『myself 』(中部大会バージョン)  一九九五、一二、七           作・玉 村  徹           脚色・羽水高等学校演劇部 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】 美加(演劇部部長) 翔(同部員) 朋子(同部員) 神 -------------------------------------------------------------------------------- 第一場      舞台は暗い。      神のナレーション。   「はじめに神が『光よ、あれ』と仰せられた。すると光が生まれた。神はこの光を昼と名付け、闇を夜と名付けられた。これが一日目のことである。    ついで神は大空を作り、その大空を天と名付けられた。これが二日目のことである。    さらに神は乾いたところを地と名付け、水の集まったところを海と名付けられた。これが三日目のことである。    神は太陽と月と星々を造られた。これが四日目のことである。    神は『水は生き物がむらがるようになれ。また、鳥は地の上天の大空を飛べ』と仰せられた。それで神はすべての水の生き物と、すべての鳥を創造された。これが五日目のことである。    神は『人を造ろう。そして彼らに海の魚、空の鳥、家畜や獣を支配させよう』と仰せられた。そして人が生まれ、神の造られた楽園、エデンに暮らすようになった。これが六日目のことである。    こうして天と地のすべてが生まれ、神はそれを祝福された。これが七日目のことである。    ・・・・そして、物語は八日目に始まる。それは人間の時代、絶望と希望が渦巻く時代であった。」      遠くでサイレン。爆撃機の近づく音。焼夷弾の落ちる音。「待避、待避!」「頭引っ込めろ!」「水だ、水!」大音響、一転して静寂。      倒れている佐代子。 佐代子(美加)  ・・・よしこ・・・はなえ・・・みんな大丈夫?・・・聞こえないのかな・・・なんで真っ暗なのよ。      佐代子、体が動かない様子。かろうじて首が少しあがり、右手が少し動く。 佐代子  先生? 中山先生? やだ・・・どうして返事してくださらないんですか。そこにいらっしゃるんでしょう。先生! 何かおっしゃってください。・・・いらっしゃらないんですか。みんな、みんな!    落ち着け、落ち着け、佐代子。こういうときには慌ててはいけない、先生もいつもおっしゃっていたじゃないの。すぐに慌てふためくようではいけない、君たち未来を担う小国民は、いつも沈着冷静であれ。そうでなければ、お国のために働くことはできない・・・沈着冷静だ。冷静。    とにかく、落ち着いて、静かにしていよう。 神  ここにはもう誰もいない。 佐代子  え? 神  ここにはもう誰もいない。 佐代子  なんですって? 神  この防空壕に逃げ込んだ人間たちは皆、鉄とコンクリートに押しつぶされて死んだ。 佐代子  ・・・いったい、あなたはどなたですか。 神  お前。 佐代子  え? 神  お前は、水島佐代子、桜台女学校中等部二年、だな? 佐代子  は、はい。 神  水島佐代子は、一九四五年六月二五日・・・つまり今日、この防空壕で、一人空襲を生き延びるが、救出間に合わず窒息して死んだ、・・・ということになっている。 佐代子  な・・・! 神  そろそろ息苦しくなってきたのではないか。お前は、もうすぐ、窒息して、死ぬのだ。 佐代子  (咳をする)し、信じません、そんなこと。きっと今に・・・ 神  この街は、マニラを飛び立ったB二九爆撃機三〇機による絨毯爆撃を受けた。数千発の焼夷弾、数百発の二〇〇キロ爆弾・・・お前がこうして未だに生きているほうが奇跡と言うべきだろうな。 佐代子  あなたは・・・あなたはいったい誰なんですか? 神  神とでも悪魔とでも、好きなように呼ぶがいい。 佐代子  神・・・悪魔・・・ 神  どちらでも同じことだ。要は、私がお前たち人間の運命を支配する存在だということ、それだけだ。 佐代子  ・・・私は本当に死ぬんですか。 神  死ぬ。 佐代子  私・・・私が、本当に・・・死ぬ? 神  これは運命なのだ。 佐代子  そんな、そんな・・・私、まだ何もしてない。もっと勉強してたくさん本を読んでいろんな人にあって活動写真見ておいしいものも食べて・・・ 神  これは運命なのだ。 佐代子  この戦争が終わったら、私、舞台でお芝居をする人間になりたいんです。お母さんは反対してるけど、楽しくて、みんなを幸せにするようなお芝居をいっぱい作って、日本中を旅して回って・・・ 神  これは運命なのだ。 佐代子  だって、だって、どうして私が! 神  これは運命なのだ。 佐代子  ・・・イヤだ・・・イヤです。そんな運命、私は・・・認めません。 神  認めない? 佐代子  私、あなたなんかに負けません。 神  ほほう、おもしろいことを言う。 佐代子  私には・・・私には夢があるんです! 神  夢、だと? 佐代子  私はあなたなんかの思うとおりにはなりません。 神  思うとおりにはならない、だと?      突然の雷鳴、地響き。神の怒りであるが、もちろん、本気の一〇パーセントくらいのもの。