『MYSELF』  一九九五,八,二五・県大会バージョン           作・玉 村  徹 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】  佐代子(演劇部部長)  美樹(部員)  康子(部員)  神 -------------------------------------------------------------------------------- 第一場 舞台は暗い。遠くでサイレン。爆撃機の近づく音。焼夷弾の落ちる音。「待避、待避!」「頭引っ込めろ!」「水だ、水!」一転して静寂。 中央にライト。倒れている佐代子。 佐代子   ・・・よしこ・・・はなえ・・・みんな大丈夫?・・・聞こえないのかな・・・なんで真っ暗なのよ。 佐代子   、体が動かない様子。かろうじて首が少しあがり、右手が少し動く。 佐代子   先生? 中山先生? やだ・・・どうして返事してくださらないんですか。そこにいらっしゃるんでしょう。先生! 何かおっしゃってください。・・・いらっしゃらないんですか。みんな、みんな! 真理子、鈴子、加代、幸子、信子! ・・・落ち着け、落ち着け佐代子。きっとみんな無事に助け出されていて、私が一番最後で、だから誰も返事がないんだ、そうだ、そうに決まってる。こういうときには慌ててはいけない、先生もいつもおっしゃっていたじゃないの。すぐに慌てふためくようではいけない、君たち未来を担う小国民は、いつも沈着冷静であれ。そうでなければ、お国のために働くことはできない・・・沈着冷静だ。冷静。きっと救護隊の人たちが、もうそこまで来ていらっしゃるんだ、そうに違いない。とにかく、落ち着いて、静かにしていよう。このくらいのことで、みっともない振る舞いをするようなことがあれば、桜台女学校の名折れだもの。 運命を司る神 誰もいない。 佐代子   え? 神     天井が落ちたのだ。 佐代子   なんですって? 神     お前以外、ここには誰もいない。天井が落ちたのだ。この防空壕では誰も助からなかった。 佐代子   失礼ですけど、あなたはどなたですか。それから、どうしてそんなことがわかるんですか。ここはこんなに暗いのに。 神     そしてお前も、もうすぐ死ぬ。 佐代子   な・・・! 神     そろそろ息苦しくなってきたのではないか。お前はもうすぐ窒息して死ぬ。 佐代子   (咳をする)し、信じません、そんなこと。きっと今に・・・ 神     救護隊とやらいうものを当てにしているのなら、無駄というものだ。地上にも生存者はいない。マニラを飛び立ったB29爆撃機30機による絨毯爆撃を受けたのだ。数千発の焼夷弾、数百発の200キロ爆弾、その雨の中で生き残れる人間などいるはずがなかろう。お前がこうして未だに生きていることこそが奇跡と言うべきなのだ。 佐代子   あなたは・・・じゃあ、あなたはいったい誰? 神     神とでも悪魔とでも、好きなように呼ぶがいい。 佐代子   神・・・悪魔・・・ 神     どちらでも同じことだ。要は、私がお前たち人間の運命を支配している存在だということ、それだけだ。 佐代子   私は本当に死ぬんですか。 神     死ぬ。 佐代子    私・・・私、本当に・・・死ぬ? 神     運命はかえられない。 佐代子   そんな、そんな・・・私、まだ何もしてない。もっと勉強してたくさん本を読んでいろんな人にあって活動写真見ておいしいものも食べて・・・ 神     お前は死ぬのだ。 佐代子   それに・・・それに、恋だって、そうよ、好きな人にだって巡り会ってないのに! 神     お前は死ぬのだ。 佐代子   どうして私が! 神     お前だけではない。この戦争では多くの日本人が死んでいる。中国人が死んでいる。アメリカ人が死んでいる。ドイツ人が死んでいる。彼らにも、みなお前と同じようにやり残した夢があったのだ。彼らも、みなお前と同じようにはらわたがちぎれるような悲しみを味わったのだ。 佐代子   (咳き込む)いやあ・・・いやだよお・・・ 神     (しばらくして)娘よ。 佐代子   ・・・はい? 神     お前にチャンスをやろう。 佐代子   チャンス? 神     もう一度、お前に新しい命をやろう。 佐代子   本当ですか! 神     お前の「生きたい」という強い気持ちに免じてな。・・・ただし。 佐代子   え? 神     ただし、お前の中の、その「生きたい」という気持ちが、もし衰えることがあればその時は。 佐代子   その時は? 神     新しい人生は煙のように消え失せ、お前は、再びこの防空壕に横たわっている自分を見いだすだろう、目前に迫る本当の死の足音を聞きながら。 佐代子   そんなこと、絶対にありません。絶対に。 神     この世に絶対といえるのは運命だけだ。・・・まあよい。それでは、世界よ、その秘密の瞳を今こそ開け! 第二場 照明あがる。 佐代子   、起きあがってもんぺを脱ぐ。大丈夫、下はトレパンです。でもここらで「おおー」ってな声が客席からあがるといいな。神は衣装をとって下は制服。美樹がやってたことにする。 佐代子   ・・・という話なんだけど。 康子    で、それからどうなるの。 佐代子   ええとね、まだきちんとは考えてないんだけど、このあと二場は舞台を一気に現代に持ってくるのね。