『タイガースは夜空を駆ける』   〜2003年を、きっと忘れない〜  *ハッピーエンド・バージョン 20040303 改版 作・りん -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】   忍足 フジコ (中2)    大阪から来た転校生。   河村 隆子  (中2)    真面目な少女。 --------------------------------------------------------------------------------     第一幕 七月の夕暮れ         中央にベンチ。 基本的に燕と舞台装置は同じ。         7月の夕方。青い。 隆子、ベンチに坐っている。夏服。 フジコ、上手から登場。 パジャマっぽい私服。左腕を吊っている。 隆子     あ。 フジコ    何や、タカさんやんか 隆子     なんだって、何よ。・・・具合、どう?         (フジコ、包帯のついた腕を振る) フジコ    ただの骨折やさかい、すぐに直るわ。     入院なんて話になるから大げさになるんや。 隆子     本当。・・・元気そうで安心した。         (バッグの中からいろいろ出す) フジコ    なんやん? それ 隆子     お見舞いの品。先生やクラスのみんなから フジコ    東京もんはいちいち大げさやなー。 隆子     その、「東京もん」ってのはやめなよ フジコ    ええやん。誉めてるんやで。     (隣りに坐る) 大阪のクラスメートはこないなことしてくれなかったもん 隆子     ・・・・ フジコ    ね、で、何々? お見舞いってなんやのん? (身を乗り出す) 隆子     あ、ううんとね。ええっと、まず・・・数学の重森先生から、プリント。 フジコ    ゲッツ!! おお、図形やんか。     ・・・って、これってお見舞いって言わないんとちゃうー? 隆子     それから、これクラスで寄せ書き(色紙を渡す) フジコ    うわっ、寄せ書きって、転校するみたい!寒っ! 隆子     それから、これは社会の星野先生から、本。 フジコ    ああ、頼んでおいたやつやな。ごっつ遅いから、あの先生     忘れてはったと思ってたわ 隆子     何の本?(隆子、覗き込む)         フジコ、袋の中から本を取り出す。 フジコ    じゃーん、経済学の本 隆子     ・・・何それ? フジコ    勉強しよかと思て。 うち、これ(左腕)のおかげで授業に出れへんさかいに 隆子     そんな勉強したって・・・・・ フジコ    自己破産のしかたとか、勉強になるで。・・・ええんよ。うち、多分高校とか行かへんし 隆子     なんで? フジコ、頭いいじゃん フジコ    経済的な理由やね。早く働いて、一人前になりたいんや、うち。 隆子     でも・・・高校くらい、行っておいた方が、いいよ フジコ    (笑って) 先生みたいなこと言わんといてーな 隆子     ・・・ フジコ    ああ、早く学校にもどりたいわ!     ホンマ、うちタカさんの家の隣りに越してきて、タカさんと同じガッコで、     同じクラスになって、よかったって思てるんやで。     いままでの学校じゃ、こないに友達でけへんかったもん 隆子     そんな、フジコなら友達たくさんおるでしょう? フジコ    あっ、今「おる」って言った! 関西弁うつった!     タカさんが関西弁使うたでー (愉快そうに) 隆子     ・・・もう! フジコ    なんやん、そないに耳まで赤くせーへんでもいいでー。     うちの関西弁も怪しいもんやから 隆子     だって、いっぱい転校してたんでしょ? フジコ    そやねー。 大阪、神戸、京都。三重や山口とかも転校したことあるから、     うちの関西弁はどこのもんでもないんやー 隆子     でも、クラスじゃフジコの関西弁が大流行! フジコ    東京もんって、もっとこう、怖いかと思ってたわ。 隆子     怖いって? フジコ    ガン黒とか、こう、スカートなんかも履いてないくらい短いのとか 隆子     いつの時代よ、それ フジコ    大阪にはいたで? こう、タンランにボンタンとか、30センチくらいあるリーゼントとか。 