこと。 黒衣 一つ、女の身でありながら男装し戦場に赴いたこと。 二つ、その戦場において多数の兵士を死に追いやったこと。 三つ、おそれ多くも神の声を聞いたなどと偽りをのべ、人々を堕落させたこと。・・・以上です。 コーション ジャンヌ。どうだ、何か言い分があるか。 陽子 言い分も何も、すべて悪意に満ちたでたらめです。このような告発になど、まったく意味はありません。 コーション では否定するのだな。 陽子 はい。それに。 コーション それに、なんだ。 陽子 私はこのフランスのために戦って参りました。女の身で・・・そのことが理由でこのような場所に立たされるのならば致し方ないこととは思います。ですが、私の中には「わがフランスのため」、このたった一つの言葉しかございませんでした。 コーション なるほど、わかった・・・。判決を言い渡す。 陽子 なんと言われました? コーション 判決。ここなる女、ジャンヌ・ダルクを、本法廷は魔女と断定する。しかるが故に魂の救済はあり得ず、火あぶりの刑に処するものとする。以上。 陽子 なんと・・・審議は? 証拠は? これはどういう冗談なのです? コーション 証拠はこれから作るのだ。お前が魔女であるあかしをな。 *照明を落として人物をシルエットに。サスが智恵を照らし出す。 智恵 尋問が始められた。最初からコーション司教にジャンヌを救うつもりなどなかったのだ。彼はどうあってもジャンヌを殺さなければならなかった。教会の権威を守るため、自らの地位を守るため。神の声を聞く者など、認めるわけには行かなかった。ジャンヌは魔女として死ななくてはならなかった。 *以下のセリフは劇の冒頭のモノと変わりませんが、照明などは、「より怖い」感じにしていただくとよろしいかと思います。 コーション 神の息子たちよ、キリストの兵士達よ、十字架の敵、真理と純潔を腐敗させる敵に向かって立ち上がれ。今こそは勇気を奮い起こす時。身を隠して暗がりを歩く者どもの、その正体を暴き出してやるのだ。 黒衣1 指に万力をあてがい、肉を裂き骨を砕け。 黒衣2 焼けたペンチで肉をちぎりとれ。 黒衣3 熱した鉄の長靴をはかせよ。ときにはその靴をはかせた足をハンマーで叩きつぶせ。 黒衣4 食べ物を与えてはならない。眠らせてはならない。牢屋の中を監視を付けていつまでも歩かせよ。 黒衣5 逆さに吊って水の中に沈めよ。何度も何度も沈めよ。 智恵 拷問は一週間続けられた。その間、ジャンヌのまわりには苦痛と恐怖と・・・彼女の神だけがあった。そして、八日目の朝。 コーション さあ、もうよかろう。一言でいい。私は魔女でした。それだけでいい・・・そうすれば、命だけは助けてあげよう。もう二度と神の使いだなどと言いふらしたりはしない、そう誓ってくれればね。・・・どうだい、ジャンヌ。 智恵 遂に神の子が倒れるときがきた。運命はこの少女にあまりに過酷すぎたのだ。 誰が彼女を責められるというのだろう。 陽子 いいえ。私は魔女ではありません。 智恵 憎むべきは身勝手な大人達。ジャンヌを利用し、そして今・・・え? コーション なんと強情な。意地を張ってどうなる。 陽子 いいえ。私は魔女ではありません。 智恵 陽子。ちょっと、セリフが違うよ。 コーション ならば、その両の目をえぐり出してやろう。それから手の指をすべて切り落として・・・背中の皮をはいで溶けた鉛を流し込んでやる。 智恵 アキラまで、なにそれ。 陽子 私は・・・魔女ではありません。 智恵 ・・・もう、陽子、何言ってるの。ここは。 *智恵、舞台中央の陽子に向かって歩き出し、その前に黒衣の者にさえぎられる。 智恵 ちょっと裕君・・・だいたいこんなお面、いつ作ったのよ。 *もみあって、仮面がはずれる。 智恵 あんた・・・誰? *コーションも仮面をはずし、顔を見せる。ここから自分の肉声でセリフ。 コーション やむをえん、このまま処刑を行う。・・・愚か者め。 *コーションの合図。 緊迫した音楽。 「柵」から次々と多くの黒衣の者達が現れる。ここで、智恵が異世界に入ったことをあらわす。舞台袖から処刑用の十字架を運んでくる者もいる。たちまち完成し、はりつけにされる陽子。うつむいている。 智恵は呆然として押さえつけられている。 音楽消える。沈黙。 智恵 これがみんな新入部員ってことは・・・ないか、やっぱり。 コーション さて、ジャンヌ。いよいよ時間だ。 陽子 ・・・。 智恵 誰か、説明してよ。太郎ちゃん? 真一? アキラ? コーション もう一度だけ尋ねよう。これが最後だ。よく考えて答えるのだ。・・・お前は魔女だ、そうだな? 陽子 いいえ。私は・・・魔女では・・・。 