主人公は現代の高校生として生まれ変わるわけ。 康子    あ、つまり未来にタイムスリップするってわけね。 佐代子   そうそう。それで主人公はとまどいながらも普通の高校生としての生活を送っていく。五〇年後の未来の日本は、空前の繁栄の時代を迎えていた。もちろんバブルの崩壊とかオウムとかあったけど、あの悲惨な太平洋戦争とは比べものにならない。主人公はこの平和な生活の中で一生懸命生きていくことを誓うの。 勉強して本読んで恋をして。 康子    ところが! ・・だろ。 佐代子   そ。これで終わったらつまんないもんね。 さて、ところが! 主人公の前に思わぬ障害が現れてくる! 康子    そのせいで彼女は「生きたい」という気持ちを失ってしまう。 佐代子   戦時中って娯楽なんか全然なかったでしょう? ファミコンとかゲーセンどころか、テレビとかもなかったわけだし。言ってみれば、無菌状態で育った子供がいきなり外気に触れるみたいなもんじゃない。 康子    そりゃハマルだろうね。 佐代子   そういうこと。で、カラオケだとか絶叫マシンだとかテレビアニメだとかにハマっちゃって、真面目に人生生きるのが馬鹿らしくなっちゃうのね。髪染めてピアスして朝帰りして・・・ 康子    どき。 佐代子   馬鹿。とにかくだね、一生懸命生きていく気持ちがなくなってしまって、その瞬間、彼女はまた防空壕に逆戻りしちゃうってわけ。やっぱ、人間地道にコツコツ、真面目が一番だねえ、康子。 康子    あんたこそねえ、佐代子。 佐代子   気がつけば再び防空壕の中。ああ、今までのことはみんな夢だったのね、 私はこうやって死んでしまうんだわ。 美樹    (神の声色で)お前はチャンスを生かし切れなかった。死ぬのだー。 康子    ・・でもさ。(美樹を見る) 美樹    うん。(見返す) 佐代子   なによ。 康子    戦争物は・・・よそうよ。 佐代子   え、どーして。 美樹    佐代子が県大会を意識してんのはわかるよ。今度いい成績残さないと演劇部存続の危機だからねえ。 その点、戦争物は、ちゃんとやれば審査員のうけはいいかもしんない。けど、それこそ真面目に資料もきちんと調べなくちゃいけないし、ちょっとでもいい加減だったりすると、年輩の先生なんかに「あんなのはでたらめだ」なんてつっこまれる可能性高いし。 康子    終戦五〇年だから戦争物、てのは、ちょーっと発想が安易でないかい。 美樹    それにさ、一番大事なことは、今のあたしたち高校生にとって一番関心のあるテーマを劇にするってことだろ。だから、今年も創作脚本に挑戦してるわけだし。 佐代子   だから戦争は・・・ 美樹    ああ、そりゃ佐代子には関心があるんだろ。それは認めるよ。あんた真面目だからね。でもさ・・・普通の、普通の高校生には、悲しいけど、戦争なんてずっと昔に起こったことか、どっか遠くの国でやってること、どっちにしたって全然関係ないこと、じゃないかな。 康子    悲しいけど・・・あたしもそうかもなあ・・・今の日本って平和そのもので、やっぱ戦争なんて関係ないって感じだもの。 佐代子   じゃ、「普通」の高校生はどんなテーマに関心があるって言うの。 美樹    そりゃやっぱり勉強だよ。寝ても覚めても私たちを悩ませ続ける受験戦争! 第三場 舞台はみんなで動かしてしまえ。舞台は星一徹の家。 配役は、一徹・・佐代子 トレパンに腹巻き。     飛雄馬・・美樹 野球部のジャージに野球帽。下にギプス。     明子姉ちゃん・・康子 エプロン。 一徹    ええぞ、長嶋。そこはバントじゃ。それしかないのお。確実にランナーを得点圏内に進める、一軍の監督とはそうでなくてはならん。おい、こら、なにをする、ヒッティングじゃと。馬鹿者。たわけ者。そんな強攻策が通用する相手か。ひらめき野球もたいがいにせい。このようなとき必ず打てるバッターが今のおのれのチームにおるか、よく考えてみい、長嶋よ。さしずめ、オズマ、そう、あのオズマのようなバッターよ。ふっふっふ。 飛雄馬   、帰宅する。 飛雄馬   (節を付けて)一トンでーも人参。二トンでーもサンダル。・・・うーん、この場合、サンダルが二トン分あるのかな、それともかたっぽで一トンのサンダルってことなのかな。今度物理の河野先生に聞いてみよう。いやいや、数学の古市先生かな。でもあの先生の福井弁はすごいからな。うつっちゃったらどうしよう。・・・ただいま、父ちゃん。 一徹    おお飛雄馬、帰ったか。どうじゃ、学校の方は。 飛雄馬   父ちゃん、おれ、話があるんだ。 一徹    なんじゃ、飛雄馬。 飛雄馬   父ちゃん、おれ、こんなギプス付けるのはもうイヤだよ。 一徹    馬鹿者! それこそは、この父が夜なべして作ったセンター試験必勝ギブスじゃぞ。一日一五分間付けておるだけで、答案のマーク塗りつぶしが三倍ははやくできるようになる。 飛雄馬   父ちゃん、確かに、おれ、指先のスピードが速くなって、今じゃ一つ塗りつぶすのに〇.〇〇二秒しかかかんないよ。でも指先なんかこすれちゃってもう指紋がなくなっちゃったし・・・ 一徹    ラッキー。お前、そこの角の銀行を襲撃してこい。今だったら犯罪しほうだいじゃ。 飛雄馬   父ちゃん、こないだなんか、鉛筆と紙が摩擦を起こして、火がついちゃったんだよ。