『卒・業・式 ・・・またはショウ・マスト・ゴウ・オン・・・』                    作 玉村 徹 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】    秋田トモコ   演劇部員二年生    青森ミチエ   演劇部員二年生    山形マイ    演劇部員三年生    福嶋ジュンコ  演劇部員三年生 -------------------------------------------------------------------------------- *舞台は演劇部の部室。ごちゃごちゃっとした感じ。ただし、人が中に入って隠れられるような蓋付のボックス(山形が入っている)、巨大で怪しいぬいぐるみ(福嶋が入っている)が含まれている。で、そういうものがあっても不自然ではない「雑然とした感じ」が望ましい。 時間は、3月上旬、卒業式当日。 適当な音楽。 緞帳が上がる。 部室にいて動き回っているトモコとミチエ。その辺を片づけている(その割りには片づかないが)らしい。白い布を机の上に広げて、お菓子を置いたり。黒板に「卒業おめでとう」とチョークで綺麗に書いたり。つまり、演劇部のお別れ会の準備をしているわけ。 トモコ そっち引っ張ってくれる? ミチエ んー。 トモコ ね、ちょっと聞いてる? 引っ張ってよ。はやく・・・遅れるじゃない。 ミチエ んー(なにか袋を抱えてゴソゴソやってる)。 トモコ んとに、ちょっとはやくって。だいたいあんたが言いだしたんだろ。そのあんたがちゃんとやらなくてどうするの。 ミチエ んー、ちょっとね。 トモコ ちょっとって、あんたね。なにやってるの? ミチエ え? ええ、なんでもないなんでもない。なに、これ引っ張るの? トモコ なによ、それ。 ミチエ なにが? トモコ なにがって、まあいいけど。ああ、そんな引っ張って・・・そうそう、うん、こんなもんだろな。 ミチエ (気がなさそうに)うん、いいんじゃない。 トモコ いいんじゃないって、ミチエ、あんたはいつもそう。 ミチエ なによ。 トモコ 人巻き込むだけ巻きこんどいて、あとはしらん、って顔するんだ、あんたって女は。 ミチエ 誰も来てくれって言った覚えないけど。 トモコ なんか言った? ミチエ なんのこと? トモコ それ、その顔に騙されるんだ、みんな。・・・まあ、いいけどね。さあ、こんなもんでいいだろ。いそがないと遅れるよ、マジで。 ミチエ あ、ちょっと待って(また袋をゴソゴソ)。 トモコ ちょっとちょっとって、なにやってんの、さっきから? なにそれ? ジュース? ミチエ え? あ そうそう、ジュース。 トモコ もう、言ってよ、そんなの。ほら、こっち貸して。手伝うから。 ミチエ え? トモコ 貸してよ、ほら。 ミチエ あ、・・・ええのよ。 トモコ え? ミチエ これは、いいの。あたしやるから。 トモコ なによ、それ。手伝うって。そのほうが早いじゃない。あんた不器用なんだから、遅れるって。 ミチエ いいって。 トモコ いいことないって。 *揉み合う二人。 音響で、「君が代」が聞こえてくる。遠くから、の感じで。 トモコ ちょっと、あれなに? ミチエ あれって? トモコ ほら聞こえてくる・・・うわ、「君が代」! ミチエ そうだねぇ。 トモコ はじまっちゃった! 卒業式! 国歌斉唱! ミチエ そうだねぇ。 トモコ あんたがクズグズしてるから、あたしら遅刻じゃない! ミチエ そうだねぇ。 トモコ ・・・ミチエ。 ミチエ そうだねぇ。 トモコ おい。 ミチエ なに? トモコ 何じゃない。あんた、確信犯だろ。 ミチエ なんのこと。 トモコ それはもういいって。何年つきあってると思うの。あんた知ってるか、あんた、嘘付くときいっつも耳の横かくクセあるの? ミチエ (手をあげかけて、やめる)・・・嘘。 トモコ そ、嘘。 ミチエ ずるい。 トモコ ずるいのはあんたのほうだろ。変だと思ったんだ、いつもはズボラーなミチエが「えー、先輩達驚かしてやろーと思ってー、部室綺麗に飾り付けて送別会の準備ぜーんぶやっといて、卒業式終わって先輩達が来たらすぐパーッとはじめられるようにしようって思ってー」それに騙されて手伝ったんが馬鹿だった。あたしもヤキがまわったよ、いい加減気が付くはずだったのに。 ミチエ あのね、トモコ。 トモコ あんた最初っからさぼる気だったんだろ、式。 ミチエ そんな誤解だって。 トモコ あたしはね、あんたと違って真面目な高校生なの。だれかさんみたいに授業遅刻して放課後部活にだけ出てくるなんていうヤクザな人間とは違うの。ああ、もう、昨日までは皆勤賞だったのに・・・。 ミチエ なら、今から体育館、行く? トモコ え。 ミチエ 目立つよぉ。ご父兄の席の真ん前を通ってくんだ。 トモコ う。 ミチエ その上、式の進行は西川先生だよ。剣道七段、お風呂にはいるときもマイ・竹刀を離さないって人だよ。アレでどつかれて打ち身くらいですむかなぁ。 トモコ 頭、へこむ・・・。 ミチエ ま、でも、いまなら遅刻だ。欠席ってわけじゃない。行く? トモコ ・・・行かない。 ミチエ マジメだね、あんた。 トモコ ミチエ。 ミチエ なによ。 トモコ あんたはね。 ミチエ はいはい。 トモコ あんたはいっつもそう。 ミチエ あんたもね。 *にらみあって、吹き出す。 トモコ まあいっか。つまんない来賓祝辞とかなんとか、黙って聞いてるのもアレだし。 ミチエ そうそう。 トモコ それから、一統礼とか在校生起立とか。あれなんだろね、練習までしてするもんじゃないと思うけど。 ミチエ (教師のマネをして)「ええか、心の中で、いち、に、さんって数えるんや。いち、で頭を下げる。に、でこらえる。ほれから、さん、で起こすんや。わかるか。ほれ、いち、に、さん。」 トモコ 「こら、青森! 礼の腰の角度は四五度や。お前のは三〇度しかない。分度器あてたろか。そやからお前は数学がペケなんや、青森」 ミチエ なんであたしの名前使うの。 トモコ 実話です。 ミチエ あのね。 トモコ それにしても、卒業式ってのはどーしてこうかたっ苦しいんだろね。 ミチエ さあ。 