コーション (ちょっと慌てた様子で)死ぬのだぞ? このまま・・・死ぬのだぞ? それでもいいのか? 陽子 私は・・・。 コーション おお、私は。 陽子 声を聞きました。 コーション いよいよ白状したか。悪魔の声を聞いたのだな。 陽子 その声は。 コーション なんだ。なんと言ったのだ、その悪魔は? 陽子 死ぬ、と。 コーション なんだと。 陽子 お前は一九歳で、処刑される運命にあると。 智恵 陽子、あんた・・・。 陽子 そしたら、お母さんが教えてくれた。・・・誰もが、いつか、死ぬ。でも、本当に恐ろしいのは自分が自分でなくなってしまうこと・・・。 智恵 私が・・・私でなくなる・・・。 陽子 あなたも死ぬのです、もちろん。 コーション ま、魔女め! *音楽。 コーション ・・・コーション ドン・レミ村、父ジャック・ダルク、母イザベルの娘、ジャンヌ・ダルク、われら異端審問裁判所はお前を異端と認める。我らはお前を魔女と認める。我らはお前こそこの世界から消し去られるべき存在であることを認める。 黒衣の者達 (声をそろえて) ジャンヌの手を縛れ。 十字架に縛りつけよ。 火を放て。 肉を灰に、 骨を塵に。 この女によって汚された大地を聖なる炎で清めるのだ。 *轟音。赤のホリ。下から赤の照明。身をよじり苦しそうなジャンヌ。 智恵 陽子! 陽子! *轟音高まる。暗転。やがて轟音がゆっくりと終息をむかえる。ややあって。照明戻る。そこはがらんとした部室に戻っている。倒れている智恵、そばにアキラが立っている。 アキラ ・・・おい。起きろよ。おいって。 智恵 (はっきりしない声で)・・・あたしが、あたしで・・・。 アキラ なんだ? なにいってんだ、こいつ。・・・おーい、おきろー。 智恵 うーん。 アキラ たく、しょうがねえな。・・・へそ、見えてんぞ。 *飛び起きる智恵。 智恵 う、嘘! ・・・あ。 アキラ 何やってんだよ、市場のマグロじゃあるまいし、よだれ垂らして寝とぼけやがって。 智恵 アキラ・・・なんであんたがここにいんのよ。 アキラ そういうこというかね。追試でへとへとの身体にむち打って、せっかく部室までやってきたこの俺に、なんでとはなんだよ。 智恵 あ、ありがとう・・・。 *入ってくる裕之、真一、太郎。 裕之 礼なら俺に言ってくれよな。生徒玄関から逃げだそうとしてたコイツを捕まえたのは俺なんだから。 アキラ 人聞きの悪いこと言うな。いつおれが。 真一 まあまあ。せっかくそろったんだし。 アキラ 練習でもってか? ・・・そうだな。そうするか。 裕之 なんだ、いつもと違うな。 アキラ 素直で悪いか。 *みんな劇の準備にはいる。智恵、床から白い布を拾い上げる。涙が出そうになる。 アキラ どうした、智恵。 智恵 ・・・な、なんでだろ。あたし。 アキラ なんか変だぞ。へんな夢でも見たか。 裕之 変って? 智恵 なんだか・・・覚えてない・・・んだけど・・・。 真一 あ、あのさ、僕調べてわかったことがあるんだけど。 アキラ なんだ? 真一 ジャンヌが、魔女として処刑されてしまって・・・そのあとのことなんだけど・・・その本だとね、 「王太子シャルルは一四五〇年、ジャンヌ裁判に関する再調査を命令、そして六年後の一四五六年、ついにローマ法王から判決無効の宣言を取り付けた。ジャンヌの名誉はついに回復されたわけだが、処刑の年から実に四半世紀の時が流れていた。」 ・・・ちなみに、ジャンヌの母イザベルはこの宣言の二年後、オルレアン近くの村で息を引き取ったんだって。・・・安らかな晩年だったらいいよね。 *沈黙。 真一 ど、どうしたのさ。 アキラ ・・・部長、長いセリフもしゃべれたんだ。 裕之 いや、まったく。 真一 そりゃ僕だって。 智恵 よし、もっとセリフ増やすね、真一君のとこ。 真一 あ、それちょっと。 智恵 今日は通しでやってみるかな、せっかく全員そろったし・・・。 アキラ めずらしいもんな、五人そろうなんて。 裕之 とんでもねぇ部だな。 真一 やっと五人ですけど。 智恵 ・・・五人よね? *全員口に出して、なにかはっとする。しかし、はっとした理由がわからない。しばらく沈黙のまま目を見合わせる。 *静かに音楽が入りはじめる。 太郎 ・・・天使が通った。 智恵 え? 太郎 たしか、こういうとき、西洋ではこう言うんだ。「天使が通った」。 裕之 フランスでもそうなのか? 太郎 多分。 アキラ 天使ね・・・(智恵のほうを見て)どうした? 智恵 ・・・うん。何か、聞こえたみたいな気がしたの。 *智恵、ジャンヌの白い服を身にまとう。ゆるやかに音楽が流れる中、みながポーズを取り、緞帳が降りる。                        −幕−