鉛筆の芯ってのはやっぱり燃えるんやなあ、なんてったって炭素やからなあ、って化学の覚田先生に感心されちゃって。 一徹    こら、飛雄馬! 飛雄馬   と、父ちゃん。 一徹    その足はどうした! この父が日曜大工で作った関関同立合格鉄下駄はどこへやった。 飛雄馬   父ちゃん、だってあれは・・・ 一徹    口答えはゆるさん。あれには一億七〇〇〇万ガウスの磁力が仕込んであって、全身の血行を何が何でもよくしてしまうというすぐれものだぞ。あれさえはいておれば、血が勝手にどんどん流れるから、なんだったら心臓なんか止まっててもかまわんくらいなのだ。受験戦争に打ち勝つには肉体の健康が第一じゃからな。飛雄馬、いったいどこに履き忘れてきたのじゃ。 飛雄馬   父ちゃん、あの鉄下駄だったら、朝の通学バスの入り口の鉄のステップに今でもくっついてると思うよ。運転手のおじさんに手伝ってもらったんだけど、どうしてもはがせなかったんだ。 一徹    ええい、愚か者! お前は東大の星を目指すのだ。そんな根性では赤門はくぐれんぞ。 飛雄馬   でも父ちゃん。 一徹    ええい、うるさい! 一徹、ちゃぶ台をひっくり返そうと・・・が、持ち上がらない。一徹、力むが、駄目。 昭子    ふっふっふ。 飛雄馬   あ、姉ちゃん。 一徹    おお、明子。 昭子    そうそう何度もちゃぶ台ひっくり返されてたまるもんですか。後かたづけをする者の身にもなってちょうだい、お父さん。 これからは、一家の主婦を甘く見ないことね。・・・それ、床に釘付けしてあるのよ。 一徹    なに・・・ではこの皿も。この茶碗も。 飛雄馬   父ちゃん、卵焼きも・・・めざしまで釘でうってあるよ。姉ちゃんすごいね。 昭子    あたしが本気になればざっとこんなもんよ。 飛雄馬   でも・・・どうやって食べたらいいの。 昭子    え? 一徹    下手に持ち上げようとすると、この家全体が持ち上がってしまうのではないか。 昭子    そ、そういうときは、・・・ほら、こうして顔の方を近づければいいのよ。 一家で食べ出す。みっともない。 飛雄馬   父ちゃん、なんか苦しいよお。 一徹    うむ、この姿勢で味噌汁を飲むのは・・ぶほ。ぶほ。鼻に入った。 昭子    うるさいわね。文句があるなら食べなきゃいいでしょ。 といって食事をかたづけようとするが・・・動かせない。 一徹    明子・・・ 昭子    (力みながら)何よ。 一徹    この茶碗、どうやって洗うのじゃ? 昭子    それは・・・その・・・そうだ、お父さん、秘密特訓の時間じゃなくて?たしか今日は「猿でも書ける小論文対策」だったっけ。 飛雄馬   姉ちゃん・・・ 一徹    そうじゃ、そうじゃった。飛雄馬、特訓、特訓じゃあ〜! 飛雄馬   父ちゃーん・・・ 第四場 三人、衣装を脱ぐ。 佐代子   美樹? 美樹    えへへ、・・・なに? 佐代子   これが、普通の高校生に関心のあるテーマの劇なわけ? 美樹    まあねー。 佐代子   一応、確認しておくけど、どういうテーマなの? 康子    佐代子、こわーい・・・ 美樹    だからぁ、さっきも言ったようにぃ、・・・ 佐代子   寝ても覚めても私たちを悩ませ続ける受験戦争? 美樹    なんだ、わかってんじゃない。だったら変な質問しないでよ。 佐代子   あのね。 美樹    わー、ぶたないでぇ。 佐代子   どこが受験戦争よ! 何がテーマよ! 全編ふざけたお笑いばっかり、いったいどこにテーマなんか見えてくるのよ。いいえ、それどころか、こんなの劇じゃないわ。コントよ。吉本よ。ごっつええかんじよ。 美樹    結構見てんじゃない。 佐代子   なんだって! 美樹    いいえ、何でもなあい、何でもなあい。 佐代子   センター試験必勝ギプス? 関関同立合格鉄下駄? 東大の星? あんなおふざけでいったい何が観客に訴えられるっていうの。そりゃお客は笑ってくれるかも知れない、知れないけど、見終わった後にいったい何が残る? 何にも残りはしないわ。あんな劇、無意味よ。無駄よ。 美樹    お言葉だけど、佐代子、それについちゃ、ちょっとばかし反論したいな。 佐代子   いいわよ。言ってごらんよ。 美樹    確かにあたしの劇はおふざけが過ぎたかも知れない。それは認めるよ。でもね、佐代子の考えだって古すぎると思う。 佐代子   あたしは。 美樹    待って。全部言わせて。・・・シリアスに真面目にテーマを展開して観客に訴えていくっていうのも大事だと思う。けど、それだって、観客がその劇を見ようって気持ちにならなければなんにもならないんじゃない。早い話が、お客さんが会館まで来てくれて、そして席に座ってくれて、さらにその上一時間居眠りしないで見てくれて、それで初めて劇は劇として成立する。そうじゃない? ・・・あたしね、前にね、友達を誘ったことがあるんだ、高校演劇祭見に来ないって。したらね、断られちゃった。「悪いけど、それだけは勘弁して」って。変な子じゃないんだ、普通の高校生って奴だよ。でね、どうしてって聞いたわけ。したらね、 「私、前に見たことあるんだ、高校演劇祭。やっぱり友達に誘われて。でも、青春とか進路のこととか戦争のこととか、大まじめでやるんだもの・・・なんか見てる方が恥ずかしくなっちゃって。あれって、NHKの番組に共通するところあるじゃない。二十歳の主張、とか中学生日記とか。