トモコ もーちょっと心のこもった感じにならないもんかな。あたしらはともかく、先輩達がかわいそうって思うよ。 ミチエ んなこと言うけど、トモコは。 トモコ なによ。 ミチエ 中学んとき。 トモコ だからなによ。 ミチエ 卒業式当日、ぼろぼろぼろぼろ泣いてたのは誰だったかな。 トモコ そうだったっけ。 ミチエ あんた、なんだかんだ言っても、雰囲気に弱いんだから。浪花節女。 トモコ 悪かったね。 ミチエ いえいえ、そこがあなたのいいところでございます。 トモコ はいはい、お褒めの言葉ありがとうございます。 ミチエ ま、先輩達は泣いたりしてないだろうけど。 トモコ そう? ミチエ あたりまえじゃない。山形先輩はああいう人だから、式の間中、考えてることってば、いま取り組んでる脚本のことくらいで、話なんか聞いてないだろうし。 トモコ 先輩、ほんっと劇好きだもんねぇ。 ミチエ うん。卒業するまでに遺産として最低三つは脚本書いて残しておく、もう二つ書いたからあと一つだって言ってたよ。もう、ありがたいやら迷惑やら。 トモコ なんで? なんで迷惑? ミチエ 書いてくれるのはいいんだよ。それは、さ。ただその後があの人らしいんで・・・これ、見てよ。 *紙切れが二枚出てくる。 トモコ なにこれ。地図? ミチエ そ。宝の地図。何考えてるんだろね。 トモコ 「我が演劇の情熱を継がんとするものにこの書を与える。秘められし財宝は×印のもとに・・・」なに、これ探さなきゃなんないの? ミチエ そ。 トモコ 先輩って人がよくわかんなくなってきた・・・。 ミチエ わかんないって言うなら福嶋先輩だって。 トモコ あ、まあね。 ミチエ 基本的にいい人だってことはわかるんだ、ほんと。けど、あの人の反応は、読めないよー。 トモコ なんかさ、うちって、変人の集まり? ミチエ どこでも一緒じゃない? 演劇なんてやってるヤツラは。 トモコ あたしをそこに含めないで欲しい。 ミチエ 何言ってるの、新部長。 トモコ ああそれ! なんであたしが部長なの。あれは絶対あんたの。 ミチエ さあって、準備しよー。 トモコ あ、こら。 *部室の片づけを再開する。このあたりでぬいぐるみとボックスが怪しい動きをする、なんてのも面白いかも。 トモコ、ラジカセに近づく。 トモコ そうだ、BGMもいるねぇ。なにがいいかな。そ、これこれ。 *テープを入れて再生。海援隊「贈る言葉」。   暮れなずむ街の   光と影の中   去りゆくあなたに   贈る言葉・・・ ミチエ げーっ。やめてよ。 トモコ なんで? いい歌じゃない、卒業式らしくて。 ミチエ 「なんですかー」のどっこがいいわけ? あーゆー説教クサイおぢさんが趣味なわけ? あんた、ノーミソ腐ってんじゃないの? トモコ あんた過激。 ミチエ いいから別のにして別のに。 トモコ へいへい。じゃね、んと。 ミチエ 「仰げば尊し」なんかかけたら殺すぞ。 トモコ ぎく。 ミチエ ぎくってなによ。 トモコ いやその。あたし、趣味悪いのかな。 ミチエ そ、そんなことは、ないけど。 トモコ うー、何しよう。駄目なんだ、あたし、音響苦手で。 ミチエ トモコ、役者一本だったからねぇ。 トモコ うん。 ミチエ いいって、なんでも。気持ちのいい曲かけたらそれで。 トモコ そう? *トモコ、テープを入れて、「きれいなメロディ」が流れてくる。なんでもいいです。たとえていうならば、「初恋」(映画「ニューシネマパラダイス」サントラ版より)とかね。 ミチエ これって「いつ夢」? 県大会? トモコ うん。夏の大会・・・これすっごい好きなんだ。変? ミチエ 変なことはないけど。 トモコ 『いつか夢の中で僕らは出逢う』。 (役に入って。オーバーに)「蓮華はもう見えませぬ。あとにはただ暗い中に、風ばかり吹いておりまする。」 ミチエ (同じく入って)「念仏を唱えなされ。往生は人手にできるものではござらぬ。ただご自身おこたらずに阿弥陀仏の御名をお唱えなされ。」 トモコ 「蓮華はもう見えませぬ。あとにはただ暗い中に、風ばかり吹いておりまする。」 ミチエ 「一心に仏名をお唱えなされ。なぜ一心にお唱えなさらぬ?」 トモコ 「何も・・・何も見えませぬ。暗い中に風ばかり・・・冷たい風ばかり吹いて参りまする。」 ミチエ ・・・セリフ覚えてるねー。 トモコ あたし的には、ついさっき、だから。 ミチエ だよね。もう三月ってのが信じられない。 トモコ うん・・・。 *ミチエ、ペットボトルからジュースをコップに注ぎはじめる。 トモコ そんなの、先輩達来てからでいいじゃない? ミチエ う、ううん。 トモコ まだ式おわんないでしょ。ゴミとか入っちゃうよ。 ミチエ うん、まあね。 トモコ だから先輩達来てからで。 ミチエ う、ううん、それだとバレちゃうし。 トモコ はあ?・・・なによ、それ。 *ミチエ、小瓶の中身をジュースに注ごうとしていた。それを見て、トモコ、テープを止める。 ミチエ え? トモコ それ。手に持ってる・・・今隠した・・・後ろにまわした・・・鞄に戻した・・・椅子に置いた・・・袖に入れた・・・ポケットに移した・・・ええもう、あんたは手品師か。なによ、それ。 ミチエ あは、あはは。 トモコ なにわらってんの。 ミチエ ぐすん。 トモコ 泣いてどうする。 ミチエ おうおう、いてこましたろか、ワレ。 トモコ 逆ギレかい。 ミチエ お奉行様、はばかりながらこの越後屋、阿片の抜け荷などとは、まったく身に覚えのないことでございまして。 トモコ てことは覚えがあるんだな。なにそれ。こっち見せてみな。 ミチエ あ・・・ちょっとやめて・・・大胆なんだから・・・駄目。 トモコ ぼけ! アホな声だすな! なに・・・「超強力下剤ビッグデルデル」? ミチエ それは隠し味で。 トモコ 「たった一粒でドバドバデルデル、メキシコ人もびっくり」 ミチエ ね、名前、おもしろいでしょ。 トモコ ミチエ。 ミチエ 「ビッグデルデル」だよ、「ビッグデルデル」。なんかそのまんま、誰がこんなん買うんだって。神経疑うよね、薬屋の。 トモコ ミチエ。 トモコ でもさ、なんかユーモアだよね。かわいいって感じ? あんまりベタだから、かえって使ってみたくなっちゃうよね? トモコ ミチエ。