でも、佐代子にはものすごい衝撃である。 神  夢だと! 佐代子  そうです!      再び大音響。はいつくばる佐代子。      ふいに静まる神。肩をふるわせている。怒りではなく、笑いである。声を殺して笑っているのだ。やがて顔が上げられて、笑い声が声になる。 神  は、は、は、は、・・・おもしろい、おもしろいな、娘よ。こんなに愉快なことは一〇億年ぶりだろうかな。 佐代子  ・・・・。 神  娘。 佐代子  は、はい。 神  私と賭をしてみないか。 佐代子  賭? 神  宇宙をしろしめす法の天秤のこちらの皿に、私自身、すなわち運命。そしてもう一つの皿にはお前の夢。 佐代子  運命と私の夢・・・ 神  そうだ。運命とお前の夢と、どちらが重いか、それが賭だ。どうだ、試してみるか。 佐代子  でもどうやって。 神  お前に新しい命をやろう。 佐代子  それは、つまり。 神  お前はもう一度、新しい人生を生きることになる。 佐代子  ・・・嘘。 神  神は嘘などつかぬ。だが。 佐代子  だが・・・なんです? 神  だが、新しい人生の中で、お前の中の、その「夢」とやらが、もし「運命」に勝てなければその時は。 佐代子 その時は? 神  お前は、再びこの防空壕に横たわっている自分を見いだすだろう。 佐代子  そんなこと、絶対にありません。絶対に。 神  この世に絶対といえるのは運命だけだ。 佐代子  ええと・・・ 神  なんだ、娘。 佐代子  ありがとうございます、神様。 神  は、は、は、・・・全くお前たち人間ときたら・・・まあいい。   時は来た。世界よ、いまこそ、その秘密の扉を開くがいい! 第二場      照明あがる。      美加、起きあがってもんぺを脱ぐ。大丈夫、下はトレパンです。神は衣装をとって、翔がやってたことにする。 美加  ・・・という話なんだけど。 朋子  照れちゃうな、なんだか。 美加  なに、朋子? 朋子  いやその、なんだ、美加ってば、リキ入ってるねー、今回。 美加  そんなことないって。 朋子  いやいや。・・・だいたい、あれ、聖書でしょ?・・・聖書の朗読から劇を始めるなんて、凝ってるじゃないのさ。あんなの読んでるわけ? 美加  まあね・・・だって、今度が最後の公演になるでしょ? あたしたちも来年は三年生なわけだから。 朋子  そっか。・・・美加、演劇部部長のおつとめ、ご苦労様でした。   で、この続きはどうなるの。 美加  ええとね、戦争反対、みたいな線も考えたんだけど、ここは一つ、意外な展開ってことで、主人公は現代の高校生として生まれ変わるのよ。 朋子 つまり、あたしたちみたいな? 美加  そ。五〇年後の未来の日本は、平和で豊かな時代を迎えていた。それは、確かに彼女が望んだ人生だったの。 朋子  ところが! ・・だろ。 美加  うん。ところが・・・。    私ね、おじいちゃんがいて、よく遊びに行くんだけど、そのたびに言われるのね。     (福井弁で)「昔は、こんなんやない、うらら、人情ってもんがあったんにゃ。ほやけど、どうや、このごろは。いじめやら受験戦争やら、世の中変ななってもたんにゃろか。」 朋子  おじいちゃん、ほんな愚痴ばっかゆうてえんと、お茶でものみねま。 美加  深夜のコンビニに集まる、うつろな目の若者たち。白い杖を押しのけて流れる無表情なサラリーマンの群。そしてそれらすべてを飲み込んで生き続ける都市という名前の巨大な魚。・・・でも佐代子は、この現代を一生懸命生きていくの。勉強して、恋をして、舞台俳優を目指すその夢を追い続けて。そんなひたむきな彼女の姿は、いつか、まわりの若者たちの醒めた生き方を変えていく。そしてみんな、すこうしずつ、すこうしずつ、自分の足で歩き始めるの・・・・それぞれの夢に向かって。おわり。 朋子  おわり? 美加  そ。おわり。そんでもって、万雷の拍手とさわやかな感動につつまれて、文教会館の緞帳はゆっくりと降りていくのよ。 朋子  うーん・・・。 美加  あれ? 気に入らない?・・・・あ、ご苦労様、翔。 翔  (衣装を始末してきて)う、うん。 美加  なに、元気ないじゃない。どーしたの。 翔  え? そんなことないよ。で、何の話さ。 美加  本当? ・・・それがさ、朋子がね・・・ 朋子  ・・・わかったあ、あれが足りないんだ! 翔  へえ? 美加  なによ、あれって。 朋子  えとね、主人公が勝利をつかむまでにはさ、しなくちゃならないお約束ってのがあって、・・それがないんだよ、美加の脚本には。 美加  なに、そのお約束って。 朋子  それはね、・・・・特訓だよ、特訓。 翔  特訓? 朋子  「巨人の星」だったら星一徹父ちゃん、「サインはV」とか「エースをねらえ!」だったら鬼コーチ、みたいなのがさ、「俺の辞書には児童福祉法だの、体罰禁止だの、そんな軟弱な言葉はなーい!」てな感じでむっちゃくっちゃな特訓をするじゃない。でも、それでドラマが盛り上がるんだよ。 翔  星一徹父・・・ちゃん? 美加  サインはV? 朋子  あのエックス攻撃には燃えたよねえ。 美加  朋子って本当に同い年なの? 翔   こいつほんとに同い年なのか?      ハモって思わず顔を見合わせる。 