私、どうしてもああいう世界好きになれなくて」 気がつけばさ、演劇祭を見てくれる観客って、同じ演劇部の人か、その友達くらいじゃない。あたしたちって、知らない間に狭い世界の中で孤立してるんじゃないかな。 佐代子   だからってギャグを増やせばいいってもんじゃないはずよ。 美樹    まあね。あたしもあれでいいとは思ってないよ。でもさ、観客の気持ちを引きつける工夫って絶対に必要で、それには今のところ、ギャグが一番いい、そう思ってるんだ、あたしは。 佐代子   そんなの、観客にこびてるだけよ。軟弱な受けねらいよ。 美樹    軟弱結構。真面目にやればそれでいい、なんて石頭よりはずっとましだよ。 佐代子   なんだって。 美樹    なにさ。 二人、高みの見物をしてチップスをつまんでいた康子の方を同時に振り向いて、 佐代子・美樹  康子! 康子    は、はい。 佐代子・美樹  あんたはどう思うの。 康子    どうって・・・ 佐代子   ・美樹 あたしたちの話を聞いて、あんたはどう思うかってきいてるの。 康子    ・・・息がぴったりだなあって・・・ 佐代子   ・美樹 馬鹿やろー! 康子    わ、怖い。・・・あのさ、どっちの言うこともわかるよ。どっちの言うことも正しいんじゃないかな。テーマもギャグもどっちも大事だと思うよ。ただね・・・ 佐代子   ・美樹 ただ、なによ? 康子    もうええっちゅうに。・・・ただね、受験戦争っていうテーマはどうかなぁ。それも、もう古びてるんじゃないかな。 佐代子   そんなことないよ。やっぱ、勉強って私らにとって一番関心のあることだし。 美樹    ・・・あ、ありがと。 佐代子   ・・・いやその。 康子    でもね・・・美樹、じゃこの後はどんな話が続く予定だった? 美樹    ええとね、飛雄馬は父親の一徹からもうめっちゃくちゃな受験特訓を受けるのね。で、第二場は学校で、ここもすっごい厳しい指導をするわけ。朝の三時から朝補習が始まって、授業は一三時間目まであって、宿題は毎日段ボールに一箱分あって、模擬試験で悪い点数を取るとこれがトラック一杯分になるの。でもそのかわりいい点数だと・・・ 康子    わかった、お金がもらえる。 美樹    甘いね。庭付き一戸建ての家がもらえるの。でも、そういう中で飛雄馬くんは受験競争についていけなくなってしまうのね。ある日とうとうぷっつんした彼は、金属バットを振り回して父親に殴りかかっちゃうの。 佐代子   最後はシリアスなんだ・・・ 美樹    あんまり暗くはしたくないんだけどね。 佐代子   いいじゃない。 美樹    そお? 佐代子   うん。すっごくいい。 美樹    そんな・・・佐代子のだって個人的にはすっごく好きだよ。 佐代子   ううん、あたしのなんて。 美樹    ううん、あたしのほうこそ。 康子    ・・・あのー、もしもし? 佐代子   ・美樹 え? なになに? 康子    それはもういいって・・・さっきの話だけど、そういうストーリーなら、やっぱりちょっと古いと思うよ。 佐代子   どうしてよ。説明してよ。 康子    怖いなあ・・・するって。今しようとしてたんじゃない。 うーんと、つまりさ、今時、ぷっつんするまでしゃかりきになって勉強するような奴は少ないんじゃないかなぁ、ってこと。 いや、いないとはいってないよ。そういう必死で勉強してる人もいることはいる。でも、それはあくまでも少数で、大多数の高校生はおかしくなるほど勉強したりしてないよ。たとえばさ、受験の常識の一つに家庭学習の充実ってのがあるけど、なんだかね、毎日の勉強時間の目安は学年プラス二時間なんだって。一年生なら一プラス二で、最低三時間、二年生なら四時間、三年生なら五時間ってわけなんだけど、 ・・・ええ、今日お集まりのみなさん、今の基準に俺は到達してるぞ、と自信を持って言える方、拍手してください。   <すくなかったら> ほーらね。   <多かったら> 顧問の先生がいたって気にしなくていいのにね。 みんな適当にやってるんで、なのに、いまどき受験戦争で押しつぶされる少年、なんてのを劇でやっても、みんなピンとこないんじゃないかなあ。 佐代子   うーん・・・ 美樹    そうかもねえ・・・でも、どうしてなんだろね。 佐代子   どうしてって? 美樹    どうして真剣になれないんだろ。そりゃ家庭内暴力に走るよりはいいけどさ。 康子    たぶん、希望がない、からじゃないかな。 美樹    希望? 康子    将来への希望、未来への希望・・・自分がどんな人生を送るか、それについての希望だよ。 佐代子   だってそんなの・・・ 康子    あるっていうの? 私はそうは思わないな。今努力して、それで希望する未来を選べるのは、ほんの一部の人じゃない? その他のみんなの未来なんて、はじめから決まってるんじゃない? 佐代子   じゃあ康子は今の努力が報われないっていうの? あたしたちがしているこの勉強や部活動や・・・こういういろんなことが、無意味だって言うの? 康子    ま、そうかもね。 佐代子   そんな。 美樹    まあ待って。話をちゃんと聞こうよ。 康子    うん。たとえばね、佐代子みたいな偏差値60、みたいな高校生ならいざ知らず、あたしみたいな偏差値むにゃむにゃな高校生だと・・・ 美樹    むにゃむにゃって? 