それが理由かい。 ミチエ やだ、ジョークだって。アメリカンジョーク。 トモコ どこが。なに、さっきから変だと思ってたけど、こういうことだったんだ。あんた何考えてんの。 ミチエ さあ、なんでしょう。 トモコ あ。これが目的だね。最初っから。あんた、最初っから、先輩達に下剤飲まそうって、それで。 ミチエ ふんふん。 トモコ 送別会の準備とかなんとか・・・やだ、あたし、こんなの手伝っちゃったじゃない。 ミチエ だから、来て欲しいなんて言ってないって。 トモコ あたし、あんたっていう人間がよくわかんない。 ミチエ そう。 トモコ ちょっと。 ミチエ なに。 トモコ 説明してよ。 ミチエ なにを。 トモコ 何って、わけを。 ミチエ だからジョークだって。罪のないジョーク。 *と言いながら、ミチエ、耳の横を掻いている。 トモコ (その動作を指さして)それ。 ミチエ あ。 トモコ 語るに落ちたな。その方の悪事、その一部始終は、遊び人・金次の証言によりあきらかである。見苦しいぞ、越後屋。 ミチエ ですが、お奉行様、その金次とかいう者、どうせ正体も知れぬ馬の骨、そこらの小悪党でございましょう? 天下の南町奉行遠山様ともあろうお方が、そのような卑しい身分の者の言葉を真に受けたとあっては、大事なお名前に傷もつこうというもの。ぐっふっふ。 トモコ おうおう、黙って聞いてりゃ・・・。 *と、見得を切りかけるが、その前にボックスの蓋がいきなり開いて山形先輩登場。 山形 おうおう、黙って聞いてりゃ好き放題、言いたい放題じゃねぇか。おうっ。越後屋っ。おうっ。 ミチエ・トモコ 先輩。 山形 金次は馬の骨だとぬかしゃあがったな。小悪党だといいやがったな。確かに遊び人の金次は馬の骨かも知れねぇさ。けどな、越後屋よぉ。てめえ、よもやこの桜吹雪を見忘れた、たぁ言わせねぇぞ! ミチエ・トモコ 山形先輩。 山形 違うでしょ。ここは、「ま、まさか」って、怯えた声が入って、そしたらあたしがたたみかけるように、 「おめぇらみてぇな悪党が善人ズラしてたんじゃこの世は闇だ。けどな、その闇夜にぽっかり咲いて、義理と人情の明かりをともす、入れ墨奉行の遠山桜、しっかり拝んで冥土の鬼の土産話にしやがれいっ」 で、みなさん観念して「恐れ入りましたー」よね。ね、ジュンコ。 *いつのまにかぬいぐるみの福嶋先輩がラジカセのそばに移動している。テープを入れる。水戸黄門のメロディ。ああ、ベタや。 ミチエ・トモコ 福嶋先輩まで。 山形 これにて一件落着! はっはっは、東海道は日本晴れじゃのう、助さんや。 ミチエ それは違う。 トモコ 先輩、ずっとそこにいたんですか。 山形 腰が痛いわよー。せまくてさ、ここ。あたしはぬいぐるみが良かったんだけど。 福嶋 ジャンケン。 山形 そうよ、負けたのよ。グーで。あんたがパーで。いいよね、あたしがほんとは入るはずだったのに。 福嶋 快適。 山形 あんたはいっつもそうよ、いっつもいい思いするようになってんのよ。不公平だ、世の中は。 福嶋 否定。 山形 春の自主公演の時にもあたし、こっちだったんだから、今度くらいは代わってくれてもいいのにね。あんた、冷たいよ。友達がいのないったら。 福嶋 いいがかり。 ミチエ あ、そっか、それ、先輩が使ってたんでしたよね。たしか「高校演劇の作り方」。 山形 あら、青森さん、知ってる? ミチエ はい、ビデオで。あれ、面白かったですよね、すっごく。 トモコ 嘘つけ。「つっまんねー」って言ってたじゃない。 山形 え? ミチエ いやその、そんな嘘ですよ。トモコったら、ふざけちゃって。もう、お茶目。 *ミチエ、と言いながら、耳の横を掻く。 福嶋 疑惑。 ミチエ あは、あはは。 山形 いいよ、とにかく見てくれたんなら。ビデオでもさ。劇なんて、終わっちゃうと・・・それこそ「風が吹いているばかり」なんだから。 あたしらも、先輩のビデオとか脚本とか、ちゃんと整理してないしなぁ。 福嶋 反省。 山形 あんたらは・・・あんたらがこれからこの部室、管理することになるんだけど、ズボラしたら駄目だよ。いい? ミチエ・トモコ はーい。 山形 あ、ナグリある? ちょっと取って。 ミチエ なんです? 山形 (ボックスの内側を指さして)ん、ここんとこさ、釘、出てんの。危ないから。ずーっと忘れてた。この釘も、思い出も。 *福嶋先輩、ラジカセにテープを入れる。ノスタルジックなメロディ。 山形 いらんことせんでいい・・・これさ、春の公演、ほら武生の中ホールで使ったのね。あの暖房の効かない、ていうか、暖房のないとんでもないホール。春っていっても三月の中頃だったから、まだ雪がちらついたりする、そんな頃で。あ、ちょうど今頃だ。もー、寒くて寒くて。 *山形先輩、箱にはいる。 山形 出番まで一〇分くらい間があって、そいでずーっとこの中に隠れていなくちゃいけなかったわけ。膝は震える歯は鳴る、でも、芝居は続いてるからお客さんにばれちゃいけない、必死でこらえてたのね。で、いよいよ、出番ってことで。 *福嶋、テープを止める。 以下は拙作「高校演劇の作り方」から。劇中劇。 トモコ さ、こっちは全部カードを見せたわよ。あとは、あなたの番ね。 ミチエ え? トモコ あたしたちとしては、是非この脚本を上演したい。それにはどうしてもあなたの力が必要なの。どう? ミチエ でも、でも。 トモコ お願い。 福嶋 ミチエちゃん。 ミチエ そんな、そんな・・・。 トモコ どう、青森さん。 *いきなり、ボックスの蓋が開く。山形先輩、登場。 山形 ・・・もういいよ。そのくらいで。 *一同、こける。 ミチエ な、な、な・・・。 山形 話は全部聞かせてもらった。・・・って、そんなつもりじゃなかったんだけど。 今日はトモコが、「大道具の可能性と限界について」っていうレクチュアするっていうから、サポートしようと思って、こうやってセッティングして、みんなそろうの待ってたんだけど、・・・いやー、この中ってば、暗いわ狭いわ臭いわで、もう、まいったねー。 一同 ・・・・。 山形 こら、しっかりしろ。だいたい、こういう箱が一個あれば「あ、誰か出てくるな」くらいのことは予想するのが通ってもんだ。