朋子  主人公たる者、もっと苦労しなくちゃいけないよ。もんのすごい障害に直面させて、それを乗り越えて・・・もちろん簡単に乗り越えちゃ駄目。特訓に次ぐ特訓、血のにじむような努力を富士山よりもチョモランマよりも高く積み上げてこそ、ドラマは感動のフィナーレを迎えるのよ。 翔  はあ・・・。 美加  特訓ねえ・・・。 朋子  ね、ね、今度はさ、あたしの考えたの、やってみてよ。ちょっと考えてるのがあるんだ。 美加  へえ、朋子が。珍しい・・・って、ごめんね。 朋子  そりゃなんたって、公演はクリスマスイブだって言うじゃない。払う犠牲は大きいんだから、・・・ああ、クリスマスデートは今年も夢で終わるのね。 美加  相手いるの、相手。 朋子  一組のシンタロウ君。手ぇだしたら殺すぞ。 美加  えー? あれ? あのあだ名が短足オヤジっていう、あれ? どっこがいいわけ、あれの。 翔  美加、いくらあれがあれだからって、あれなんて言っちゃ悪い・・・ 朋子  ・・・訳はね、他にライバルがいないとこ。 美加  あ、あの。 翔 あ、あの。 ふたたびハモる。 朋子  とにかく! やるの。あたし、燃えてんだからね。 美加  で、どういうの、朋子の劇。 朋子  ファンタジックでロマンチックで、みんなに夢を与える、そんな劇。ちなみにネタはおとぎ話から取りました。題して、「白雪姫・怒りの逆襲!」   スタート! 美加  はいはい・・・いこ、翔。 翔  うん・・・夢ねぇ・・・。 美加  なんだか元気ないのよねー。 朋子  昔々、ある国に、白雪姫というそれはそれは不幸な女の子がおりました。しかし! 彼女はその過酷な運命に、決してくじけたりはしなかったのでありまーす。 第三場      舞台はみんなで動かす。暗転にはしない。舞台は森のこびとの家。      配役は、白雪姫・・美加      王子・・翔      森のこびと・・朋子      白雪姫は着替えが大変だろうけど、こびとも大変。舞台をあけておくわけにはいかないから、白雪姫、すまんが舞台上で着替えてくれ。      音楽はもちろん、「ハイホー」である。 こびと  (舞台そでから、姿は見せず)白雪姫! 白雪姫! ええい、面倒だ、シロ! シロ! 掃除は終わったのかい! 白雪姫  はあい! 今、しようとしてたとこで・・・      まだここらへん、着替え中です。 こびと  あんまり怠けてばっかいると、晩飯抜きだからね。働かざる者食うべからず、だ。 白雪姫  これからするとこですってば。・・・よおし、こんなもんかな。ええと、箒、ほうきと。・・・げ。      こびと出現。朋子が左右に3人ずつ、人型を抱えている。 白雪姫  あんた、何。 こびと  何って、7人のこびとじゃないの。 白雪姫  ・・・あんたも大変だねえ。 こびと  そりゃお互い様でしょ。 白雪姫  うちの演劇部も、もう少し新入部員が入ってくれてれば・・・ こびと  お裁縫の上手な部員もね、部長。 白雪姫  苦労をかけるねぇ、おまえたち。 こびと  おとっつぁん、それは言わない約束よ。 王子  なにごちゃごちゃやってんの、さっさと・・・はあ。 こびと  これでも時代考証はちゃんとしてんだよ。 白雪姫  部長のあたしがふがいないばっかりに・・・ 王子  おとっつぁん、お粥ができたわよ。 こびと  とにかく!・・・シロ! 白雪姫  なんでしょう。 こびと  なんだいこの掃除の仕方は。 白雪姫  私一生懸命お掃除しました。 こびと  口答えするのかい。「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ」の危ない継母に殺されかけて、いくあてもなくこの森の中をさまよっていたお前を助けてやったのはいったい誰なんだい。 白雪姫  それは・・・みなさんです。 こびと  だったらもっと心を込めて、この部屋の掃除をするんだよ、いいかな? 白雪姫  ・・・はい。 こびと  それから、表にはもう3日も洗ってないくっさい靴下が二一足と、皮をむかなくちゃならないジャガイモが1トン、ついでに換気扇の油汚れと湯飲みの茶渋をきれいにしておくんだ。わかったな。 白雪姫  はーい。      こびと、ふたたび「はいほー」で退場。      白雪姫 空を見上げて、独白。 白雪姫  今はこんなにさびしくて、涙も枯れ果てて、もう二度と笑顔にはなれそうもないけど、・・・いいえ、私には夢がある。私の胸の中に、小さくても力強く燃えるこの夢があるからには、私はけっしてあきらめない。 王子  で、君の夢ってなに。 白雪姫  やっぱ夢っていえば、王子様よね。この苦しみを乗り越えてレベルを上げて、いつか、そう、いつか、素敵な王子様に巡り会って、幸せな一生を送る、・・・・これに決まってるじゃない。そんなこともわかんないの、馬鹿ね。 王子  なるほど、僕は馬鹿な王子ということか。 白雪姫  そうよ、あんたは馬鹿な王子よ・・・って、げげ。 王子  君が僕なんかよりずっと賢い別の王子と巡り会えることを祈ってるよ。 白雪姫  あなたがでてくるのはもう少し先じゃなかったっけ? お話だと、継母の毒リンゴを食べた私が一度死んでしまって、悲しいお葬式をこびとさんたちがしているところへ、あなたが偶然通りかかって・・・ 王子  なんて美しい人なんだ! 