康子    やかまし。で、私みたいな高校生は多いと思うんだけど、私みたいな高校生だとね、だいたいこの先の一生がわかるわけ。わかっちゃうわけ。 佐代子   まさか。 康子    やって見せようか。たぶん、私は公立の大学には入れません。なんたって偏差値むにゃむにゃだからね。いいとこ、私立四年制、おそらくは短大じゃないかな。それだって親がお金出してくれればだけどさ。で、二年間適当に勉強すると、卒業、なんだけど、この不景気だから、女子の求人は少ないだろ。どっか小さな会社の事務の仕事でもできたらいいほうじゃないかな。もしかしたら家事手伝いかもね。でもどっちだって同じだよ、だって就職しても結婚すればたいていそこやめなくちゃならなくなるし・・・ 美樹    結婚する気なんだ。 康子    今の一言でもうあんたは披露宴に呼んでやんないからね。・・・正直なとこ、物好きな男が世の中に一人くらいはいるんじゃないかな。ま、とにかく結婚するでしょ。子供が産まれるよね、すると育児で最低一〇年くらいはかかりっきりになるよね。その間は自分がしたいことなんて全然できないだろうなあ。そのうち子供が大きくなって手がかかんなくなったあたりで、なんか趣味でも、なんておもうと、そのころには今度は子供の教育費がかさみ始める。あたしの子だから馬鹿に決まってるから、大学行きたいなんて言い出した日には、いくらかかるかわかったもんじゃない。しかたないから、あたしも働いて家計の足しにしようとするよね、でもブランクがあって年も食ってるから割のいい仕事なんてあるわけない。何時間も働いて足が棒になってもちょびっとしか収入は増えない。冷房で冷え性は悪化するは、立ちづめだから腰痛はひどくなるは、ストレスで肌は荒れるわ・・・やがてやっと子供がひとりだちする。親に仕送りでもしてくれるような親孝行ならいいけど、これもあたしの子だから望み薄だよね。しかたないから老後に備えて、やっぱり働き続けなくちゃいけない。だんだん身体がついて行かなくなる、目はかすむ耳は遠くなる、そのうち子供たちが厄介がって私をどっか山奥の老人ホームに放り込んで、年にいっぺんも面会にはこなくなる。身体があちこち痛んできてそのうち寝たきりになり、最後は人工呼吸器でやっと息をしているくらいになるんだけど、ある夏の暑い夜、誰にも看取られず、ひっそりと死んでいた・・・・ 沈黙。 康子    や、やだな、静かにしていないでよ。なんか言ってよ。 佐代子   う、うん・・・ 美樹    なんかね・・・どーんときちゃってね・・・ 康子    やあだ、半分以上冗談なんだからね。そんな深刻になんないでよ。 佐代子   ・・・あたしだって、きっとそんな一生おくるんだろな・・・ 康子    佐代子は違うよお。頭いいから。 佐代子   駄目駄目・・・あたし、自分でもうぬぼれてたのかもしれない。ちょっとくらいテストでいい点数取ったって、何にもなんないんだよね・・・ 美樹    結局、勉強って何なんだろ。テストって何だろ。学校の中ではそれでいいのかもしれないけど、受験戦争なんてただのコップの中の嵐で・・・大騒ぎしてるのはあたしたちだけで・・・一歩社会に出ると、そんなの何の意味もないんだ・・・ 康子    ちょっとちょっと。暗くならないでったら。演劇祭まで後一ヶ月、福井県広しといえども、まだ脚本ができあがってないのはうちくらいなもんなんじゃなかった? 落ち込んでる暇なんかないんでしょ。 佐代子   だってさ・・・ 美樹    もう劇のテーマがみつかんない・・・ 康子    しょうがないなあ・・・じゃあ、あたしのアイディア、乗ってみる? 佐代子   あるの? 康子    まあね。・・・あたしの考えはね、現実の社会がしんどいならば、せめて劇の世界だけでも、思いっきりファンタジックにロマンチックに、って言うんだ。 美樹    ファンタジック? 康子    そう。まずね、主人公は高校生。時間は夜。彼女はベッドで眠っています。そこへ窓にノックの音。・・・ちなみに彼女の家はマンションの五階ね。 美樹    なにそれ? 変質者? 康子    なんで変質者がノックするのよ。違うの。彼はそこまで空を飛んできたの。 佐代子   へえ? 美樹    とんでって・・・それってもしかして。 康子    そう、彼こそはネバーランドに住む永遠の少年、ピーター・パンなのでしたあ! 第五場 寝室。 配役 少女・・・美樹    ピーター・・・康子 少女はベッドで眠っている。ピーターが窓をノックする。窓は作らなくてもあるつもりで演技する。 ピーター  こんばんは。 少女    まあ、あなたはどなた? ピーター  僕はピーター。ピーター・パンだよ。 少女    ピーター・パン・・・あの童話の? ピーター  そうだよ。 少女    でも、あれはただのお話のはずで・・・ ピーター  はっはっは。じゃあ、この僕はいったい誰だっていうんだい。 少女    ・・・変質者。 ピーター  はっはっは・・・なんだとこら。 少女    だって夜中に断りもなしに女の子の部屋に入ってくるなんて、その筋の人に決まってるじゃない。 ピーター  (小声で)勝手に台詞変えないでよ。ファンタジックにロマンチックにやってるんだから。 少女    ロマンチックって、理屈に合わないもんなんだよねえ。 ピーター  ごちゃごちゃうるさい。さあ、ちゃんと合わせてよ。