・・・トモコまでなんだよ。 ミチエ ずっとそこにいたんですか。 山形 出るタイミングを失っちゃってさ。ほら、よくあるだろ、女子トイレがこんでたからとっさに男子トイレに入って用を済まして、さあ、出よう、と思ったらいきなり、年輩の先生が入ってきちゃったりする・・・なんで、男って五〇越えるとあんなにオシッコが長くなるのかな。 福嶋 そんなこと、よくありますか。 山形 とにかく、無理強いは駄目だよ。 青森さん、いいんだ、気にしなくて。あたしらの思いは思いとして、あなたにもあなたの思いがある。そういうの大事にしなかったら劇なんてできっこないんだから。 自分の好きなようにしたらいい。 *劇中劇終わり。 山形 オッケー。うーん、懐かしいわね。さて、今のあたしの演技を見て、どう思いましたか、秋田さん? トモコ どうって、やっぱ先輩達はうまいなぁって。 山形 ブー。そんなんじゃ来年度のうちの部活、心配ね。青森さんは? ミチエ あ、はい。えーと、パス。 山形 誰がトランプしとるか。マジで心配になってくるじゃない。 福嶋 同意。 山形 いい、もういっぺんやってみるから、ちゃんと見てて。 山形 とにかく、無理強いは駄目だよ。 青森さん、いいんだ、気にしなくて。あたしらの思いは思いとして、あなたにもあなたの思いがある。そういうの大事にしなかったら劇なんてできっこないんだから。 自分の好きなようにしたらいい。 山形 ね? ミチエ あ、立ち位置。 山形 ていうか、体の向きね。ま、正解にしとくか。 トモコ どういうことよ? ミチエ ほら、客席に向かったときの、身体の向き。わかんない? 先輩の身体の向きってば、ずーっと、ほら。 トモコ あ、真っ正面。 山形 こういう立ち方がいけないって言うんじゃないんだよ。表情とか、よく見てもらえるしね。でも、これってすごく不自然な姿勢でしょ? だってほら、あたしがしゃべっている相手はお客さんじゃなくて、同じ舞台に立っている役者のはずなんだから。これを名付けて。 福嶋 演歌歌手。 山形 あんたはいっつもおいしいところを・・・そう。演歌歌手って名前を付けたの。 トモコ 演歌・・・歌手? 山形 そ。「ミナミハルオでございます。お客様は神様です。」ってさ。多いんだよ、これやっちゃう高校演劇。あんたらも気を付けてね。 ミチエ でもだったら先輩はどうして。 山形 うん、それがつまりこのナグリにつながるわけなのよ。こいつがさ。 *ナグリで釘を指す。。 山形 この釘がさ。立ち上がった拍子にあたしの衣装にキスしたと思いねぇ。 トモコ あちゃー。 山形 劇終わってから見たらさ、スカートがここんとこから下まですっぱり切れてて、あれでフルターンしてたら、ある意味オオウケしてたかもね。これだから大道具ってのはきちんとつくんないといけないわけ。たった三ミリでもこんだけ悪さするんだから、慎重の上にも慎重に・・・って、あれ、なんかいつもの部活みたいになったね。 トモコ いいですよ。 山形 いやー、しつこいね、あたしもたいがい。こんな・・・。 ミチエ 先輩? 山形 え? なに? ミチエ その時、やめようって思わなかったんですか? 先輩は、ちょっと劇止めて・・・着替えてから、なんて。 山形 え? なんで? ミチエ なんでって。 山形 とめちゃったら劇になんないでしょ。ほら、あれよ、ええと、英語で。 福嶋 ショウ・マスト・ゴー・オン。 山形 だからあんたは。まあ、そういうことだけど。やっぱり止められないよ、服やぶいちゃったのはやっぱあたしのミスでさ、そんなんで・・・ほら、劇ってみんなで作ってるもんじゃない。 ミチエ じゃ、みんなのため? 山形 うーん、それは違うかな。なんていうか、あたしがイヤだったの。やめるの。つまりはあたしが劇をとめたくなかった、そういうことだね。 トモコ 好きなんですね。 山形 まあね。 福嶋 演劇バカ。 山形 うるせい。当たってるけど。やだね、ほんとになんか部活みたい。たいがいしつこいよね、あたしも。 *山形先輩、ゴン、っと釘を一撃。 山形 さあて、終わり。これで卒業っと。 トモコ あ! 山形 な、なによ? トモコ それ! 卒業式! なんでここにいるんです、先輩達。今、卒業式なんじゃないですか? 山形 それ言ったら、なんであんたたちはここにいるのよ? トモコ あたしたちは、こいつが送別会の準備するってそれで下剤になって・・・あ、でもこれ全部聞いてたんでしょう、先輩達。ね、卒業生がいないなんて、洒落になってませんよ。 山形 ったくね、これだから演劇部って変人の集まりって思われちゃうのよね。駄目じゃないの、学校行事をさぼったりなんかしちゃ。高校生の本分ってもの、わかってる? トモコ だからそれは。 山形 あたしたちはさぼってなんかないわよ。あったりまえじゃない。 ミチエ はあ? 山形 だから。卒業式。さぼってないってば。ね、ジュンコ。 福嶋 もちろん。 ミチエ トモコ、あんたわかる? トモコ 駄目。あたし、こういう展開ってまるっきりペケ。 ミチエ トモコってば、ホラーっぽい話全滅の人だもんねぇ。妖怪とかたたりとか幽霊とか。 トモコ 待って。したらなに、この先輩達って幽霊? ミチエ てか、本体は体育館にあんのよ、身体は。でも未練を残した心だけがふわふわっとこの部室まで。 トモコ やめてよ、駄目なのよ、そういうの。あたし弱いんだから。 山形 こら。なにバカいってんの。 トモコ うひゃあ! 山形 うひゃあ、じゃないって。青森さんもからかってんじゃないの。 トモコ 違うんですか? 山形 そうじゃなくて。卒業っていうのは、ああいうもんだけじゃないでしょ。一統礼から始まって・・・なんだっけ、四五度だっけ、ああいうの。ほんとバカみたいよね。 *福嶋先輩、またもやラジカセにテープ。しみじみとしたメロディ。 山形 もう、本能だね、ジュンコ。さすがは音響の鬼。 卒業式って言うのは、つまり大事なものとお別れする儀式ってことでしょ。で、「業」っていうのは、普通、学業、つまり勉強のことをさすわけなんだろうけど、あたしもジュンコも、こっちのほうは非常に熱心であるというにはやや問題があると言って言えないことはない今日この頃、 福嶋 劣等生。 