隆子     うーん、たしかにウチの学校って割とのんびりしているもんね。     ・・・少し、陰湿だけど。 フジコ    そうそれやん! たまげたもん。     いままでは、わりとわかり易く荒れた学校ばかり通っていたさかいに 隆子     「荒れた学校」って、よくわからないけれど・・・。怖そうね フジコ    タカさんには、そーゆーの、似合わんしなあ・・・(優しく笑う) 隆子     ここの生活って、どうなの? フジコ    どうって、普通やんか? ようわからへんけれど・・・。     あ、でも日曜日の大河ドラマ、面白いな。武蔵! 隆子     見てる見てる。新之助頑張ってるよね。 他は? フジコ    うーん、自分じゃ見ないから。隣りのベッドのおばちゃんたちに     見せてもらっているだけだから・・・。     大相撲とか見させられるんやで。『フジコちゃんは、どの相撲取りが好き?』     なんて言われても、わからへんっちゅーの! 隆子     東京じゃ、「栃東が好き」って言っておくといいよ?・・・テレビ、見られるんだ フジコ    テレビ? こーんなちっちゃいのがあるんやけど、一時間100円とるんやで。     せやさかい、自分ではもったいないから見いひんの 隆子     へえ (ボタンを押す動作) フジコ    何、それ? 隆子     へえへえボタン フジコ    テレビ? 隆子     うん。トリビアの泉ってやつ フジコ    うわ、わからんわー。退院したら、頼んでおいたビデオ、タカさんところで見せてね 隆子     うん。 妹が好きだから、ちゃんと録画してあるみたいだよ フジコ    わあーん! えらい楽しみやーっ!ガンダムシード! テニプリ!ナルト!      ジャンプだけはロビーで読ませてもらえるんやけどね! 隆子     ふうん フジコ    タカさんはジャンプ読まないんだっけ。ブリーチとか面白いでー。 隆子     うん。男の子の漫画は読みにくいから。フジコ漫画好きだよね。     うちで読み終わったりぼんとなかよしでよかったら、今度来る時持ってこようか? フジコ    りぼんとなかよしか・・・せっかくやけど微妙やなー。     花とゆめとか、別冊少女コミックとか読まない? 隆子     え? 別冊・・・?         (メモを取ろうとする) フジコ    ええよええよ。タカさんはホンマに真面目やなあ。     言ってみただけやさかい。 (隆子、後ろを向く)     ・・・怒った? 隆子     ううん フジコ    それより、学校、どう?     みんな、かわりあらへんの? 隆子     ・・・うん。 そろそろ夏休みだし・・・期末考査には退院できるんでしょ? フジコ    たぶんね 隆子     よかった フジコ    (ためらってから)・・・ねえ 隆子     何? フジコ    ・・・裕太のこと、なんか 聞いてへん? 隆子     弟さん? フジコ    よく見る? 近所とかで・・・ 隆子     見るかって言われても・・・小学生とは時間も、違うし フジコ    そうやね、それもそうやね 隆子     ? 自分で電話とかすればいいんじゃないの? フジコ    いや、うち電話線ひいてないから 隆子     あっ、・・・ごめん フジコ    いやいやええんやけど。     ・・・なんやもし、気になることあったら教えてぇな。     妹さんにも伝えといて。学年ちゃうけど、同じ小学校やし 隆子     ・・・うん フジコ    体育は今なにやってんの? 隆子     (話が変わったので 少しホッとして)     体育? ええっと、女子はバレー。 男子は・・・何かな、     選択授業の子は野球やってたような・・・・ フジコ    野球かー。 うちの野球部ってめっちゃ強いんやろ?     B組の佐藤健太とか。名前からして野球うまそうやんなぁ 隆子     小学生からリトルリーグの子がいるから フジコ    せやけど腹が立つのはな、ここらの連中みんな巨人ファンやってことや!     (拳を握り、立ち上がる) 隆子     ふ、フジコ? フジコ    せやろ? 大の大人が目の色変えはって、巨人巨人巨人巨人!     寝ても覚めても巨人三昧! あほかっちゅ―話や!     あれだけ金積んで選手集めりゃ、タカさんが監督でも優勝して     当たり前っちゅー話やでホンマ! 