白雪姫  っていって、私の唇に熱いキスを(しかし王子によけられる)。 王子  偶然じゃないんだ。 白雪姫  へ? 王子  出会ったのは偶然じゃないんだ。お話にはでてこないけど、僕はちゃんと事前に下調べをしてたわけ。 白雪姫  下調べって、どういうこと? 王子  仮にもキスしようっていうんだよ。そんでもってその後結婚までしようってんだよ。だったら相手の女性がどんな人か、ちゃんと調べておくってのはあったりまえの話じゃないか。 白雪姫  まあ、それはそうね、そうなんだけど・・・なんか違う。 王子  ええとね、ここに調査用紙があるから・・・はい、ボールペン。 白雪姫  はあ。 王子  一〇〇点満点で、八〇点以上なら妻として正式採用、七九点以下六〇点以上なら愛人関係、五九点以下四〇点以上なら城の召使い、三九点以下の赤点だったら・・・・ 白雪姫  赤点だったら? 王子  またのお越しをお待ちしています。 白雪姫  あのねー・・・なになに、    第一問「あなたのうちの家柄は?」・・・楽勝楽勝。この国の王族です、と。どう、この答え。 王子  ピンポンピンポンピンポン。 白雪姫  第二問「あなたの学歴は?」・・・最終学歴? わたしゃ姫だよ、姫。んなものあるわけないでしょが。なし、と。 王子  ヒュルヒュルヒュ〜。 白雪姫  ちょっと。 王子  だって、学歴なしなんて、ねぇ。 白雪姫  馬鹿いってんじゃないわよ。学校なんて、訳のわかんない授業聞かせて、あとから訳のわかんないテストしてるとこじゃない。 王子  馬鹿いってんのは誰かな。舞踏会でお客様になんて言うの。   「妻はベンキョが嫌いで学校はでてませんけど、人間性はいいんです」・・・んな外聞の悪い。 白雪姫  ふん。第三問「あなたが有している資格、特技を書きなさい」・・・うーん・・・・。 王子  なんかないの? ・・・たとえばワープロ検定とか簿記とか・・・そうだ英検は? 準二級以上だったら5ポイント、プラスされるんだけど。 白雪姫  そんなの・・・・ 王子  ないの? なんにも? ほんとに? 白雪姫  うん・・・ 王子  いったいなにやってたの、今まで。漫画とかファミコンとかで無駄に過ごしてたんじゃないの。      いつのまにか、そこは職員室になっている。王子は先生、姫は入試を控えた受験生である。衣装はそのまま、王子は出席簿を持つくらい。 先生(王子)  そんなんじゃ、推薦書かけってのが無理だろう。そりゃできるもんならしてやりたいさ。だけど、書くことがなあんにもないっていうんじゃなあ。 生徒(白雪姫) でも。 先生  でも、なんだ。 生徒  部活動は一生懸命やりました。 先生  部活動? ああ、お前、演劇部だったよな。で、なんだ、大会でなんか賞でもとったか。 生徒  いやあ、これっていう賞は。 先生  じゃ駄目だ。 生徒  でも先生! 先生  なんだ。 生徒  私には夢があるんです。 先生  夢だと。 生徒  私、舞台でお芝居をする人間になりたいんです。お母さんは反対してるけど、楽しくて、みんなを幸せにするようなお芝居をいっぱい作って・・・だから演劇科のあるこの大学に入りたいんです! 先生  夢なんてのはな、子供が見るもんだ。 生徒  でも、でも。      先生、立ち上がって王子様になる。 王子  それでは、またのお越しをお待ちしています。 白雪姫  でも、でも、待って、王子様! 第四場      立ちつくす美加。舞台の反対側で話す朋子と翔。 朋子  なぁんでなんで、あたしの白雪姫が三年B組金八先生になっちゃうの。 翔  ごめん。 朋子  好き勝手に変えてくれちゃって・・・ま、あたしはいいけどさ? 翔  ・・・ごめん。 朋子  で、なにがあったわけ。ちゃんとおねーさんに話してごらん。 翔  うん・・・ね、朋子、今度が最後の公演になるよね、みんなそろってやれるのはさ。 朋子  誰かとおんなじことを言う・・・。 翔  今度のクリスマス・イブの公演・・・それはいいんだ。それはさ・・・でも、その後は? あたしたちも来年は高三、受験生だ。夢だのロマンだのって言っていられなくなる。 朋子  ふうん、なるほど。 翔  夢って、見てるうちは楽しいけど、醒めればもっと厳しい現実が待ってんだよ。だから、あたしたちは、もう、目を覚まさなくちゃ・・・。 朋子  で、翔君としては、なにを始めようってわけ? 翔  とりあえず、勉強かな、やっぱ。冬期講習、申し込んで・・・。 朋子  「強シェイはしない。お前たちの自主シェイにまかシェる」って、鈴木先生が言ってた、あれ? 翔  うん。 朋子  勉強さえすれば、幸せな未来がつかめるって思うわけだ? 翔  そ、それは、わかんないけど・・・。 朋子  そいで、夢やロマンとはもうサヨナラってわけ? ・・・なんだか、とってもカンタン、だねぇ。 翔  だって、仕方ないじゃない! 朋子  (声を変えて)・・・サヨナラしなくちゃ死ぬってわけでもないだろうに。 翔  え?     美加、顔を上げる。 美加  ・・・いいじゃない。 朋子  へ? 美加  いいじゃない、翔。わかるよ、あんたのいうこと。 翔  ・・・。 美加  やっぱ夢とか希望とかだけじゃ生きていけないし。