山形 まあ、先生達はそういうけどさ。たしかに成績は悲惨なもんだったし。よくぞ卒業できた・・・でもって短大にまで進学できたなんて、まあ、 福嶋 奇跡。 山形 うん。奇跡だよね。まあ、そういうあたしたちが体育館でありがたい学校長式辞だの来賓祝辞だの、そんなの図々しく聞いてたら、学問の神様のバチが当たるってもんじゃない。 で、そういう話をジュンコとここでしてたら、あんたたちがあとから入ってきて。まあね、考えてることがあんまり似てるから、笑うの我慢するの大変だったよ。さすが後輩と感心していいのか、先行き不安になったらいいのか。 トモコ はあ。 山形 四月からは大変だよ。新入生を入れなきゃ。今年だって、よく上演できたもん・・・でも、あたしらもこれで精一杯だった。 あんたたちにはもうちょっと上を期待してるからね。たくさん部員入れてがんがん練習して・・・で、頑張ってるようだったら、たまには差し入れなんかもしてあげる。 *福嶋先輩、メロディを止める。 トモコ 先輩。先輩は、劇、もうやんないんですか? 山形 短大で? さあ、どうかな。サークル、あったっけ? 福嶋 二つ。 山形 そうなんだ。でもまだ決めてないんだ。趣味の違いもあるだろうし。それに。 トモコ それに? 山形 他にしたいことが出来るかもしれないし。 トモコ 他ってなんです? 山形 それもまだなんにも。あ、一つだけ決まってる。 トモコ へえ、なんですか? 山形 勉強。こんどはね、心を入れ替えてさ。 トモコ えー? 山形 ほんとだって。ほんと。ねえ、ジュンコ。あたしら、勉強するんだよねぇ? 福嶋 ムダ。 山形 あんたね。 ミチエ ・・・先輩。 山形 え、なに。 ミチエ やっぱ、その。 山形 なに? ミチエ あの、その。 トモコ どうしたんよ、ミチエ。 ミチエ あの、やっぱ、卒業、するんですよね? トモコ はあ? なに言ってんの。 ミチエ やっぱ、卒業して、もう、劇はおわっちゃう、んですよね。 山形 青森さん? トモコ なによミチエ。 ミチエ 福嶋先輩、さっき言いましたよね、ショウ・マスト、 福嶋 ショウ・マスト・ゴー・オン。 ミチエ ショウは続けなくちゃいけない。劇は止まっちゃいけない。でしたよね。だったら、先輩、先輩はどうして卒業しちゃうんです? トモコ あのね、あんた言ってることがわけわかんないよ。 ミチエ あたしは、まだまだ先輩達と劇がやりたい。全然足りない。あんたはそう思わないの、トモコ。 トモコ そりゃそうだけど、でも。 ミチエ 「王子と大魔王」やって「オープン・ザ・スカイ」やって「いつ夢」やって。たったこれだけだよ。あたしら、これだけしか、一緒の時間すごしてないんだよ。あんた、これでいい? こんなんでいい? トモコ そんなこと言っても、先輩達は卒業するんだから。 ミチエ 勉強のことはしらない。そんなことより、先輩達、このまま演劇部から卒業させちゃって、それでいいのって言ってる。 トモコ あんたなに血迷って・・・あ、まさか。 *トモコ、ミチエを脇に引きずっていって。 ミチエ なによ。 トモコ あの「ビッグデルデル」あれ、もしかして。あんたまさか。 ミチエ だったらなによ。 トモコ ミチエ、何考えてんの。そんなことしたって。 ミチエ いいの! もう理屈はいいの! とにかくちょっとでもこの学校にいてくれるんだったらなんでもいいの! トモコ ちょっとミチエ! ミチエ 先輩! なんで卒業なんかしちゃうんですか? いつまでも一緒、っていうんじゃ、なぜ駄目なんですか? 山形 青森さん。 福嶋 恋の告白? 山形 バカ。・・・だいぶキレてるみたいね。 ミチエ はい。ブチキレ全開です。 山形 どうあっても卒業させない気なんだ? ミチエ はい。絶対阻止します。 トモコ 先輩、こいつ、ちょっと頭が不自由で。 山形 いいよ・・・じゃ、そうしよっか。 トモコ は? 山形 だからそうしてみようって。青森さんの気持ち、まるっきりわかんないってわけでもないしさ。 トモコ あの、何言ってるんだか? ミチエ 先輩? 山形 ジュンコ、いいかな? みなさまのご期待におこたえしまして・・・出血大サービス! 時間よ、その歩みをしばしとどめ・・・さらに逆流せよ、大いなる始源の海へ! *照明が暗くなる。サスが山形先輩の上に落ち、異様な音響も。ここから音はラジカセではなく、ホールのスピーカーから流す。 時は半年さかのぼり、季節は夏。県大会直前の練習風景。装置はたとえば黒板を裏返すとか、簡単にできる方法で転換しよう。 蝉の声。ホリは夏の午後。 演目は「いつか夢の中で僕らは出逢う」。 配役は、マリ・・・・ミチエ サワコ・・・山形先輩 福嶋先輩は機械を操作、トモコはそのへんで合図でも出してもらうとしようか。 *劇中劇開始。 場所は図書館。サワコ、本を読んでいる。マリは脚本を手に持って、立ち稽古。 トモコ 三二ページ、図書館のシーン、いきまーす。照明さん、音響さん、いいですかー。・・・はいっ。 サワコ で、なんか用? マリ なにトボケてんのさ。・・・なにそれ? 何読んでるの? 芥川龍之介?  らしくないねー。 サワコ ・・・。 マリ サワコが本を読む・・・教科書以外に・・・こりゃ雪降るくらいじゃおっつかないかな。 サワコ 用があるならさっさと言えば。 マリ なによそれ。 サワコ ・・・。 マリ ・・・この際だから言うけどさ、あんたこの頃変だよ。わかってる? 部活も来なくなっちゃっうし、学校やたらと休むし、電話しても出ないし。・・・スズキのことだって。 サワコ なによ、どうしてそこにスズキ君が出てくるのよ。 マリ 「君」? スズキ「君」? へぇ、「君」かぁ。 サワコ スズキ。スズキがどうしたのさ。 マリ 結構乗り気だったじゃないさ。なのに・・・断ったんだって? なんでまた。 サワコ ・・・。 マリ なにが不満なわけ? あいつ、いい奴だよ。幼稚園のころからあいつのことは知ってるけど、うん、品質は保証する。 サワコ ・・・。 マリ サッカー部のストライカーで、男らしくて、かといって筋肉馬鹿ってわけでもなくて偏差値は65を下回ったことがない、身長も180はあって顔もまあまあ・・・これのどっこに不足があるって言うの。 