隆子     ・・・うちのお父さんも巨人好きみたいだな フジコ    タカさんのお父んはええお人やで!真面目で働き者やわぁ。     うちも、あんなお父ん欲しいわ 隆子     欲しい? ・・・じゃあ、あげてもいいけれど・・・。 フジコ    せや! うちら結婚しよか。 (手を握る)     せやったら合法的にタカさんのお父んをうちのお父んにできるさかいに 隆子     手段が思いっきり非合法よ、フジコ フジコ    とにかく! 原の監督は長嶋よりはいいけれどね、     野球イコール巨人という図式はもう成り立たないのや! 隆子     フジコ、もしかして・・・ フジコ    そのとおり、うちは押しも押されぬ阪神ファンなんやでー! 隆子     ・・・へえ フジコ    あ、タカさん野球あんまり知らへんな? 隆子     サッカーの方が好き フジコ    うちのお父ん、ごっつい阪神ファンなんや 隆子     え、そうなの? フジコ    せやで。なんせ娘に藤色の虎って名前付けるくらいやから 隆子     フジコのコの字って、虎って書くの? フジコ    せやからいっつもカタカナで書いてるんやん 隆子     最初っからカタカナの名前かと思っていたー フジコ    んなわけないっしょ。ウメさんとかカネさんとかと違うんやで?     平成生まれやんか、カタカナはないっしょ、カタカナは!      ・・・とはいえ娘に虎ってつける親父のセンスはホンマに疑うしかないわいなー 隆子     へえ・・・ フジコ    ま、ええんやけどね。あんなんでもたった一人の父親だし。 隆子     ・・・・・ フジコ    (客席の方に壁時計がかかっている設定で。その時計を見る) ・・・時間。 隆子     え? フジコ    時間。そろそろ塾なんやろ。行かないと間に合わへんで 隆子     うん・・・(名残惜しそうに立つ) フジコ    また、来てえな。な? (お見舞いの品を手際よく持って、立ち上がる) 隆子     ・・・うん・・・         フジコ、手を振りながら上手に退場。         隆子、見送る。         少し上を見る(壁時計がある) 隆子     本当だ。もう、こんな時間・・・・。         隆子、立ち上がる。         フジコのいなくなった上手をしばらく見つめてから、退場。         第二幕 8月の夕暮れ            ホリゾン変える。少し紫に。             生徒登場、シルエットだけ。制服。             生徒は声だけテープでも、影絵などで表現してもよい。 生徒1    ええー、河村さん、毎週お見舞いに行ってるの?(声だけでもよい) 生徒2    だって、あの子って、1学期しかいなかった転校生でしょ? 生徒1    さ・す・が、学級委員様は違うわよねー 生徒2    ええっ? どーゆーこと? 生徒1    だーかーらー、アレよアレ。おおかた先生にでも言われて、     点数稼ぎでやってんでしょ 生徒2    へえー。そんなもんかしらねー。よくやるわねえ 生徒1    そんなもんよ。 よくやるわ、本当                     照明戻る。         隆子、下手から登場。         座る。時計を気にしている様子。         本を読み始める。         フジコ、こっそり登場。 フジコ    わっ! 隆子     ああ、吃驚した! フジコ    うそ、あまり驚いてへんかったで 隆子     驚いたわよう。・・・あたし、あまり顔に出ないから フジコ    そうなん? 隆子     そう。 ・・・小学校の時は、埴輪ってあだ名がついてた フジコ    SAGA(エスエージーエー)佐賀〜って人? 隆子     それはハナワ フジコ    埴輪? そのネーミングセンスはちょいヤバイんとちゃう? 隆子     (あいまいに笑う) フジコ    ねっ、ねっ、何よんでるの? 隆子     ハリーポッターの4冊目 『炎のゴブレット』。 フジコ    わあ。 どうなるの、一体。 隆子     自分で読まなくちゃ意味ないよ フジコ    面倒くさいもん。タカさんに聞いたほうが早いし面白いしー。 隆子     フジコったら。 フジコ    だって気になるけど、自分じゃ読まないし。     