だったら演劇なんかしてる場合じゃないよね。うん、翔の気持ちよくわかる。現実をもっと見つめなきゃ・・・そうだよね、さすがは翔・・・。 朋子  それは違うんだよ、美加。・・・美加? 翔  ・・・あ、あたし、今日は帰るよ。 美加  待って。 翔  え? 美加  もう少しだけ、協力してくれない? 翔  だって、あたしは。 美加  そろって劇をするのも、これが最後・・・もう少しだけ。もう少しだけ、つきあってよ。・・・お願いだから。 翔  わかったよ・・・で、どういうの? 美加  ありがとう。・・・翔はね、学校の先生。それから朋子は、私のお母さん。私はそのまま高校生にしようかな。場所は・・・北校舎の屋上。 朋子  屋上? 何でそんなところに。 美加  時間は午後五時頃、そろそろ夕闇が街中に手を伸ばし始める頃。人々は家路を急ぎ、あるいは夕食の準備に追われている。それは確かにぬくもりと優しさの風景だ。しかし、中にはその風景に背を向けて、一人、暗い道を歩き出す者もいる。例えば今、この高校の、校舎の屋上の手すりを乗り越えようとしている少女が、そうだ。 第五場      ビルの屋上。暗い。人物にだけ照明。      配役 自殺志願の少女/佐代子・・・美加      先生・・・翔      母親・・・朋子 先生  おーい、やめるんだ。早く降りてきなさあい! 母親  先生! うちの、うちの佐代子は。 先生  ああ、お母さん。大丈夫、佐代子君は無事です。ですが、今、あそこに。 母親  佐代子ちゃーん! お母さんですよ。もう大丈夫、私が来ましたからね、さあ、佐代子ちゃん降りていらっしゃい。 佐代子  お母さんなんか呼んで・・・。 母親  なんて、なんてことでしょ! 佐代子! 佐代子! 先生  いったいどういうわけだ、お前みたいな・・・。 佐代子  いい子が、ですか。 先生  ま、まあ、そうだが・・・いったいどういうわけなんだ、これは。 佐代子  まず、私はいじめにあっているわけではありません。神に誓って本当です。それから成績がふるわないことを苦にして、というわけでもありません。もちろん失恋でもないし、実はガンで余命幾ばくもないっていうのでもありません。突然発狂したということも、たぶんないんじゃないかな。 先生  ふざけるな。それじゃ原因がないじゃないか。 母親  きっと私がいけなかったんです。家庭に対する不満、これです。ごめんなさいね、佐代子。お前のお気に入りの花柄のスカート勝手にはいて同窓会に行ったことだろ。 佐代子  違うよ、お母さん。そんなことで自殺なんかしないよ。 母親  じゃお前が買ってきたプッチンプリン三パック一九〇円、全部だまって食べちゃったことかい。 佐代子  お母さん! あれやっぱり。 母親  ああ、ごめんよお。 佐代子  まったくもう・・・でも違うよ。そんなんじゃない。 先生  佐代子! いったい本当の理由は何なんだ。もう話してくれてもいいだろう。 佐代子  先生、おとぎ話はお好き? 先生  今度は何だ。 佐代子  昔々、普通という名前の国の、ありきたりという町に、平凡という名前の女の子がおりました。    ある日、娘はお母さんに言いました。そうしたらお母さんはこう答えました。 母親  そうね、役者になるっていう夢はとってもすばらしいと思うわ。でも、あなた、生活はどうするのかしら。俳優しておられる方で安定した収入のある方って少ないんじゃないのかしら。違うの、違うのよ、佐代子ちゃん。お母さんはね、演劇の道に進むことがいけないなんて言ってないの。お母さんも劇は好きよ。若い頃はお父さんとよく見に行ったもんだわ。劇が終わると決まっておとうさんたら、うふふ・・・ううん、そうじゃなくて、だからね、お母さんは、もう少しあなたの人生を大事にして欲しいって言ってるだけなのよ。 佐代子 そこで、女の子は、堅実に勉強をすることにしました。実のところ、ちょっと自信もなかったし。    そしてある日、女の子は先生に言いました。そうしたら先生はこう答えました。 先生  ドンドコ大学か。確かにあそこはいい大学だ。でもな、これ、こないだの模擬試験の答案なんだがな。国語だ、いいか、次の括弧にあてはまる適当な言葉をいれなさい。ええと、「話の腰を・・・」 佐代子  もむ! 先生  「能ある鷹は・・・」 佐代子  はめをはずす! 先生  あのな、確かに俺は言ったよ、「人生、努力次第でなんとかなるもんだ!」だがな、もっとお前に向いた進路が他にあるかもしれないじゃないか。・・・そうだ、こっちのポンポコ大学はどうだ? こっちなら合格はまず確実なんだ。先生、太鼓判押してもいいぞ。どうだ? そうか、そうするか。お前のそういう素直なとこが、先生大好きだ。卒業しても、お礼参りになんか来るなよー。 佐代子  女の子は、愛情深い母が、優しい先生が、そうやって用意してくれた方角を見たのです。そこには平和な未来がどこまでもどこまでも広がっていました。    大学で勉強している私。    でもすぐに友達つくって授業をさぼってサテンでだべっている私。    卒業間近になって慌てて就職試験の勉強する私。    それでもどうにかこうにかもぐりこんだ会社で仕事に燃える私。    でもすぐに同期の男の子と社内恋愛しちゃう私。    