サワコ じゃ、やる。 マリ へ? サワコ あんたにやる。 マリ やるって、ちょっと。 サワコ そんなに気に入ってるなら、あんたがつきあえばいいじゃない。大事な幼なじみなんだろ。あげる。あたしは降りた。 マリ 降りたって、あの。 サワコ あんた、そんなこと言うために、わざわざ? ふうん。ごくろうさま、だね。じゃ、そゆことで。 *サワコ、本に目を落とす。 マリ ちょっと。 サワコ ・・・。 マリ ちょっと、サワコ! サワコ 大声出さないでよ。 マリ あんた、ほんとにどうなっちゃったの? あんたほんとにサワコなの? サワコ バカ言ってんじゃないわよ。 マリ スズキは人間だよ? やるだの降りるだの・・・そんなモノみたいにあっちこっちできるわけないじゃない。あんた、そんなこともわかんないわけ? サワコ ・・・。 マリ あいつはいい奴なんだ。そのあいつがあんたが好きだって言った。あいつ、モテるみたいだけど、ほんとは凄い奥手でさ、いままで女の子とつきあったことなんかなかったんだ。そのあいつが、必死な顔してあたしんとこに来たんだよ。あんたが好きなんだって。でもどうしていいかわからないって。だから紹介した。そしたら、あんただって、あんただって。 サワコ ・・・。 マリ それから、あたしだって人間だぞ。それも、どーゆー腐れ縁だか知らないけど、あたしはあんたの友達だぞ。その友達が目の前でしゃべってんだぞ。・・・なのに、どこ向いてんのさ! *マリ、サワコの本を払いのける。本、床に落ちる。 劇中劇終了。 トモコ はーい、そこまでー。ちょっと、音響どーしたんですかー。 *トモコ、退場。山形とミチエだけが舞台に残る。 山形 (手を押さえて)いたた。 ミチエ あ、すみません。 山形 大丈夫。元気があるのはいいことだよ・・・ええとね、今んとこだけど、 「あたしはあんたの友達だぞ。その友達が目の前でしゃべってんだぞ。」 ここ、どんな気持ちでセリフ言ってる? ミチエ いえ、その、そのへんは、勢いで。 山形 マリとサワコは親友。そのマリのところに幼なじみのスズキから相談が持ちかけられる。で、人のいいマリは・・・青森さん、あんたのことだよ・・・親友との間を取り持つ。ほんとはマリもスズキのことが好きだったんだけど、友情の方を優先させちゃうわけだ。スズキのために、デートコースを考え、プレゼントを探しまくり、ラブレターの文句をアドバイスし、・・・このあたりが劇の一つのヤマだよね。大活躍するんだ、マリって子は。 ミチエ でも、なんかおもいっきりバカみたいですよ。 山形 そのくらいでなくちゃ。ギャグとかより、あんたのパワーを見せたいの。・・・ところがいい雰囲気だった二人の様子がおかしい。それも原因はサワコにあるらしい。スズキのことだけじゃなくて、めったに学校にも来なくなった。家まで行っても会おうともしてくれない。殻に閉じこもってしまっている。 ミチエ はい。 山形 で、「あたしはあんたの友達だぞ。」・・・さあ、ちょっと考えてみようよ。この際、脚本のことは忘れてさ。青森さんの友達がここにいるとして、ええと、誰がいい? ミチエ じゃあ、トモコかな、とりあえず。 山形 とりあえずってなによ。まいっか。じゃ、秋田さんが目の前で落ち込んでいます。いい? ミチエ でも、そういう繊細なとこ、あんまり無いヤツだから。 山形 ちょっとそれは。 ミチエ あいつが落ち込むんだったら、マンモスの絶滅の原因は神経衰弱ですよ。 山形 あのね、マジメにやる気ある? ミチエ はいはい。ええと、前にダイエットに失敗して、そんで暗くなってたことがあったかな。 山形 まあ、それでいいわ。それじゃ、その落ち込んでる秋田さんの顔をイメージして・・・なんて言う? ミチエ あんたなんか、太ってもやせててもどっちでも同じだよ。 山形 ちょっと。 ミチエ あたしはどっちのあんたでも好きになれる。だから、そんなのどっちでもいいじゃない。 山形 ああ、そういう・・・なんていうか、ハードな関係ね、あんたたち。 ミチエ ええまあ、向こうも手加減はしてきませんから。 山形 いいわねぇ、それ。・・・じゃ、私を見て。 ミチエ え。 山形 私、落ち込んでるのよ、実は。 ミチエ ええ? 山形 さあ、励まして。 ミチエ そんないきなり、わかんないですよ。 山形 もうすぐ県大会。で、たぶん、これが最後の劇になると思うのよね。これ・・・「いつか夢の中で僕らは出逢う」。もう三年だし、そろそろ受験勉強をはじめなきゃなんないし。 ミチエ 先輩、進学するんですか。 山形 そりゃするわよ。この未曾有の大不況、あたしなんか採用してくれる会社があるとも思えないし。 ミチエ でも、いけるとこあります? 山形 なによそれ。 ミチエ い、いいえ。でも、演劇・・・養成所に入るとか、そういうことは? あたし、先輩はそっち方面に進むんだって思ってました。だって、すごく好き・・・なんでしょう? 山形 それよね。問題は。 ミチエ へ? 山形 確かに好きなのよ、劇は。こうやって・・・こうやって部活してるときが一番幸せだし。でもね、これって片思いじゃないかって思うことがある。 ミチエ 片思い? 山形 あたしが愛しているほど、演劇の方はあたしを愛しているのかなってこと。あたしはね、自分で言うのもあれだけど、役者としての才能はない、そう思うの。 ミチエ そんなことないですよ。 山形 よっぽど青森さん、あんたのほうがイイモノ持ってる。ほんと羨ましいくらい・・・ときどき憎たらしくなることもあるわね。 ミチエ そんな、何言ってるんですか。 山形 芸術って、やっぱり素質で決まっちゃうところ、あるのよ。そりゃ努力は大切だけど、同じ努力なら、素質のある方が上手になるのはあたりまえよね。 ミチエ 先輩。 山形 私は、わたしがどんなに努力してもプロの役者にはなれないって、わかってる。無理なのよ。なのに・・・なのに、悔しいなぁ、こんなに好きなんだよ、劇が。 ミチエ ・・・。 *蝉の声。 山形 大会、もうすぐだね。 ミチエ はい。 山形 はじめての県大会、緊張してる? ミチエ ええと、あんまり。よくわかんないんです。実感わかないっていうか。当日になると、きっとドキドキしてくるんだろうけど。 