今回ハリーの初恋とかあるんやろ? ハーマイオニ―と相手ちゃうのん? 隆子     言えません フジコ    はあ〜いけず〜 隆子     ・・・入院、思ったより長引いちゃっているね フジコ    腕の方はほとんどいいんだけどねえー。部屋変えられちゃったしー 隆子     何が悪いの? フジコ    うーん、なんちゅーかね。 うちにもよくわからへんのやけど、     検査終わったら急に家に帰っちゃいかんのやって言われてしもてんー 隆子     駄目なの? フジコ    ああ、気にせえへんといたって!直すためにここにおるんやから!     せやろ? まあ、外科病棟と違ごて、今度の病棟はちょっと重苦しいんやけどなあ 隆子     ・・・・・ フジコ    ああもう! そないな顔せんといたって! な! 隆子     ・・・うん。 フジコ    ・・・それにな。うち、退院してもあの家にはよう戻らんようになるかもしれへんのや 隆子     なんで? フジコ    うん・・・入院の費用、けっこう掛かってしまったさかいにな、     施設の方に入るとかなんとか・・・     ・・・・・ああもう! 隆子     フジコ フジコ    子供はつまらんな! 何にも自分で決められへんねんもん!     早う大人になりたいわ 隆子     ・・・そうだね フジコ    大人になったら、早う部屋借りて、一人暮らしするんや 隆子     一人暮らし? フジコ    せや。 タカさんと一緒でもええよ。     タカさんと一緒って、なんや楽しそう 隆子     フジコと一緒・・・? フジコ    料理とかはウチが作るさかいに、タカさんは大学とか行って勉強して・・・     その代わり、後片付けはタカさんの仕事や 隆子     へえ・・・ フジコ    いややわー! それってなんや、ごっつ新婚さんみたいやね!     自分で言ってて 照れたわー!! 隆子     ・・・そうだね。     子供って・・・つまらないよね フジコ    毎週ここに来るのって、大変じゃ、ない? 隆子     なんで? フジコ    毎週ここに来るのって、塾の前に寄ってくれてるって     言ってはるけど、実はけっこう、大変やろ?     親御さんも・・・嫌な顔、しはるやろ 隆子     ううん。別に。毎日ってわけじゃないし。     ・・・本当は毎日来たいんだけれど。そうもいかないから・・・     火曜日はね。本当に大丈夫なの。     お母さんには委員会に入ってるってことにしてあるから、     塾には七時につけばいいの。ここは6時までだから、ちょうどいいの。 フジコ    へえー。うまくやってんのやなー。     タカさんがウソつくなんて、思ってへんかったわあ 隆子     ・・・てへ。 フジコ    学校、なんかある? 隆子     夏休み中だから、何もないよ フジコ    あっ、そうか! そうやね・・・って、夏休みなのになんで制服なん? 隆子     えっ・・・別に・・・選ぶの楽だし・・・     補習あったし、今日・・・・ フジコ    補習って、必要ないやん。自分 隆子     うん、でも質問したいって言ったら、重森先生が、来てもいいって フジコ    思うんやけど! 学校の先生ってよくない?     夏休みもらえるんやで? 大人のくせに!     宿題無いのに! おかしくない? 隆子     うん、あたしも昔はそう思っていたけど、今日聞いたらそうでもないんだって。     夏休みでも、先生って学校に来てるんですって フジコ    生徒もいないのに何してんの? 隆子     (ちょっと困って) ・・・さあ。 フジコ    ほら! 絶対おかしいやんか! 補習ゆうたかて、そないにたくさん     しはるわけやないやろ? プールとかさ、林間学校とかさ、     絶対遊んではるって、先生! 隆子     そうなのかなあ・・・ フジコ    せや! いいなあ。うちも大きくなったら先生になろうかなあ 隆子     フジコが先生?・・・それって、いいかも フジコ    そう?そう思う? 隆子     思う思う フジコ    そうかー。新しい目標ができたわー。夢袋に入れとこー 隆子     夢袋? 何、それ? フジコ    いや、何と聞かれてもなんやけど・・・     ほら、夢とか目標とか、浮かんだら、覚えとくわけやん。     