そんでもってなしくずしに結婚にもちこんじゃう私。    ハネムーンはやっぱ、ヨーロッパよねぇ。    やがて、赤ちゃんができて、仕事をやめて、家庭に入る私。    そうして、子どもの成長が生きがいになっていく私・・・。   たくさんの私が、その風景の中を、まるで蟻のようにうごめいていました。 先生  ・・・それのどこがいけないんだ? 母親  そうよ、佐代子ちゃん、あなたがそんなふうになってくれれば、お母さん、どんなに嬉しいか。 佐代子  わっかんないかなぁ・・・ 先生  全然わからん。親が子どもの幸せを願って何が悪い。教師が願って何がいけない。 佐代子  だめだ、こりゃ。 母親  佐代子ちゃん! 佐代子  じゃ、こっちの話はどう。・・・「神は『水は生き物がむらがるようになれ。また、鳥は地の上天の大空を飛べ』と仰せられた。それで神はすべての水の生き物と、すべての鳥を創造された。これが五日目のことである。」 母親  なにを言ってるの、佐代子! 先生  待て、それは・・・たしか。 佐代子  これは、聖書の一番最初のところ・・・創世記第一章。    『水は生き物がむらがるようになれ。また、鳥は地の上天の大空を飛べ』・・・魚は水の中にいるように、鳥は空を飛ぶように、最初っからつくられているんだって。神様がそう決めたんだって。 先生  なんの話だ、そりゃ。 佐代子  魚は水から逃げられない。鳥は空から逃げられない。・・・私は、私の前に広がるこの幸せな人生から逃れることができない。 先生  はは、逃げ出すって、幸せなんだろう? だったら・・・。 佐代子  幸せ! 夢はとっくに死んでしまったのに? これからさき、幸福な人生という名前の段取り芝居を続けて行くしかないのに? 先生  佐代子・・・ 佐代子  あたしだけじゃない、みんな筋書き通りに生きているだけなのよね。なんだったら、先生の筋書きも教えてあげようか。    仕事して、 預金が増えて、    仕事して、    結婚して、    仕事して、    子どもができて、    仕事して、    自分の家をたてて、    仕事して、    ローンを払って、    仕事して、 年とって、   仕事して、 先生  佐代子・・・ 佐代子  ねえ、先生。すじのわかってしまった芝居ってつまんないでしょう?あたし、そろそろ幕にしたいんです。    一気に照明が落ちて、佐代子の落下を観客から隠す。 先生  おい! 母親  佐代子ちゃん! 先生  担架だ! いや、救急車、救急車だ! 急げ! 第六場      舞台は暗いまま。 朋子  美加、さらに暗いよ、このラスト。 翔  朋子、あたしね・・・ 朋子  あかり付けてよ。・・・なに、翔。 翔  あたし、あたしさ、美加のこと全然わかってなかった。      朋子、美加の体にけつまずく。 朋子  それはあたしも同じよ・・・なんだ、こんなところに・・・風邪引くぞー。 翔  あたしも逃げられないんだ。 朋子  翔? 翔  部活やめたって、勉強したって、あたしもこの現実から逃げられない。 朋子  翔ってば。 翔  なにさ? 朋子  美加、息をしてない。 翔  またまた。 朋子  ほんとに、美加、息してない。それに・・・ 翔  それに? 朋子  冷たい。 翔  んなばかな。      ぼうっと明かりがつく。浮かび上がる人影。神の衣装を付けている。 神  この子とは、そういうことで契約してたんだよ。お前の夢が運命に勝てなければ、その時は、ってね。 翔  あ、あんたいったい誰だよ!      と、つかみかかるが神、軽く手を振ると二人とも吹き飛ばされる。 神  神とでも悪魔とでも、好きなように呼んでくれていいんだ。どっちでも同じことでさ、よーするに君たち人間の運命を支配する存在だってこと、そんだけ。    わかった? 翔  わかんないよ! 神  あらら。きみ、もしかして、現代文とか苦手なほう? わかりやすく言ったつもりなんだけど。 翔  私になんかわからせたかったら、プリントにして配ってよ! 朋子  なに馬鹿なこといってんの。・・・ほんとに神様? 神  まぁねー☆ 朋子  美加をいったいどうするつもりなの。 神  って言われてもね、・・・これは公平な賭だったわけだから。 翔  賭って何だよ。 神  賭は賭さ。この場合、かけられていたのが彼女の人生だった、というだけで。 翔  ぜんっぜんわかんな・・・・ 朋子  翔! ちょっと黙って。    「宇宙をしろしめす法の天秤のこちらの皿に、私は私自身、すなわち運命。そしてもう一つの皿にはお前の夢。」・・・・ 神  ピンポンピンポンピンポン! 朋子  でも、その賭をした女の子は・・・ 翔  誰か説明してよぉ! 朋子  翔、よく聞いて。・・・美加ってば、本当に自殺しちゃったのよ。 翔  そんな、これくらいの台から落ちて死んだりするわけ・・・・ 朋子  違うよ。問題は、運命の前で、彼女が、夢をあきらめてしまった、ってことだよ。だから、神様との賭に負けた。 翔  だって、あれはただの劇で・・・。 朋子  じゃあ、この状況をどう説明すんのよ。 翔  どうっていわれても・・・あ、あたしこういうの苦手。 朋子  逃避するな。 翔  だって何がなんだか・・・にしても、朋子ってこんなにシャキシャキしてたっけ? 