『LONG LONG TIME AGO ・・・』 1996,9,13                          県大会バージョン    原作に協力してくれた人・前田 高宏    書いた人・玉村 徹    脚本を立ち上げる人達・羽水高校演劇部 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】   先生   青木やよい   戸田ことみ 高校生/P>   山口アキラ   ヤマンバ(おカネ)   さと 真面目な長女   よし 不良の次女   みよ お馬鹿な三女   猟師   男の声   女の声1   女の声2 --------------------------------------------------------------------------------   *音楽。   緞帳上がる。音楽弱まる。   舞台暗く、サス。のなかにヤマンバ。次第に明るく、まわりに輪をかいて座る、さと、よし、みよ、猟師、やよい。後ろに手を回して、順に何かを手渡している様子。(ちなみに、これは「静かに渡すこがねの指輪」という古い遊びで、言って見ればハンカチ落としのようなもの。)この連中は顔までははっきり見えない。   1 五人全員 (節を付けて)   さらばーた   さらばーた   静かに渡すこがねの指輪   静かに渡すこがねの指輪   鬼がよそ見をしているうちに   静かに渡すこがねの指輪   2 ヤマンバ ほおい、おさとどん。   3 さと (手を開いてみせる。空である)なーかなか。   4 ヤマンバ なむさんぽう。   5 五人全員   さらばーた   さらばーた   静かに渡すこがねの指輪   静かに渡すこがねの指輪   鬼がよそ見をしているうちに   静かに渡すこがねの指輪   6 ヤマンバ ・・・ほおい、およしどん。   7 よし (手を開いてみせる。これも空である)なーかなか。   8 ヤマンバ なむさんぽう。   9 五人全員   さらばーた   さらばーた   静かに渡すこがねの指輪   静かに渡すこがねの指輪   鬼がよそ見をしているうちに   静かに渡すこがねの指輪   10 ヤマンバ ・・・ほおい、やよいどん。   11 やよい (手を開いてみせる。何か光る物)あーたった。   *テープで子供たちの笑い声かなんか。エコーをかけて。暗転。    チャイム。    教室に照明。    アキラは机に、ことみは椅子に座って勉強中。   12 アキラ でさ、この続きがあってさ、こいつって、どこまでズレてんだか、って感じでさ。   13 ことみ チャイムなったよ。   14 アキラ もう、視線が遠くを見てるわけ。んでもってこう、手が寄ってくるわけ、もろ、アレな感じで。アキラさん、大ピーンチ!   15 ことみ チャイムなったってば。   16 アキラ いきなり手ぇ出してくるか、おいおい、だよね。そりゃ、まあ、顔は悪くなかった。結構いける、と思う。でもさ。   17 ことみ チャイム。   18 アキラ そう簡単には、だよね。ねえ、なんていうかな、そう、雰囲気。雰囲気ってあるじゃない。それを、手ぇ握って、耳元でささやいて、「君が好きだ」って、そりゃテレビの見過ぎだっての。   19 ことみ 聞こえてんの?   20 アキラ ・・・聞こえてるよ。   21 ことみ だったらさあ。   22 アキラ まだ、はじまんないよ、先生遅いから。   23 ことみ やよいんち、電話したんでしょ。   24 アキラ まあね。   25 ことみ で、今日は来るって。   26 アキラ うん。一週間ぶり。・・・でも、もう六時間目だし。   27 ことみ アキラ。   28 アキラ はいはい。けどさ。   29 ことみ なによ。   30 アキラ いいえ、なんでもありません。   31 ことみ なによ。   32 アキラ なんでもないって。   33 ことみ 気になるじゃない。なによ。言ってよ。   34 アキラ ・・・駄目だよ、こんなの。   35 ことみ ・・・・。   36 アキラ うまくいきっこないよ。うん。絶対。   37 ことみ あんたが言い出したことじゃない。   