それを覚えとく脳味噌の場所が、夢袋。 隆子     へええ・・・ フジコ    あっ、いま、こいつアホやなって思ったやろ 隆子     思ってない、思ってない! フジコ    うそやー 隆子     思ってないよ。・・・どちらかっていうと、すごいなあって思ったの フジコ    スゴイ? 隆子     うん。 将来の目標とか。あたしだったら、夢袋なんて、おもいつかないし、     それに、袋に入れるほど、夢なんて、ない。 フジコ    タカさんの夢って? 隆子     だから、ないもの フジコ    夢じゃなくてもさ、こうなりたいっていう目標とかはあらへんの? 隆子     ・・・いい高校入って、いい大学に行って・・・     ・・・そこまでしか、決まってない フジコ    すごいんやんか?それでも 隆子     すごくなんかないよ フジコ    なんで? 隆子     だって・・・お母さんが、いつもやりなさいって言ってることだもん、これ     あなたは、あたしみたいに、つまらない小さな工場の女房で終わっちゃ駄目よ、って・・・ フジコ    ・・・・ 隆子     キツイよね。お母さん、自分で自分の人生、否定してるんだよ?     だからあたしに期待して・・・いい高校、いい大学、いい会社に入って、     たぶん次はいい結婚して・・・ フジコ    女はつまらんな! 結婚したら仕舞いやみたいに言われてもうて!     うちは一生結婚なんかせえへんわ 隆子     ・・・そういうのって、ありなの? フジコ    ありやろー? いまどき子供生んでも満足によう育てられへん大人が     ぎょうさんおるやんか。 あーゆーの見とると、なんや結婚とか家庭とか、     憧れられへんわあ 隆子     ・・・そうかもね フジコ    せやったら、老後は気のあった女友達と一緒に暮すんや。     そっちの方がええと思わへん? 隆子     そうかも フジコ    なあ、そやろ? もしタカさんがずっと独身でおったら、ウチがもろたる 隆子     (笑う) フジコ    なあして笑うかなー。けっこうマジなんやでー 隆子     だって・・・・・ああ、でも、最近笑ってなかったな、笑ったの、久しぶり。 フジコ    夏休み面白くあらへんの 隆子     そんなに面白くはないよ フジコ    工場、大変? 隆子     どこも大変だよ。うちの学校にきてる子はみんな中小の工場の子ばかりだから フジコ    そやね。 不景気はよ終わんかなあ 隆子     巨人が優勝すると景気がよくなるんでしょ フジコ    アホなこと言わへんの。そないな事は迷信! 隆子     迷信? フジコ    せや。真っ赤な迷信や!     逆やで、逆! 阪神が勝てば日本は景気がよくなるんやー 隆子     そうなの? フジコ    そうや。阪神はええで。うちも阪神が勝った時はお父んの機嫌がよくなるもんな 隆子     お父さんと景気って関係ないんじゃない? フジコ    いやいや、大有りでっせー。 でもって、今阪神むっちゃ強いんや!     優勝するかもしれへんのやで! 隆子     野球で優勝すると、どうなるの? フジコ    日本一を決めるために、セ・リーグの覇者と戦うわけや! 隆子     へえぇ フジコ    セ・リーグは多分王監督率いるダイエーがやってくるわけや。     そして戦う頂上決戦! 隆子     詳しいねえー フジコ    まあね 隆子     選手とかで、好きな人っているの? フジコ    今年の阪神はマジ最高やからねえ・・・今岡、金本、赤星!     全員好きなんやけれど、ま、敢えて言えば片岡かいな 隆子     カタオカ? フジコ    ああっ、やっぱ知らんよな! 通だとここで、「おっ、渋い趣味だねっ」って     くるんやけどなー     日ハムから移籍したはいいが鳴かず飛ばずの一年目、徹底したフォーム改造で     やっとつかんだ2年目のチャンスを生かしまくりのこの活躍っぷり!     苦労人! 努力人! おお片岡! くぅうっ!なんとも言えんわ! 隆子     ・・・ごめん、やっぱわかんないや フジコ    (我に返る) いやいや、タカさんが謝ることとちゃうって     ちょっと熱くなってしまいましたわ 隆子     好きなことがあるって、うらやましいな フジコ    好きなこと、ないの 隆子     ・・・ないな フジコ    だったら、好きなこと、つくればいいやんか 隆子     そうかな フジコ    そうだよ 隆子     ・・・うん         フジコ、時計に気がつく。         