・・・じゃあ、この僕はいったい誰だって言うんだい。 少女    そうよね・・・まあ、素敵。お話は本当だったのね。まあ素敵。まあ、しんじらんない。 ピーター  ちょっとなー。 少女    それじゃ、ネバーランドも本当にあるの。あなたとあなたの仲間の子供たちが永遠に少年のままで暮らす島。それから妖精のティンカーベルに、人魚の入り江・・・ ピーター  インディアン部落に海賊たち。みんな本当さ。 少女    フック船長だったっけ、あなたのライバル。片手がなくって、鍵爪を付けてるの。 ピーター  あいつも海賊たちも僕がやっつけた。だからもう、ネバーランドは平和そのものさ。 少女    それで、ええと、ピーター・パンさん・・・ ピーター  ピーターでいいよ。 少女    じゃあ、ピーター、あなた、私にどんなご用なの? ピーター  君をネバーランドに招待しようと思ってね。 少女    まあ・・・私をあなたの国に。 ピーター  僕は今ね、世界中から子供たちをネバーランドに招待してるんだ。でも、誰でも手当たり次第ってわけじゃない。僕たちの国に住む資格のある子供たちだけ・・・つまりそのうちの一人が君ってことさ。 少女    資格ってどういうことですの? ピーター  それはね、追いつめられ、閉じこめられ、不幸せな子供だってことさ。 少女    え・・・?。 ピーター  君はこの国で生活していて本当に幸せかい。勉強勉強で青春を無駄に費やしてはいないかい。そのうえ一生懸命勉強しても、結局幸せにはなれなかったりするんじゃないかい。将来への希望も未来への希望も持てずに空しく無気力に日をすごしているんじゃないかい。 少女    え、ええ。 ピーター  おいでよ、ネバーランドに。あそこでなら、君は永遠に子供のままでいられるから、将来とか未来とかに頭を使う必要がない。そもそも未来なんてものがないんだからね。いつまでも「今」があるだけなんだ。どうだい、すばらしいだろう。 少女    永遠に「今」があるだけ・・・ ピーター  そうさ。永遠の夢の世界に君は住むんだよ。もう、受験だの、就職だの、そんなことを気にする必要はないのさ。インディアンと狩の踊りを踊り、人魚たちだけが知っている秘密のメロディに耳を傾け、空を飛んで青い三日月のゆりかごに腰掛ける。 少女    夢の世界・・・ ピーター  それにね、僕が君をネバーランドに連れていきたい理由はもう一つある。 少女    それはなあに。 ピーター  君が好きだからさ。 少女    まあ、ピーター。 ピーター  一緒に来てくれるね。 少女    行くわ。行きます。・・・ね、抱いて。 ピーター  いいとも。目を閉じて。 さあ、ネバーランドまでひとっ飛びだ。YOU CAN FLY ! 音楽高まる。 第六場 佐代子   はいはい、音楽止めていいよ。・・・こら、いつまでやってんの、あんたら。 美樹と康子、飛び離れる。アブネエなあ。 佐代子   これがつまりファンタジックでロマンチックってわけね。 康子    なかなかでしょ。 佐代子   あんたの趣味がわかってきたよ。これから気をつけなくっちゃ。 康子    何を気をつけんのよ。 美樹    で、でもさ、ストーリーはともかく、内容はちゃんとしてたと思うけど。 今の高校生の現実をふまえてたし。 康子    でしょ、でしょ。 美樹    うん。永遠の「今」にあこがれる気持ちってわかるなあ。このままずっと今が続いてくれたらいいのに、そんなふうに思うことってあるもんね。佐代子、あんたもそういう時、あるだろ。 佐代子   それは・・・私も少しはそういうところは・・・ 康子    私ね、思うんだけど、ほら、最初の佐代子の戦争の話。ああいう戦争とかいじめとか、シリアスな問題についてみんながあんまり考えたがらないってのも、これと関係があるんじゃないかな。今の生活をかきみだすもんだからね、シリアスな問題っていうのは。 美樹    それはあるよねえ。 佐代子   でも・・・でもさ、だからって、ネバーランドに行っちゃうって言うのはどんなもんかな。 康子    どういうこと? 佐代子   実際には、現実には、ずっと「今」のままでいることはできないでしょう。やっぱり未来に向かって生きて行かなくちゃいけない。その未来は、全然希望の見えてこないものかも知れないけど、でも、だからといって今にとどまっていることはできない。私たちはいずれ、高校を卒業して、OLになって、妻になって、主婦になって・・・その間どんなに待っていても、夜、窓を小さくノックする音は聞こえてこないんだよ。 康子    そりゃピーター・パンは実際にはいないから・・ 佐代子   そうよ、ピーター・パンなんていないのよ。そこが問題なのよ。 康子    だって・・・だってそれは仕方ないじゃない。それが劇ってもんじゃない。ファンタジーなんじゃない。 佐代子   そうじゃないの。康子の劇を非難してるわけじゃないんだ。これはこれでとってもいい劇になると思う。でもね、今ね、もしかしたら、いくら待ってもピーターがこない・・・演劇って、そこから始まるもんなんじゃないか、って思ったのよ。 美樹    新しいアイディアだね! 佐代子   まだよくまとまってないんだけど・・・ 康子    やってみようよ! 第七場 ビルの屋上。暗い。人物にだけ照明。 配役 自殺志願の少女・・・佐代子    先生・・・美樹    母親・・・康子 先生    おーい、やめるんだ。