38 アキラ 絶対、怒るよ。うん。あたしだったら、怒るだろうな。うん、怒るね、やっぱ。   39 ことみ ちょっと、どうしちゃったのよ。   40 アキラ 中途半端な友情はかえって人を傷つける、って言うじゃない。   41 ことみ いまさら何いってんの。   42 アキラ なんてったって、亡くなったの、お母さんだし。   43 ことみ それは。   44 アキラ ダメージ大きいよ。ま、これが、あたしんちのかーちゃんなら、象に踏まれたって死んだりしないんだけどね。・・・ことみ、やっぱ、あたし降りるわ。ごめんねー。   45 ことみ こら、ちょっと。   *ことみとアキラ、もみ合う。    そこに、やよい、上手袖より、教室に入ってくる。   46 やよい ・・・。   *一瞬凍り付くことみとアキラ。   47 ことみ おっす、やよい。   48 やよい なに?   49 ことみ なにが。   50 やよい それ。   51 ことみ どれ。   52 やよい あんたたちのそれ。   53 ことみ あ、これ? これは、さ。これは、そら。   54 アキラ だ、ダンス!   55 ことみ ダンス?   56 アキラ そう、社交ダンス。アルゼンチン・タンゴなんていいよお。   57 ことみ タンゴ?   58 やよい 違うの?   59 ことみ そうそう。タンゴ。   60 アキラ 今度の文化祭で、って話があって。ほら、ダンス甲子園、みたいな。チャッチャラチャッチャ、チャッチャラチャッチャ、チャッチャラチャッチャ、ウー、   61 ことみ マンボ。それ。   62 アキラ でした。   63 ことみ あのねえ。   64 アキラ 出てみない?   65 やよい ほんとの話?   66 アキラ えと。嘘だけど。   67 やよい なんだ。(と、椅子に座って前を向く)   68 ことみ ・・・(やよいに)あのね。   69 アキラ 待って。言うわよ、あたしが。(深呼吸して)あのね、やよい。   70 やよい ・・・・。   71 アキラ やよい?   72 やよい え、なに? なんか言った?   73 アキラ いやその・・・うん、えとね、今度の・・・今度のことは大変だったと思う。大変なんて言葉じゃ言い尽くせないくらい大変だったと思う。でも、元気出して欲しい。やよいが元気じゃないと、学校、つまんないから。それで、もしよかったら今度の日曜、みんなで。   74 やよい (ほほえんで)元気だよ。   75 アキラ パーッと、・・・はい?   76 やよい あたし、元気だよ。   77 アキラ いや、だって。   78 やよい 今度の日曜はあたし駄目なんだ。(前に向き直る)   79 アキラ その、パーッと。・・・パーッと。   80 ことみ やめといたら。   *先生入ってくる。   81 ことみ 起立。礼。着席。   82 先生 え、えと、欠席の人は・・・いませんね。うん、よかった。やっぱり、みんなそろうと、気持ちいいですからね。え、えと、青木さん。   83 やよい はい?   84 先生 あ、と、もう大丈夫ですか。   85 アキラ あ、あ。   86 やよい はい?   87 先生 いや、その、ちょっと心配してて、いいんですけどね、まあその。   88 やよい 何日も休んじゃってすいませんでした。でも、大丈夫です、もちろん。   89 先生 そ、そっか。ならいいんですけどね。えと、それじゃあ、さっそく授業なんですけど、えと、今日は、授業はしません。だから、教科書は使いません。   90 アキラ やったあーーー。   *アキラ、ばたばたと音を立てて教科書・ノートをしまってしまう。   91 先生 山口さん、あのね(溜息)・・・えと、それで何をするかというと、今度の学校祭のクラスの出し物について、なんですけど。   *先生、黒板に「学校祭の出し物」と書く。   92 先生 学校祭はいよいよ、1ヶ月後に迫ってきました。うちのクラスはステージでの発表、ということになっているんだけど、前の時間に大体の計画は決めましたよね。   93 やよい ダンスですね。   94 先生 は?   95 やよい マンボ。   