隆子も気がつくが、視線をそらす。 フジコ    タカさん、そろそろ・・・ 隆子     ・・・うん         隆子、立ち上がる フジコ    またな 隆子     うん。またね フジコ    新学期始まったら、忙しくなるんでしょ 隆子     わかんない フジコ    また。 隆子     うん・・・またね         隆子、何か言いたそうにしている。         フジコ、早く行けとジェスチャー。 隆子     今度、あたしも・・・ フジコ    え? 何? 隆子     今度、あたしも、阪神応援してみる!         隆子、叫ぶように言って、その後恥かしそうに走り去る。     第三幕 9月の夕方             フジコ、退場する。             ホリゾン変化。             生徒1・2はセリフだけ。             別にテープ吹き込んでおけばよい。 影絵でシルエットも可。 生徒1    ねえ、新学期委員長来たじゃない 生徒2    そうね。来ないかと思ってた 生徒1    先生にはひいきされてるからねー、河村さん 生徒2    出来はいいからね、あの子 生徒1    本当。こんな工場街には珍しい秀才ってやつなんでしょ 生徒2    あたしたちのことなんて、最初から見下しているって感じよね             照明もどる。1・2幕より更に赤みがかったホリゾンで。         隆子せかせかと入場。         上手からフジコが落ち着いて入ってくる(フジコ上着)と、         駆け寄って肩を揺さぶる。 隆子     フジコ、フジコ! フジコ    何、どーかしたんかいな、そないに血相変えはって 隆子     裕太君が、裕太君が・・・ フジコ    知ってるって。ただの火傷やさかい、心配しなさんな 隆子     でも・・・!ひどいんでしょう? 随分・・・! フジコ    大丈夫やて。同じ病院に入ることになって、驚いたけれど、     ・・・大丈夫やて。     落ち着いて、座りーな。・・・な? 隆子     背中に火傷って・・・なんで・・・? フジコ    ・・・・・一人でお湯を沸かそうとしていたら、手が滑ったんやて 隆子     ・・・うそ フジコ    本当だって。なんでうちがタカさんにウソ言わなあかへんの 隆子     手を滑らせて落ちたヤカンで、どうして背中に     救急車呼ばなくちゃならないような火傷するのよ! フジコ    ・・・あの子、ドジだから 隆子     フジコの腕もよ! 運動神経のいいフジコが、どうして階段で転んで骨を折るの? フジコ    タカさん 隆子     おかしいでしょ! どう考えても変じゃない!     フジコはなんでいつも怪我ばかりしてたの?     お医者さんはどうしてフジコを家に帰そうとしないの? フジコ    ・・・タカさん 隆子     学校の先生は知っていたんでしょう?     だから、フジコが学校に来れないでいても何も言わなかったんでしょう? フジコ    ・・・・・ 隆子     なんで黙っているの? なんで我慢してるの?     フジコのお父さんもお母さんも両方そうなの?     なんでなの? 自分の子供なのに、なんで・・・?! フジコ    ・・・・・・         隆子、泣き崩れる。 フジコ    ・・・父親に向いていない人、っていうのもおるんや         フジコ、屈んで隆子の背中をさする。 フジコ    お父んも可愛そうな人やったから 隆子     ・・・・・ フジコ    大丈夫やから。     ・・・裕太は、児童相談所が預かってくれることになってるから。 隆子     ・・・あたし・・・あたし、何もできない・・・ フジコ    当たり前やん。そないなことタカさんが気にせえへんでええことやんか     うちは・・・タカさんが、こうやって来てくれはるだけで、・・・助かってる 隆子     フジコ・・・ フジコ    誰かのためにいられるって感じられると、人間って、結構生きていけるもんやで。 