神  とにかくね、夢を追い続けるなんて、最初っから、無理なんだよ。誰も運命に勝てやしないのさ。    さて、行こうか、佐代子。 朋子  行くって? 神  死の世界だよ、きまってんじゃん。 翔  待てよ、こら! 神  あんたは関係ないでしょ。      翔、近寄るが、見えない壁。マイムの勉強しようね。 神  無理無理。君だって、この子とおんなじで夢を信じてないだろ。いやそれどころか自分自身さえ信じられないでいるんじゃなあい? それでこの私にたてつこうなんざ、一〇億年早い。・・・さて、いくべいくべ。      神、見えない紐を引っ張るふりをする。操り人形のように美加の死体が引きずられ、立ち上がる。だらっと力が入らず、まるでゾンビ。 神  ドナドナドーナードーナー、子牛をのーせーてー、とくらあ。 朋子  ちょっと・・・ちょっと待って。 神  またなんだよ。 朋子  大したことじゃないわよ。ちょっとしたお願いをきいてほしいだけ、それもたった一つ。 神  イヤ、って言ったら? 朋子  けちって言う。・・・いいでしょ、一つくらい。 神  けちって、君ね・・・君、ちょっとは骨がありそうじゃん。   もちろん、佐代子を生き返らせて! なんてのはルール違反だぞー。 朋子  そんなんじゃないわよ。ええとね、最後のお別れに、美加・・・じゃない、佐代子と話がしたいの。 神  それだけ? 朋子  それだけ。どうなの? 神  あれぇ・・・? 朋子  何? 神  何か、ひっかかるんだよ・・・君、どっかで会わなかった? 朋子  そりゃ、下手なナンパだよ。いいの? 神  はいはい。どーぞ。      消えた障壁を通過しながら、 朋子  ええと・・・ 神  なに? 朋子  ありがとう、神様。 神  ・・・・・。      ゾンビの美加と、朋子・翔が向かい合う。 翔  いい考えでもあるの、朋子。 朋子  もちろん・・・んなものあるわけないでしょが。あたしはなんかチャンスがないかと思っただけよ。 翔  美加、美加! 美加ってば!・・・悔しいけどあたしじゃ駄目なのかな・・・ 朋子  泣くのは後だって。・・・とはいうものの、どーしたらいいんだろ。だいたい、聞こえてんのかな、あたしたちの声。    ええと・・・ 翔  朋子・・・ 朋子  ・・・そうだ、聖書だ、聖書の話なら、もしかしたら・・・    ええと、アダムとイブだっけ、最初の人間の名前。で、彼らはエデンっていう国に暮らしていたんだよね。エデンっていうのは神様がつくった楽園で、なんてったって楽園ってくらいだから、アダムとイブは病気になることも、死ぬこともなかったんだって。いいよねえ。でもね、神様ってのは陰険な奴でさ、こんなことを命令したんだわ。    「おまえたちはここでは好きなように暮らしていい。しかーし、このエデンの真ん中にある知恵の木からは決して実を取って食べてはならなーい。」    さて、アダムとイブはどうしたんだっけ? 翔  うーん、わかんない。 朋子  あんたにきいとらん。「佐代子」、答えて。 佐代子  (ゾンビの声で)アダムとイブは、蛇にそそのかされて知恵の木の実を食べました。 翔  朋子! 朋子  そう。そうだね。アダムとイブは木の実を食べちゃった。それで、彼らはどうなった? 佐代子  「神は仰せられた。『見よ。人は、知恵の木の実を食べ、知恵、すなわち善悪を知るようになった。』そこで神は人をエデンから追い出し、二度と人が生きて足を踏み入れることがないよう、炎の剣をおいた。」 朋子  そうそう。アダムとイブは楽園を追放されちゃうんだ。   仕方ないから、彼らは荒れ野で苦しい生活を始めた。そのうち子供なんかもできるけど、病気になったり死んだり。大変だっただろうねえ。    ねえ、「佐代子」、どうして、人間は、言いつけにそむいて知恵の木の実を食べたんだろうね。 佐代子 わからない。 朋子  戦争、エイズ、環境破壊。今だって生きていくのは大変だ。みぃんなアダムとイブのせい。    だけど、彼らは、後悔してなかったと思うんだ。 翔  どうして? 朋子  あたしは、こんなおとぎ話を考えてみたことがある。    楽園のアダムとイブは、ある日、不思議な考えにおそわれるんだ。    エデンの、その真ん中に立っている知恵の木、いつも二人はその木を見上げて暮らしていた。でも、ある日、こんなことを考えた。    あの木に登ってみたら? その高い高いてっぺんの枝に座ってみたら? いったいどんな気持ちがするんだろう。   知恵の木はとても大きな木だったから、朝から登り初めて、二人がてっぺんにたどりついたのはもうお昼近くになっていただろうか。緑の葉っぱがようやくとぎれて、頭の上に不意に青い空が広がった。冷たい風が汗をさらっていく。    その時、アダムとイブはそれを見た。    ・・・遥か遥か遠くの、あの地平線が空と接するあたり、あそこに立ち上っているのは、あれはなんだろう。あんなものは見たことがない。もしかしたら恐ろしい魔物、それともつまらない蜃気楼。いいや、どっちだっていい、俺は、あたしは、あそこに行ってみたい!    ・・・ね、佐代子、佐代子は校舎の屋上に登ってみたよね。そしたら、自分の未来が見えた。