早く降りてきなさあい!・・・いかん、風が出てきたな。 母親    先生! うちの、うちの佐代子は。 先生    ああ、お母さん。大丈夫、佐代子君は無事です。 母親    無事ですって! いったい、この原因は誰にあると思ってるんですか! こんなことになるまで何もしないでほっといて・・・学校の先生方を信じていた私が馬鹿でした! 先生    いや、お母さん、私たちは、そんな。 母親    私、市の教育委員会にうったえます。いいえ、市長さんに訴えます。私、市長さんの奥様と同じお花の会に入ってらっしゃる方のお友達とご近所なんです。ええ、私、先生方の責任を断固追及いたします。だいたい、自分のクラスの生徒がいじめにあっているのに気がつきもしないなんて、あなた教師失格です! いいえ、その前に人間として失格です! 先生    はあ? いじめ? 母親    (もう聞いてない)佐代子ちゃーん!お母さんですよ。もう大丈夫、あたしが来ましたからね、さあ、佐代子ちゃん、降りていらっしゃい。 佐代子   私、いじめられてなんかいないよ。 母親    何言ってるの、佐代子。もう大丈夫よ。先生は頼りにならないでしょうけど、いじめっ子なんかお母さんがやっつけてあげます。 先生    あの、お母さん。 母親    あなたは黙っていてください。邪魔をしないで。 佐代子   お母さんこそ、黙ったら。 母親    まあ、まあ、あなた、どうしたの、どうしちゃったの、その言葉遣い・・・ああきっと悪い友達の仲間に引き込まれたのね。そうでしょう。そうに決まってます。そうだわ、あの演劇部とかいうろくでもないおちこぼれの集まっている部、あんな所に入れたのが間違いだったんだわ。 佐代子   ・・・先生、なんとかしてよ、その人。教師なんだからさ、PTA、お手の物でしょ。 先生    わかっとるわい。・・・お母さん。とにかく話を聞いてください。きちんと説明しますから。 佐代子   だいたいの所は先生にさっき話したから、ちゃんと聞いてよね。でないともうお母さんとは話しないから。 母親    なんて、なんてことでしょ! 佐代子! 佐代子! 返事がない。 先生    ・・・んじゃ、まあ、教師失格なんですけど、説明しますよ。いいですね。 まず、さっきも言いましたけど、お子さんはいじめにあっていません。神に誓って本当です。それから成績がふるわないことを苦にして、というわけでもありません。もちろん失恋でもないし、実はガンで余命幾ばくもないっていうのでもありません。突然発狂したということも、たぶんないでしょう。 母親    そんな・・・それじゃ原因がないじゃありませんか。 先生    その通りです。 母親    でも現に、娘は校舎屋上のてすりを乗り越えているんですよ。あと一歩踏み出せば真っ逆様に・・・ああ! 先生    しかし、理由は思いあたらんのです。放課後、彼女は私の所に来て、今私が言ったようなことを実に冷静に話しました。そしてこれから飛び降り自殺をするんだ、と。あんまり冷静なので、こちらも本気にできず・・・これは私のミスです、正直に申し上げますが・・・彼女はその足で屋上に上ったんです。 母親    きっと・・・きっと私がいけなかったんです。家庭に対する不満、きっとこれです。ごめんなさいね、佐代子。お母さんが悪かったわ! お前のお気に入りのスカート勝手にはいて同窓会に行ったことことだろ。 佐代子   違うよ、お母さん。そんなことで自殺なんかしないよ。 母親    じゃお前が買ってきたプッチンプリン三パック240円、全部だまって食べちゃったことかい。 佐代子   お母さん! あれやっぱり。 母親    ああ、ごめんよお。 佐代子   まったくもう・・・でも違うよ。そんなんじゃない。 先生    佐代子! いったい本当の理由は何なんだ。もう話してくれてもいいだろう。 佐代子   理由?・・・理由は、ありません。 先生    そんな馬鹿な。わけがないなんてことが・・・ 佐代子   本当です。理由はないんです。死にたいわけじゃないんです。 先生    それじゃ、もうこの自殺騒ぎはおしまいなんだな。 母親    佐代子! 早く降りていらっしゃい! 佐代子   いいえ。私はこれから飛び降りるつもりです。 先生 馬鹿な・・・理由がないなら死ぬことなんかないだろう。 佐代子   そう? 死ぬのに理由が必要なの? それじゃ、反対に、生きるのにも理由が必要なわけだね。 先生    ・・・何の話だ。 母親    ちゃんと、先生にご説明するんですよお。 佐代子   先生の方こそ、ちゃんと説明してください。私たちは何のために生きるんですか。生きる理由はなんなんですか。どうして生きなくちゃいけないんですか。 先生    それは・・・それは。 佐代子   生きていかなくちゃならない理由が、みつからないんです。決まり切ったつまらない人生を続けていく理由が、ないんです。・・・先生の生きる理由は何ですか。一戸建ての家を建てること? 預金でいっぱいの銀行の通帳? おいしいフランス料理? 先生    それは。 佐代子   生きる理由なんてありはしません。だったら、今この瞬間に生きるのをやめたってかまわないじゃありませんか。醜く年老いてしまう前に、永遠の国、ネバーランドへ旅立ったってかまわないじゃないですか。・・・ねえ、ピーター? とうとう間に合わなかったね・・・ 先生    おい! 