山形 あたしね、大会当日がこなきゃいいのに、って思うんだよ。 ミチエ へ? 山形 もちろん上演が目的で、そのためにこうやって稽古してるんだけど、でも、高校演劇はたったの一時間。あっと言う間で・・・後にはなんにも残らない。 ミチエ 先輩。 山形 夢が風に吹き散らされると、そこには、もうどうしようもなく現実ってのが見えて来てしまう。あたしは学校の勉強とクラスの人間関係と、進路問題に取り囲まれた、平凡な高校生に戻っちゃう。 ミチエ ・・・。 山形 ずっとこのまま、あんたや秋田さんやジュンコといっしょに劇作っていけたら。こんな幸せなこと、無いと思う。でも、それはかなわない。もう、終わりは目の前。 ミチエ ・・・。 山形 ちょっと。 ミチエ え? 山形 ほら、はやく。 ミチエ はあ? 山形 おいおい。あんたがあたしを励ますんでしょうが。一緒にたそがれてどうするの。 ミチエ あ、はい。 山形 さあ、どうする? *トモコと福嶋先輩が入ってくる。 トモコ ・・・こんどはちゃんと音はいりまーす。いい加減なんだ、放送部のくせに。 福嶋 忍耐。 トモコ だってコードつないでないなんて、初歩の初歩じゃないですか。先輩、頭に来ません? 福嶋 稽古再開。 山形 オッケー。じゃ、やってみるか。 ミチエ でも、あたし全然。 山形 まあ、いいじゃない。青森さんはたぶん理論派じゃないのよ。あっはっは。 ミチエ あのねー。 トモコ 三四ページ、図書館のシーンの続きから、いきまーす。照明さん、音響さん、いいですかー。・・・はいっ。 *劇中劇開始。 マリ それから、あたしだって人間だぞ。それも、どーゆー腐れ縁だか知らないけど、あたしはあんたの友達だぞ。その友達が目の前でしゃべってんだぞ。・・・なのに、どこ向いてんのさ! *マリ、サワコの本を払いのける。本、床に落ちる。 サワコ、本を拾い上げに行く。マリ、背を向ける。その背中に向かって、サワコが声を掛ける。 サワコ 「蓮華はもう見えませぬ。あとにはただ、暗い中に風ばかり吹いておりまする・・・」 *マリ、立ち止まる。 サワコ 面白いんだよ、こんなもんでも。これはね、「六の宮の姫君」っていう話で・・・聞いてる? マリ 聞いてる。 サワコ そ。芥川龍之介の書いた・・・最後に姫君は死ぬんだけど、その時、そばにいたお坊様が、 「念仏を唱えなされ」 って言うのね。 「往生は人手にできるものではござらぬ。ただご自身おこたらずに阿弥陀仏の御名をお唱えなされ」 でもね、姫には仏の姿は見えないの。 「蓮華はもう見えませぬ。あとにはただ暗い中に風ばかり吹いておりまする」 お坊様は叱りつけるの。 「一心に仏名をお唱えなされ。なぜ一心にお唱えなさらぬ?」 でも、やっぱり姫には何も見えない。 「何も・・・何も見えませぬ。暗い中に風ばかり・・・冷たい風ばかり吹いて参りまする」 ・・・聞いてる? マリ うん。 サワコ 「男や乳母は涙をのみながら、口の中に弥陀を念じ続けた。法師ももちろん合掌したまま姫君の念仏を助けていった。そういう声の雨に交じる中に、破れむしろを敷いた姫君は、だんだん死に顔に変わっていった。・・・」 マリ なんだか・・・暗い話だね? それから? サワコ そのあと、ちょっとだけ話が続くの。姫が死んで数日して、ある侍がそこを通りかかる。したらね。 「突然どこからか女の声が、ほそぼそと嘆きを送ってきた。侍は太刀に手をかけた。が、声は曲殿の空に、ひとしきり長い尾を引いたあと、だんだんまたいずこかへ消えていった。」 ここでまた、さっきのお坊様が出てくるの。 「御仏を念じておやりなされ。・・・あれは極楽も地獄も知らぬ、ふがいない女の魂でござる。御仏を念じておやりなされ」・・・。 マリ それでおしまい? サワコ うん。・・・どう? マリ わかんない・・・けど。 サワコ ひどい、って思わない? マリ そりゃ、かわいそうだなっては思うけど・・・違うの? サワコ 「あれは極楽も地獄も知らぬ、ふがいない女の魂でござる」・・・ね、これはないって思わない? マリ ええと。 サワコ じゃね、もっとわかりやすい話、してあげるよ。 ある人が余命幾ばくもない、って宣告されたんだって。病院の検査で。ガンとかなんとか、そういう病気。もってあと半年、って言われたんだって。そんなふうには全然見えないんだけどね。で、その日は家に帰されて・・・親は真っ暗な顔してるんだけど、なんだかピンとこなかったの。なんていうかね、実感がわかないっていうか、そういうことが自分に降りかかってくるっていうのがホントに思えないっていうか。 で、夜、トイレに入ったのね。 マリ トイレ? サワコ うん。ジュースでも飲み過ぎたんでしょ。で、トイレに入った。トイレにはなぜか花柄の悪趣味なスリッパがあって・・・したら、そいつ、そのスリッパを抱きしめて・・・わあわあ泣いたの。 マリ ・・・。 サワコ それまでは涙なんか出なかったんだよ。でもそのスリッパ見たら、ああ、この悪趣味な花柄とも、わたしは別れてしまうんだ、いやこの世界のすべてと、永久に・・・永遠に。そう思ったらもうとまんないのよ、涙。ぼろぼろぼろぼろ。 マリ サワコ。 サワコ 「ふがいない女の魂でござる。」確かにそうなんだろうけど。でもさ、あんまりじゃない。人間そううまくいきますかって。 マリ サワコ。 サワコ なにさ。 マリ あんたんちのトイレのスリッパ・・・悪趣味な花柄だった。 サワコ だから。なにさ。 マリ うそ。 サワコ そう。嘘だよ。そうは見えないだろ。 マリ サワコ。 サワコ もういいよ。 マリ いつまで・・・半年? サワコ ・・・。 マリ サワコ。 サワコ 入院はね、しなくちゃいけないから、一応。だけど、表向きはあくまで転校。先生にそうしてほしいって、親を通して伝えてある。 マリ いつから? サワコ 明日。 マリ 明日? サワコ それから見舞いとかはパス。みっともないとこ、見られたくない。 マリ でも、そんな、いきなり、あの、あたし。 サワコ やめてよ! マリ え。 サワコ やめて! あんたまで、そんな目であたしを見るわけ? あたし、まだ死んでないよ? なのに、もうそんな目で見るわけ? あんた、あたしの友達じゃなかったの? マリ ・・・ごめん。 