96 先生 はあ?   97 アキラ やよい。   98 ことみ 違うって。   99 やよい 違うの?   100 ことみ アキラの冗談なの。   101 やよい そうなんだ。   102 ことみ まあね。   103 先生 また、山口さん、変なこといったんですか。   104 アキラ はーい。(小声で)またって、どういう意味?   105 先生 えと、青木さんは休んでいたから知らないでしょうけど、先週のホームルームで、うちは、劇をすることになったんです。演劇です。えと、僕は、白雪姫とか、夕鶴とかがいいと思ったんですけど、そんなんじゃ。   106 ことみ みんな知ってておもしろくありません。   107 アキラ そうそう。   108 先生 (溜息)という意見が多くて、んじゃ、自分たちで脚本作るのかっていうと、   109 ことみ そんな才能、誰にあるんですか。   110 アキラ だよね。   111 先生 (溜息)というわけで、だあれも知らないストーリーをどっかから探してこようって話になって。あの、常識で考えて、誰にも知られてない話なんて、ろくなもんじゃないと思うんだけど・・・ええと、探してきましたか、みなさんは。   112 ことみ (しらっと視線をはずす)・・・。   113 アキラ (にーっこり笑う)・・・。   114 先生 (溜息)まあ、そういうことで、・・・探してきたんですけど、一応。   115 ことみ さすが先生、しっかりしてらっしゃいますね。   116 アキラ ほんとほんと。   117 先生 えと、これなんですけどね。(本を持ち上げる)あっちこっち破れてて、作者の名前とか、そういうのはわかんないんですけど、えと、題名は、「ロングロングタイムアゴー」。   118 アキラ へ?   119 やよい ロングロング・・・昔々、って意味ですね。   120 ことみ なんか、ありがち、じゃない。   121 アキラ ふうん、英語なんだぁ。   122 先生 とにかく、これしかないんだから・・・そうでしょう? ちょっと読んでみますね。いいですか。   123 アキラ いいですけど。   *先生、本を持って前に出て、ナレーション体勢。   124 先生 ・・・ロングロングタイムアゴー、昔々あるところに、三人の娘が仲良く暮らしておりました。でも、その年はコメがあんまりとれなくて、食べるものも満足にはありません。そこで三人は、山菜を採るために山に入ります。名もない草花も、ふもとの町で売ればお金になるのでは、と考えたのです。ところが、三人は山の中で道に迷い・・・そしてそこに現れたのは、なんと恐ろしいヤマンバだったのでした。   *下手空間へ、照明。上手は照明を落とす。    ヤマンバ、少女たち、猟師、この場面では、演技の必要なし。立ちんぼう・棒読 みでよい。   125 ヤマンバ 頭からがぁりがり、それとも足の方からごぉりごり、どっちから食べてもうまそうだ。ひーっひっひっ。   126 少女たち きゃーっ。   127 ヤマンバ 騒いでも無駄さ。この山の中、だれにも聞こえやしない。お前たち、みぃんなわしの腹の中に入るのさ。ひーっひっひ。   128 少女たち きゃーっ。   129 ヤマンバ うるさいねどうも。さあてそろそろ、その細い首をばっさりと切り落として・・・。   130 猟師 待て、ヤマンバ!   131 ヤマンバ な、なんじゃ?   132 猟師 私は通りがかりの猟師だ。この私が来たからには、勝手なまねはさせん。   133 ヤマンバ くそお。   134 猟師 覚悟しろ。   *銃声。倒れるヤマンバ。   135 猟師 もう大丈夫だ。   136 少女たち おじさん。   137 猟師 ああ、怖かっただろう。このあたりは見ての通り、木が生い茂っていて昼間でも暗い・・・これに懲りたら、子供だけで山に入ろうなんて思わないことだ。   138 少女たち はい、おじさん。   *上手空間へ。   139 アキラ 勘弁してよー。   140 ことみ そうだよねえ。   141 アキラ こんなの、文化祭でやるの? まじ? いやだよ、あたしは。   142 ことみ あたしだって。   