母親    佐代子! 先生    担架だ! いや、救急車、救急車だ! 急げ! 第八場 舞台は暗いまま。 配役 佐代子・・・佐代子 神・・・第四の人物 佐代子   ちょっと暗かったかな、このラストだと。 返事がない。 佐代子   ねえ、あかり付けてよ。・・・スイッチわかんないの? 康子? ぼうっ明かりがつく。浮かび上がる人影。神の衣装を付けている。 佐代子   なんだ、美樹。戦争物はボツなんでしょ、どうしたのそんな物持ち出して。 神     お前は死ぬのだ。 佐代子   え、なあに? 神     お前は死ぬのだ。 佐代子   ちょっと、怒るよ。・・・康子、はやくあかりつけてよ。 神     誰もいない。 佐代子   え? 神     天井が落ちたのだ。 佐代子   な、何言ってるのよ、悪ふざけもいい加減に・・・ 神が手を挙げる。そのまま振り下ろすと、かなり距離があるのに、佐代子の身体が押さえつけられる。地面に倒れる佐代子。最初の空襲のシーンに重なる。 神     お前以外、ここには誰もいない。天井が落ちたのだ。この防空壕では誰も助からなかった。 佐代子   美樹、やめてよ。 神     そしてお前も、もうじき死ぬ。 佐代子   な・・・! 神     そろそろ息苦しくなってきたのではないか。お前はもうすぐ窒息して死ぬ。 佐代子   (咳き込んで)信じない、こんなこと・・・ 神     お前が信じようが信じまいがなんのかわりもない。お前は死ぬのだ。 佐代子   どうして・・・どうしてこんな・・・ 神     ・・・お前の中の「生きたい」という気持ちが、もし衰えることがあればその時は。 佐代子   あなたは。 神     約束を覚えていよう。 佐代子   それじゃ、今までのことは全部夢・・・ 神     おしなべて、どの人の一生も夢に違いない。平成の代に生きたことも、一九四五年に死ぬことも夢だ。また、同時にそれはどちらも現実なのだ。 佐代子   じゃあ・・・じゃあ、私はここで死ぬんですか。 神     お前の中の、その「生きたい」という気持ちが、もし衰えることがあればその時は、新しい人生は煙のように消え失せ、お前は、再びこの防空壕に横たわっている自分を見いだすだろう。 佐代子   そんな。 神     生きる理由なんてありはしない。ならば今この瞬間に生きるのをやめたとして何の不都合がある。醜く年老いてしまう前に、永遠の国、ネバーランドへ旅立ったとしてもかまわぬではないか。 佐代子   それはただ、劇の中の台詞で・・・本心じゃありません。違うんです。 神     本心ではないと言うのならば、では、お前の生きる理由は何か。 佐代子   それは。 神     答えよ。生きる理由とは何か。 佐代子   あの、それは。 神     言えぬのか。本心ではないのか。お前は何のために生きておるのだ。 佐代子   それは・・・それは・・・ ごうっと地鳴りがする。防空壕がいよいよ崩れてきたのだ。 神     これで最後だ。答えよ。生きる理由は何か。 佐代子   それは・・・わかんない。わかんないけど、とにかく死にたくない。あたし、生きていきたい! 第九場 照明あがる。 佐代子   ここは。 康子    大丈夫? もうびっくりさせないでよ。 佐代子   ・・・帰ってきたんだ・・・でもどうして・・ 美樹    うわごとでもあんだけ大声出せるんなら、まあ、大丈夫だろうけど・・・一応、今日はここまでにして病院に行って来た方がいいね。なんせ打ったのが頭だから。パーになってるかも知れない。あ、それはもともとか。 佐代子   ・・え? なんて? なんて言ったの? 美樹    いや、ごめん、パーになってるかもって・・・・ 康子    まだ混乱してるんじゃない。いっくら迫真の演技だからって、飛び降り自殺でほんとに床とキスするなんてやりすぎだよ。 佐代子   いいから・・・何て言ったの、あたし、うわごとで? 美樹    そんなこわい・・・こう言ったんだよ、「あたし、生きていきたい!」って。 佐代子   ・・・生きていきたい・・・ 康子    佐代子、やっぱりあんたすごいわ。今日という今日は負けたと思う。あんた夢の中でも劇のこと考えてるなんてね。 美樹    でもさ、どうする、劇。いよいよ日がないよ、演劇祭まで。 康子    やっぱ最後自殺して終わっちゃうってのは、あんまりだよねえ。 美樹    うん、暗すぎるよねえ・・・ああ、我らにもっと光を! 康子    脚本を書く才能を! 美樹    演劇部に部員を! 康子    ついでに予算を! わあわあ冗談を言い合う。 美樹    佐代子、病院まで一緒に行くよ。立てる? 佐代子   ・・・できたよ。 美樹    へ? 佐代子   たぶん。脚本できたと思う。 美樹    康子! 康子    どうしたの? 美樹    とうとう佐代子が・・・ 佐代子   馬鹿、何いってんのよ。できたのよ、脚本。・・・そっか。そうだよね。・・・あたし、生きていきたい、か・・・あはは、そっか、それでいいんだよね。あたし、生きていきたい。あたし、生きていきたい。こんなに簡単なことだったんだ。 康子    美樹・・・ 美樹    康子・・・ 康子・美樹  ・・・き、救急車! 軽快な音楽のうちに緞帳が下りる。                         −幕−