サワコ もう、うんざり! 元気を出せ、前向きに考えろ、残された時間を有効に使え。みんな正論、みんなごもっとも。あたしを励まそうってんだろね、嬉しい限り・・・おかげさまで、あたしのまわりにはもうお母さんもお父さんも兄貴もいなくなったよ。みんな看護婦、みんな医者、みんなカウンセラー、みんなお坊様。 マリ ごめん。 サワコ 死ぬってことがどんなことか、死ぬ前にわかるとは思わなかった! マリ ・・・ごめん。 サワコ もう・・・いいよ。こっちこそ、ごめん。 *しばらく沈黙。 マリ サワコ? サワコ なに? マリ スズキのことだけど。 サワコ また? マリ うん。ほんとのところ・・・あいつのこと、どう思ってた? サワコ どうって。 マリ 好きだった? サワコ なによ。いきなり。 マリ いいから、スズキのこと、好きだった? サワコ まあね、いい男だとは・・・ちょっと、あんた変なこと考えてない? マリ (考え込んでいる)・・・。 サワコ まっぴらだよ、同情なんて。それも好きだった奴からなんて最低。ちょっと聞いてる? マリ サワコ、キスしたことある? サワコ へ? マリ キス。経験ある? サワコ あ、あのね。 マリ ないよね。あんた、へんなとこでカタいから。あるわけない。 サワコ 断定しないでよ。 マリ あるの? サワコ ・・・ないけど。でもそれがいったい。 マリ かなえたげる。 サワコ へ? マリ キス。やらせたげる。 サワコ ちょ、ちょっとマリ、あのね、あんた自分が何いってんだか・・・。 マリ キスも知らないで死ぬなんて女としてかわいそすぎる。あたし、なんにもできないけど、少しでもあんたに幸せになって欲しい。だから。 サワコ 何考えてんの、あんた。 マリ したくない? サワコ ・・・そりゃまあ。 マリ でしょ。 サワコ でも。 マリ でも、なによ。 サワコ やっぱ無理だよ。スズキ君にわけ言って・・・言えるわけないけど・・・どっちにしたって、同情はまっぴら。そんなの全然うれしくない。 マリ うん。それは考えた。 サワコ じゃあ。 マリ 直接は無理だよね。でも、間接キッスなら。 サワコ 間接! なによそれ。 マリ うん。それで良ければ何とかなると思う。 サワコ あんたどういう頭の構造して・・・ちょっと待って。その間接キッスって、まさか。 マリ わかった? サワコ まさか・・・あんた? マリ 正解。 サワコ あ、あ、あ。 マリ でも誤解しないでね。幼なじみだって言ったでしょ。あたしらの幼稚園でキスがすごく流行ったことがあったのよ。 サワコ どんな幼稚園よ。 マリ もう、無差別にやりまくったから。あたしなんか五〇人くらい、男の唇奪ってやったわよ。 サワコ 五〇人って。 マリ なかにスズキもいたから・・・間違いない。大丈夫。 サワコ なにが大丈夫なのよ。だいたい。 マリ うるさい! サワコ え? マリ サワコ、あんたはもうすぐ死ぬ。そだね? サワコ う、うん。 マリ でも未練がある。好きな男に告白したこともないし、キスしたこともない。そだね? サワコ う、うん。 マリ でも死ぬ前にキスくらいはしてみたい。そだね。 サワコ う、うん。でも。 マリ だったら、問題ないじゃない。さあ。 サワコ さあって・・・嘘。 マリ あたしとあんたは友達じゃない。 * 「きれいなメロディ」流れる。 サワコ ・・・本気? マリ 本気。 サワコ マリ、あんたって・・・。 マリ なに。 サワコ なんでもない。なんでもないよ。 マリ もう黙って。目をつぶって、あたしをスズキだと思いな。 サワコ それは無理・・・。 マリ 無理でもいい! サワコ わかったよ。 マリ 無理でも・・・いいじゃない。 サワコ ・・・マリ? *マリ、泣いている。 サワコ マリ。 マリ いつか・・・いつかきっとまた。 サワコ いつか? マリ きっと、きっと会えるよね。 サワコ 地獄にも極楽にも行けないみたいだけど。 マリ だったら夢の中で。いつかきっと。夢の中で。会いに来て。 サワコ うん。うん、マリ。会いに行くから。 マリ ・・・さよなら、サワコ。 サワコ さよなら、マリ。 *あやうくキスという瞬間に、時間が現在に戻る。 ミチエ あれ? あれ? *トモコと福嶋先輩がお菓子やコップを並べはじめる。そこはもう送別会。 ミチエ 先輩? 山形 その後の、県大会は見事玉砕。中部大会どころか、賞のはしっこにさえ引っかからなかった。 でも、あんたたちには次がある。あたしらは終わっても、劇は終わらない。ショウ・マスト・ゴウ・オン。 トモコ なに? なんの話? ミチエ なんのって、ほら。 福嶋 乾杯。 トモコ さあ、はじめるよー。 ミチエ なにを? トモコ なにをって、ぼけてる、あんた? 卒業式に決まってるじゃない。 ミチエ 卒業式? 山形 言ったでしょ。あたしたちは卒業式をさぼったわけじゃないんだ。自分にふさわしい場所で式をやりたいだけ。で、もちろん、その場所は。 トモコ 部室ですよね。 山形 みんなコップは持った? じゃ、いくわよ。不肖、演劇部元部長山形マイ、乾杯の音頭を取らせていただきます! 「ここに、平成十一年度武生高校定時制演劇部の活動のすべてを終了する。すべては風の言葉、すべては夢のまた夢。されど、いつかふたたびここに集わんことを願って、乾杯!」 *飲み干す。ちょっと間。 ミチエ ・・・ちょっと待って? トモコ なに。どうしたの。 ミチエ このジュース、どっから持ってきた? トモコ どっからって、入り口の袋。 ミチエ げ。 *「きれいなメロディ」止まる。 トモコ なにさ? ミチエ のんじゃった・・・。 山形 え? 福嶋 落とし穴。 トモコ なによ、あんたまさか。 ミチエ あいかわらず察しがいい。 トモコ・福嶋・山形 何入れたのよ! ミチエ そんな、ハモらないでよ。 トモコ・福嶋・山形 何なのよ! ミチエ いや、だから。 *再び緩やかに「きれいなメロディ」。すったもんだの中で緞帳降りる。 *参考文献  「高校演劇の作り方」(作・玉村徹) 「六の宮の姫君」(芥川龍之介・新潮文庫)  「いつか夢の中で僕らは出逢う」(作・玉村徹・・・って、まだ未完ですけど)