143 先生 あ、その、そんなにひどいかな、これ。   144 アキラ ひどいなんてもんじゃなくて、最低。・・・(ことみに)ね、ヤマンバってなに。   145 ことみ あんたね・・・ほら、山奥に住んでて、迷い込んできた人間を捕まえて食べちゃう。   146 アキラ ことみって、何で知ってんの、そんなこと。   147 ことみ 常識じゃない。   148 アキラ 嘘。ゆってないよ、田中センセ。   149 ことみ 田中先生って 英語の?   150 アキラ あのセンセ、授業、めっちゃ速いから、ノートが追いつかないんだよね。   151 ことみ まあ・・・黒板の字も小さいし。   152 アキラ ツバとばすし。   153 ことみ 宿題多すぎる。   154 アキラ はだしにスリッパはやめて欲しい。   155 ことみ 試験の採点よく間違ってる。   156 アキラ 鼻かんだティッシュをポケットにしまう。   157 ことみ 点数で生徒を差別するんだよね。   158 アキラ で、また出して鼻かむし。   159 先生 ちょ、ちょっと何の話ですか。   160 ことみ そうだよ。なんで田中先生の話になるの。   161 アキラ なんでって、あのセンセいい加減だから。   162 ことみ だからなんでそういう話になるのよ。   163 アキラ 田中に習うと、英語力より精神力が養われるって、みんな言ってます。   164 先生 山口さん。   165 アキラ はい?   166 先生 言いたいことはわかりましたけど、で、その、どうして田中先生の話になったんですか。   167 アキラ えと・・・なんだっけ。   168 ことみ ばか。   169 アキラ るさい。・・・あ、だから、習ってないんですって。ひっどいよね。   170 やよい 何の話?   171 アキラ ああもう、「ヤマンバ」よ。決まってるじゃない。田中先生、そんなの一度も説明してない。絶対、間違いないって。   172 ことみ ・・・あのね、アキラ。   173 先生 山口さん。   174 アキラ やだ、あたしはね、こう見えてもね、英語の時間は居眠りしたことなんか無いんだから。ホントです。   175 やよい アキラ。   176 アキラ ホントだってば。そうだよね。   177 先生 ヤマンバって、日本語なんです。   178 アキラ ・・・嘘。   179 ことみ 本当。   180 アキラ ほんと?   181 ことみ うん、ほんと。   182 アキラ あ、そーなの? へえ、そーなんだ、へえ、知らなかった、ふーん。いやあ、参った参った隣の神社。   183 ことみ あんた、本とか・・・読まないよね。   184 アキラ (きっぱり)うん。   185 先生 勉強して下さいね。   186 アキラ (明るく)はーい。   187 先生 はあ・・・。   188 ことみ でも先生。   189 先生 なんです。   190 ことみ ほんとにこれ・・・やるんですか。   191 先生 いけませんか。   192 ことみ だって、ヤマンバはまあ、いいですけど、通りかがりの猟師ってなんですか。   193 先生 それは、・・・たまたま通りかかったってことで。   194 ことみ ご都合主義って言いませんか、それ。   195 アキラ 台詞もくっさいです。「この私が来たからには、勝手なまねはさせん!」・・・ばっかみたい。   196 ことみ これ書いた人の神経疑うよね。   197 アキラ 笑うよ、みんな。これやったら。   198 先生 そ、そうかな。えと、青木さん?   199 やよい はい。   200 先生 どう思います。その、これ、駄目ですか。   201 アキラ 駄目だよねー。   202 先生 やっぱり、そうですか。   203 やよい いいえ、そんなこともないと思いますけど。   204 アキラ やよいー。   205 ことみ 無理しなくていいって。   206 やよい 猟師とかは、ちょっとあれだと思うけど・・・それより、三人の女の子が不自然な気がしました。   207 アキラ へ?   208 先生 それって、どういうことですか。   