隆子     あたし、フジコのためになってるの?     フジコのために、いてもいい? フジコ    じゃあ、うちもタカさんのためにおって、ええ? 隆子     ・・・(頷く) フジコ    タイガースが・・・ 隆子     え? フジコ    阪神タイガースが・・・     もし、阪神タイガースが、このまま、18年ぶりに優勝したら・・・ 隆子     うん フジコ    そのときは、きっと上手くいく。     全部、全部うまくいくって、そう決めよう 隆子     それも、夢袋にいれるの?         隆子、べそかきながら、笑う フジコ    せや。夢袋に入れるんや。 隆子     優勝するかな、阪神 フジコ    するよ。奇跡だって、・・・おこるよ。     阪神さえ優勝すれば、お父んかてお酒を止められるだろうし、     仕事も今度こそ続くと思うんだ     ・・・あんなんでも、たった一人の父親だし。 隆子     日本の景気もよくなって、うちの工場もうまくいくかな フジコ    いくよ、きっと 隆子     ・・・うん         隆子、立ち上がる。時計に気付く。 隆子     今日は・・・もう、行かなくちゃ フジコ    うん 隆子     いきなり来て、ごめんね フジコ    ううん 隆子     裕太くんに・・・よろしく伝えておいて。     今度は裕太くんとこにも、お見舞い行くから フジコ    うん             隆子、退場。 ヒグラシの声。             フジコ、隆子を見送ってから、ゆっくり退場。         第四幕 10月の夕方             ホリゾン変化。 生徒1    ねえねえ、知ってた? 生徒2    ああ、聞いた聞いた! 小学校で緊急保護者会だって言うじゃない! 生徒1    1学期にいた転校生・・・ 生徒2    お父さん、捕まったんだってね。ギャクタイ? 生徒1    テレビやってたじゃん 生徒2    学校とかさ、ボカシ入ってたけど、バレバレだっちゅーの 生徒1    そうそう。 生徒2    でもさ、まいったよね。うちの親なんか犯罪者の子が同じクラスでいいのかって 生徒1    ああ、うちも言ってた 生徒2    でも、どうせまた転校するでしょ 生徒1    いられないよね 生徒2    うん。フツー、いられない             生徒たち、退場。             フジコ上手から登場。時計を気にしている。             ホリゾン。紫色に変化。 照明戻る。             下手から隆子。フジコに駆け寄る。             隆子冬服。 手紙、握りしめている。 隆子     フジコ! フジコ    ああ、タカさん、来てくれはったんや 隆子     当たり前でしょ? こんな・・・こんな手紙貰ったら! フジコ    間に合うとは思ってへんかったさかいに・・ 隆子     馬鹿 フジコ    ほなら、そこに書いたとおりや 隆子     ・・・本当に? フジコ    しょうがないもんな。・・・お母んについて、またどっか行くわ 隆子     だって・・・! フジコ    これ、社会の先生に返しといて(本を出す)     それから、これ、ノート。えらいおおきにな 隆子     フジコ! フジコ    うち、東京の学校、けっこう気に入っていたんやで 隆子     ・・・フジコ・・・! フジコ    ・・・裕太の怪我で、お医者さんが警察に通報したらしいんや。     うちも話聞かれてな。・・・うちだけやったら我慢するけど、     裕太が怪我するようやったら、・・・やっぱり、・・・駄目やろ 隆子     東京に、いようよ・・・一緒に、いよ? フジコ    いたいけどなあ。うまくいかひんもん 隆子     ・・・なんで フジコ    お母ん、一人じゃ何もようせえへんもんな 隆子     でも、フジコたちを守ってくれなかったお母さんなんでしょ? フジコ    ・・・あんなんでも、親やねん     あの人、ほっといたら死ぬからな 隆子     ・・・ フジコ    タカさんは、いっつもうちの代りに泣いてくれはるんやなあ 隆子     あんたは、馬鹿よ、フジコ フジコ    せやな 隆子     一緒に暮らそうよ フジコ    せやな 隆子     早く、大人になろうよ フジコ    せやな 隆子     きっと、みんな上手くいくんだから フジコ    せやな 隆子     阪神だって、きっと、・・・きっと、優勝するんだから フジコ    せやな 隆子     ・・・・・ フジコ    ごめんなあ 隆子     ・・・? フジコ    ホンマは、タカさんもぎょうさん言いたいことあったんやろ?     