あんたの目には、エデンは見渡す限りどこまでもどこまでも続いてるように見えたのかもしれない。    でもさ。    校舎の屋上から見えるところなんて、しれてるよ。もっと上にのぼってごらん。もっと高く上ってごらん。きっと別な世界が見えてくるはずさ。 佐代子  もっとうえに・・・もっと高く・・・      ゆらっと、歩き出す佐代子。あわてる神。 神  こ、こら。      神が見えない紐を引く。足が止まる。 翔  美加! 朋子  もっと上に! もっと高く! 神  ふざけたまねを!      近づく雷鳴。稲光。 神  逃しはせん。佐代子! おまえは私の物だ。そうなることが幸せなのだ!佐代子! 朋子  美加! あんたは佐代子なんかじゃない。佐代子なんて女はとっくの昔に土に帰った。あんたは美加!    こっちに来なさい、美加!      轟音。しかし、その中を確かに美加は歩いてきた。駆け寄ってからだごと美加をひったくる翔。      暗転。 第七場      再び部室。抱き合うように床に転がっている三人。 翔  かえって、来た? 朋子  みたい、だね。 翔  そ、そうだ、美加はどこ! どうしよう、やっぱり神様と死の国に・・・ 朋子  あんたの下でうめいてるのは誰さ。 翔  げげ。 美加  いたいー、くるしー、しぬー。 翔  ご、ごめん。 美加  なにすんのよ、まったく。あたしを殺す気? 翔  何言ってるの、あたしたちがいなけりゃ、あんたいまごろ・・・ 朋子  翔! 翔  なに? 朋子  無駄だよ。あれは全然覚えてない顔だわ。 美加  おー、いた。翔、少しはダイエットしたらいいんだよ。・・・なにさ。 翔  なあるほど。 朋子  でしょー。(ふたり、目配せする) 翔  えーと、美加? 美加  なに? 翔  どうする、脚本。やっぱ、さっきの自殺の線でいく? 美加  ああ、あんなの没だよ。自殺なんて人生の敗北宣言じゃないの。 翔  やったね。 朋子  部長、あたし、提案がありまーす。 美加  はい、朋子さん。 朋子  最初、美加が言ってたやつ。ほら、「みんな、すこうしずつ、すこうしずつ、自分の足で歩き始めるの・・・それぞれの夢に向かって」っていうの、やっぱあれをやろうよ。 美加  あれはだって・・・。 朋子  あれがいいよー。あれでいこーよー。 翔  うんうん、あれでいこーよー。 美加  なぁんか変だね、あんたたち。・・・ま、そいじゃ、やってみるか?      ところがセットの陰から神様、現る。美加と翔はストップモーションに入る。 朋子  また、あんた。しつこいんだ。 神  ちょっと報告にね。さっき、天国の方で調査し直したんだけど、・・・君の言ったとおり、美加さんと水島佐代子は別人でさ。いやぁ、とんでもない間違いをするとこだった。 朋子  案外いい加減なんだ。 神  ・・・でも、代わりにおもしろいことがわかったんだよ。聞きたい? 朋子  全然。あたし忙しいの。なんせ公演が一ヶ月後。 神  あ、そう。そういう態度にでるわけ。んじゃさ、一つ教えてよ。したら、帰るから。あの一番最初の佐代子の戦争シーンさ、あれは美加さんのオリジナル? それとも誰か他の部員のアイディアなのかな? ね、どっち。 朋子  ああ、あれは私。去年の県大の後、創作脚本に全員で取り組もうって美加が言い出して、それで。 神  そっか。それさえわかれば、いいんだ。・・・んじゃ、帰るわ、俺。 朋子  お元気で、とは言わないからね。 神  そう、とんがらないで・・・そうだ、ついでにもう一つ聞かせてくれない?(声が変わる)どうしておまえは、夢を捨てないでいられるのだ? どうしてそんなに強くいられるのだ? 朋子  神様のくせに、そんなこともわからないんですか? 神  そう言うな。是非教えてくれ。 朋子  (美加と翔の方を見て)ほら。あれが、あたしの勇気のもとです。 神  なるほど。・・・だが、この世で本当に絶対といえるのは運命だけだ。 朋子  それはつまり、賭はまだ続いてる、というわけですね。 神  おまえだけではない。私はすべての人間と賭をしているのだ。・・・・では、いずれまた。 朋子  いずれまた。・・・・負けないわ。      神、退場。ストップモーション、とける。 翔  何が、負けないわ、なんだ? 朋子  ま、その、・・・今度の脚本の題名にいいかなあって。「負けないわ!」やっぱ、青春ドラマよ。石原裕次郎よ! 翔  裕次郎って・・・あんた、いったいいくつだよ。 朋子  ええとね、今年で六七歳。 翔  ばかやろー。 朋子  うーん、負けないわー。 美加  ・・・違うよ。 翔  へ? 何が。 美加  今度の劇ね、題だけは決めてたんだ。・・・ほらこれ。 翔  ええと・・・ま・い・せ・る・ふ? 美加  そ。マイセルフ。私自身・・・本当の私。 翔   いいねぇ、それ。あたしたちの最後の劇にぴったりだ・・・。 美加  それも違うよ。 翔  え? 美加  最後の劇じゃないよ・・・これから始まる、人生っていう舞台の、これはたぶん、その初日なんだよ・・・。 朋子  ・・・やだ。 翔  なんだよ、人がせっかく感動してたのに! 朋子  やだ。やっぱ「負けないわー」がいい! 美加・翔  あのね・・・。      ドタバタのうちに幕が下りる。 (終)