209 やよい うまく・・・うまく言えないですけど、なんだか、わざとらしい感じが。   210 ことみ 「きゃーっ」と「おじさん」しか言わないもんね。   211 アキラ 若いもんは、言葉知らないね。   212 ことみ あんたが言うな、あんたが。   213 やよい この子たち、食べられちゃいそうになってるんだから・・・死にそうになってるわけだから。   214 ことみ (低く)やよい。   215 アキラ ・・・。   216 やよい そういうときって、人間って、もっと違った行動、する・・・じゃないかな。   217 先生 うーん、じゃあ、どうしたらいいかな、どうしましょうか。   218 ことみ ・・・・。   219 アキラ わかったあ!   220 ことみ なによ。   221 先生 なんですか。   222 アキラ 個性だよ、個性。   223 ことみ コセイ?   224 アキラ つまりさ、嘘っぽいわけなんでしょ、出てくる人間が。だったら、もっと個性をつければ・・・だよね、やよい。   225 やよい そうだ、と思う、たぶん。   226 先生 (独り言のように)個性か・・・登場人物に、性格的な肉付けをすることによって物語にリアルな感じを与える・・・ふうん、なるほど。   227 ことみ いいこと言うじゃない。   228 アキラ でしょー。   229 やよい でも、難しくない?   230 アキラ まっかせなさい。センセ、いい?   231 先生 (考えごと中で)え? あ、ああ、どうぞ。   *アキラ、前に進み出る。   232 アキラ まず、名前を付けまーす。舞台下手から、おさと。およし。おみよ。   *子供たち、一礼。   233 ことみ なにそれ。   234 アキラ 適当適当。・・・長女のおさとは、真面目で明るく、親の手伝いもちゃんとやる、働き者の元気な子。   235 さと おとっつあん、お粥ができたわよ。ああ駄目じゃない、寝てなきゃ。大丈夫、畑の方はおっかさんとあたしたちでなんとかするから。今は養生が一番。ううん、ちっともつらくなんかないわ。だって、あたし、おとっつあんが大好きなんだもの。   *ここらへん、マイム。思いっきり臭い演技で。   236 アキラ でも、しっかり者のようでも、そこはまだ子供、慣れない畑仕事であれた自分の手を見るたび、自分と同い年の子供たちが楽しそうに遊んでいるのを見るたび、そして、夜、空に光るちっちゃな星を見上げるたびに、おさとの両目からは大粒の涙がこぼれてくるのでした。   237 さと ううん、あたしは負けない。あたし、頑張る。頑張って、おとっつあんの病気を治すんだ!   238 ことみ (なげやりに)拍手ー。   239 アキラ うっさいなあ。・・・次女およし。これは反対に、仕事が嫌いで勉強が嫌い、親が嫌いで小言が嫌い。   240 先生 あの、それって、もしかして。   241 アキラ もう、静かにしててください。えと、小言が嫌い。じゃあ、何が好きって言うと、遊ぶこと、寝ること、悪さすること。   *よし、うんこ座りをしてガンをとばす。   242 よし ったりーなー。っかすっとすっこと、っかなぁ。っくしょー、っな、って、っが、っでよぉ。   243 やよい 何いってるの?   244 ことみ 日本語かしら。   245 先生 まねしちゃいけませんよ、あんなの。   246 アキラ ま、とにかく、およしは名前に似合わず、村一番の不良だったわけです。でも、根は優しいところもありました。   247 よし かしなよ、さと姉。   248 さと よっちゃん。   249 よし なんだそのへっぴり腰は。見ちゃいられねぇんだよ。ほら、クワってのはこうやって使うんだ。   250 さと よっちゃん。   251 よし さあ、さっさとこんな畑すましちまおうぜ。   252 さと うん。そうだね。   253 よし よせよ。あたしは忙しいんだ。今夜は権現様の境内でゾクの集まりがあってよ、それまでに牛のチューンナップしとかなきゃ・・・。へっ、あたしのクロはすごいぜ、なんたって、ゼロヨンで二〇秒きるんだからな。   