いつも、うちばっかりっしゃべくりまくってて・・・     うちら、実はあんまりちゃんと話してなかったのかもしれへんね 隆子     ・・・・・ フジコ    ほな・・・行くわ 隆子     駅まで・・・駅まで、見送っちゃ、だめ? フジコ    あほやな。 夜逃げやて書いておいたやろ。夜逃げっちゅーもんはな、     後から調べられないように、こっそりやるもんなんや 隆子     ・・・ フジコ    ホンマおおきにな。タカさんのおかげで、うち、初めて友達できたわ 隆子     ・・・あたしだって・・・ フジコ    せやったら、うちのぶんまで学校行ってーな。 隆子     フジコ・・・ フジコ    大丈夫や。     タカさんが元気で、東京におってくれはるって思うだけで、     ・・・うち、大丈夫になれる。         壁時計の鐘の音。 フジコ    (二人、壁時計を見る)・・・時間やわ・・・もう、行かな 隆子     さようなら フジコ    ほな、な         フジコ、ゆっくりと退場。隆子、立ちすくむ。照明変換。         隆子にピンスポ。 背景徐々に赤く。     タイガース優勝の実況放送。(最初は音量を絞る)             テープにふきこんだものでよい。 隆子     ・・・頑張れ、頑張れ・・・     (徐々に力強く。)     頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ・・・・     負けないで、逃げないで・・・・     ・・頑張れ。 ニュース    ・・・タイガース、優勝です! 阪神タイガース、悲願の優勝を決めました!                     音量下がる。 隆子     (顔を上げて) 大丈夫、きっと、大丈夫。     全部うまくいく、全部・・・。     タイガースが、タイガースが、優勝するんだもん。     きっと!     きっと、全部、うまくいく!                 タイガース優勝の歓声。音量上がる。         フジコ、上手から。シルエットだけでもよい。(セリフのみでもよい)         セリフ、というより手紙なので、最初は隆子の声とかぶせてもよい。             星球、光始める。 フジコ    ・・・タカさん、お元気ですか。 やっとお手紙かけたわあ。 の手紙    今、詳しくは書けないいんやけど、新潟県の大きな中学校に通っています。     新潟は空が奇麗です。 裕太は最近よく笑います。     お母んはやっぱり大変だったけれど、今は落ち着きました。     家族三人だと、とても落ち着きます。     なあ、阪神優勝したな!うちの言ったとおりだったやろ。 テレビとか見てましたか。     ・・・それにしても、新潟は空が奇麗です。東京に較べると、馬鹿みたいやで。     星空とか見ていると、時々こう思います。     同じ空の下に、タカさんがいるんやなあって。     この空も、この足元も、タカさんの場所に、つながってるんやね。     ・・・また、 お手紙書きます。 元気で。 うちらは元気でやってます。 隆子     一人だけど、一人じゃない。     同じ場所じゃなくても、・・・同じ場所じゃなくても、つながっていて、     誰かのためにいられる、って感じられる。     もう、あたしは大丈夫。     ・・・生きて、いける。     大丈夫。 ニュース     繰り返しお伝えします。 タイガース優勝、タイガース優勝です。     悲願の18年ぶり、阪神タイガースが優勝しました。     日本各地からの映像をお送りいたします・・・     大阪道頓堀では淀川に飛び込むファンの姿に・・・・                 タイガース優勝のアナウンス。音量上がる。             ホリゾン真っ赤に変化。隆子シルエットになるように。             歓声の中、ゆっくりと幕。