254 やよい ゼロヨンって?   255 ことみ わかんなくなるね、アキラの話は時々。   256 先生 わかんなくていいんです。まったく、どこからそういう話を聞いてくるんだか・・・。   257 アキラ 末っ子の名前はおみよです。おみよは・・・ええと・・・馬鹿です。   258 よし あ、みよ、お前も手伝いな。   259 みよ ああ、よし姉に、さと姉。今日はいい天気で、あたしも気持ちがいいと思う。   260 よし いいから、こっち来て手伝うんだよ。   261 さと よっちゃん。   262 みよ あたしはこれから町までお使いに行くんだと思う。お使いはおっかさんが言ったので、おっかさんは怖い。でも、もっと怖いのはミミズで、ミミズはにょろにょろしてるよね。ミミズはどうしてにょろにょろしてるんだろ。ねぇ、さと姉。   263 よし んなこた、どうでもいいから、さあ、お前もこのクワ持つんだよ。   264 みよ うん、このクワだね。持ったよ、それでどうするの。   265 よし 持ったら、こうやって。   266 みよ こお?   *みよは勢いよく耕し出すが、勢い余って上手空間まで耕してしまう。   267 先生 おー!   *先生、思い切りクワでどつかれる。   268 ことみ ええ?   269 アキラ なに?   270 よし おい、みよ!   271 さと みよちゃん、駄目!   *ひとしきり暴れてから、みよ、帰ってくる。   272 みよ ああ、なるほど。ああ、これは面白いねえ。さすが、よし姉、面白い遊びを考えた。よし姉はいい人だと思う。おっかさんに、親切にされたらお礼を言いなさいと言われているから、ありがとう。   273 さと あのね、みよちゃん。   274 よし 馬鹿だ、やっぱり。   *上手空間へ。   275 先生 何だったんだ・・・いたた。   276 アキラ なんだかんだ言っても、仲の良い三人なのでありました。・・・どうです、これで個性が出てきたでしょう。そいじゃ最初の場面に戻って。   277 先生 いや、その前に、さっきのあの。   278 アキラ 大の大人が細かいこと言わないの。   279 先生 はあ。・・・じゃあ、やってみましょうか。   280 ことみ ちょ、ちょっと先生、本気ですか。   281 アキラ なによ、ケチつける気。   282 先生 いや、だって。   283 ことみ いい加減すぎます。あんたもそう思よね、やよい。   284 アキラ (やよいに)結構いけるよね、やよい。   285 やよい ・・・いいんじゃない。   286 アキラ ほら、みろ。ね、先生、やりましょ。   287 ことみ (小声で)やよい?   *アキラ、本を持って。   288 アキラ ・・・ロングロングタイムアゴー、昔々あるところに、三人の娘が仲良く暮らしておりました。一人は真面目、一人は不良、そしてもう一人は馬鹿。ある日、三人は山の中で道に迷い・・・そしてそこに現れたのは、なんと恐ろしいヤマンバだったのでした。   *下手空間へ、照明。上手は照明を落とす。    ヤマンバ、少女たち、猟師、この場面では、ちゃんと演技する。   289 ヤマンバ さあてそろそろ、その細い首をばっさりと切り落として・・・。   290 よし ちくしょー、殺すんならさっさとやれっ。   291 さと よっちゃん!   292 よし (小声で)いいか、あたしがおとりになる。その隙に逃げろ。   293 さと ええ?   294 よし あたしがババアに体当たりする。そうすりゃちっとは時間が稼げるだろ。そしたら、お前ら逃げろ。   295 さと そんな・・・それじゃよっちゃんが。   296 よし みんな殺されるよりはましだろ。   297 さと 駄目! だったらあたしが。   298 よし うじゃうじゃしゃべくってる暇はねえんだ。そら、いいか!   299 みよ (大声で)わかった。よし姉が体当たりして時間稼ぐから、その隙に逃げるんだね。よし姉は頭がいいとあたしは思う。   *コケる、よしとさと。   300 さと あ、あのね、みよちゃん?   301 よし 馬鹿だ、やっぱり。   302 ヤマンバ そんな手にひっかかるもんかね、このヤマンバ様が。じたばたしたって無駄なのさ、さあ・・・。   *照明落ちる。異様な音。続いて静寂。   *先生とことみ、じっとアキラを見つめる。視線に耐えかねて、アキラ、裏返った声で笑う。   303 アキラ あはっ、あは、あははは。   304 やよい ・・・たべられちゃった・・・。   305 アキラ いやその。   306 先生 山口さん。   307 ことみ 何考えてんの、あんた。   308 アキラ あはは・・・これも、自然の成り行きってことで。   309 ことみ 成り行きで、劇、終わらせてどーすんのよ。   310 アキラ 駄目?   311 ことみ 駄目に決まってるじゃない。   312 先生 駄目ですね。   313 やよい うん、駄目。   314 アキラ そんな、みんなで言わなくたって。・・・(ことみに)じゃあ、あんたやってみなよ。   315 ことみ あたし? あたしは。   316 アキラ 逃げるの。   317 ことみ あのね・・・いいよ、やるよ。あんたよりはマシな話作って見せるよ。   318 アキラ ゆおゆうた。   319 ことみ ふん。   320 *ことみ、進み出る。   321 ことみ ・・・ロングロングタイムアゴー、昔々あるところに、三人の娘が仲良く暮らしておりました。一人は真面目、一人は不良、そしてもう一人はええと、馬鹿。   322 アキラ おんなじじゃん。   323 ことみ るさいな。こっから違うんだよ。・・・ある日、三人は山の中で道に迷い・・・そしてそこに現れたのは、なんと恐ろしいヤマンバだったのでした。   324 ヤマンバ さあてそろそろ、その細い首をばっさりと切り落として・・・。   325 よし ちくしょー、殺すんならさっさとやれっ。   326 さと 待って、よっちゃん!   327 よし な、なんだよ。   328 さと 私に任せて。・・・ヤマンバ!   329 ヤマンバ おお。   330 さと 食えるもんなら食ってみなさい。   331 ヤマンバ ほう?   332 よし さと姉!   333 さと だけどあとから後悔したってしらないわよ。   334 ヤマンバ なんじゃと。   335 さと 実は・・・わたしはガンなの。   336 ヤマンバ ガン?   337 さと 胃ガンよ。あたしのガン細胞ってば、すっげぇ元気がいいから、おもいっきし転移するわよ・・・それでもよければ、食べれば。それから、このおよしは悪性のインフルエンザ。あっちのおみよなんか、すごいわよ、水虫と歯槽膿漏と下痢の三連発なんだから。   338 よし おいおい。   339 みよ 下痢って何色?   340 さと さあ、どうするの。それでもわたしたちを食う度胸があるの。   341 ヤマンバ ええと、包丁やまな板は薬用石鹸で殺菌消毒して、えと、それから、肉は生で食べないで、えと、十分に加熱するなど、調理法を工夫すれば・・・   342 さと それで一〇〇パーセント安全といえるかしらね?   343 ヤマンバ うーん・・・   *学校。    先生とアキラ、じっとことみを見つめる。視線に耐えかねて、ことみ、裏返った 声で笑う。   344 ことみ あはっ、あは、あははは。   345 やよい ・・・O−157みたい・・・。   346 ことみ いやその。   347 先生 戸田さん。   348 アキラ 何考えてんの、あんた。   349 ことみ あはは・・・これも、自然の成り行きってことで。   350 アキラ まねしないでよ。   351 ことみ でも、でも、食べられはしなかったわよ、少なくとも。   352 アキラ それ本気?   353 ことみ ・・・ううん。   354 先生 やっぱり、ここは、「通りかがりの猟師のおじさん」に出てきてもらうしか、ないんじゃありませんか。   355 ことみ ・・・・。   356 アキラ ・・・・。   357 先生 だって、子供だけでヤマンバに勝てるわけ、ないんですから。   358 やよい 先生?   359 先生 なんです。   360 やよい 大人なら、勝てますか。   361 先生 そりゃ鉄砲がありますからね。   362 やよい ・・・。   363 先生 青木さん?   364 やよい いいえ、なんでもありません。   365 アキラ あー、なんか面倒くさいの。やんなってきちゃったな。・・・そうだ。   366 ことみ どうするのよ。   367 アキラ えとね、ここは、こっちおいといて。   368 ことみ アキラー。   369 アキラ 先生、まだ続きがあるんでしょ、このお話。   370 先生 ええ、はい。   371 アキラ んじゃ、先に全部聞いてからってことで。ねー。   372 ことみ ほんっと、適当よね、アキラって。   373 アキラ ほめないでよー。   374 ことみ ほめてない。   375 先生 (本をめくりながら)ええと、このあと、ヤマンバの思い出話になるんです。   376 アキラ えー?   377 ことみ ヤマンバの?   378 アキラ なにそれ。   379 先生 悲しい過去って言うんですか、それが語られていくんですよ。これが、しみじみした、いい話で・・・鉄砲で撃たれるんですけど、そこはヤマンバ、すぐには死ななかったんですね。苦しい息の下で、彼女は、自分の過去を子供たちに話すんです。まだ、人間だった頃のこと、まだ平凡な女であった頃のこと、一人の母親であった頃のこと・・・ロングロングタイムアゴー。   *照明変化。   380 猟師 もう大丈夫だ。   381 少女たち おじさん。   382 猟師 ああ、怖かっただろう。このあたりは見ての通り、木が生い茂っていて昼間でも暗い・・・これに懲りたら、子供だけで山に入ろうなんて思わないことだ。   383 少女たち はい、おじさん。   384 猟師 さあ、おいで。おうちまで送ってやろう。   *身動きするヤマンバ。   385 さと おじさん!   386 よし え?   387 猟師 む? ・・・下がって。・・・さすがにしぶといな、ヤマンバ。   388 ヤマンバ ううう。(身を起こす)   389 さと なんて・・・鉄砲で撃たれてるのに。   390 よし 化け物だよ。   391 みよ 元気でいいねえ。   392 さと そうじゃないって。   393 ヤマンバ 若いもんが・・・。   394 猟師 なんだ?   395 ヤマンバ 若いもんが、これだけそろって・・・この年寄りに手を貸してくれる者は、誰もいないのかい?   396 よし 何言ってんだい。   397 さと 誰が年寄りよ。   398 猟師 ふざけた奴だ。   399 みよ (進み出て)ごめんよ、気がつかなくて。   400 さと みよちゃん!   401 よし みよ!   402 猟師 いかん!   *と、追いかけるが、ヤマンバの視線にたじろぐ。その間に、みよはヤマンバのところへ。   403 ヤマンバ ふん、びくつくな。何もせんわい。(手を借りて切り株にもたれる)いくらわしでも・・・もう駄目じゃ。   404 みよ おばば、死ぬのか。   405 さと (みよに)こっち来るの!   406 ヤマンバ じゃから、もう、お前らを食おうとは思わんよ。   407 よし 嘘だ。みよ、食われっちまうぞ!   408 みよ 食うのか?   409 ヤマンバ 食わん。   410 みよ っていってるよ?   411 さと ああもう・・・   412 よし この馬鹿。   413 猟師 ヤマンバ、その子を放すんだ。   414 ヤマンバ (投げやりに)放すも何も、つかまえとりゃせん。   415 よし (興奮して)撃って、おじさん。   416 猟師 (血が上って)撃つぞ。   417 みよ (のんびりと)ひとつ聞いていいか。   418 ヤマンバ なんじゃ。   419 さと みよちゃん。   420 みよ おばばは、なんで私らを食う? 私ら、おいしいか?   421 ヤマンバ もう、くわん。   422 みよ あたしはサツマイモが好きじゃ。滅多に食べさせてもらえんけど、とっても甘くて、大好きじゃ。わたしら、甘いのか?   423 ヤマンバ ・・・いいや、お前らは少しもうまくはない。   424 みよ ならどうして、私らを食べるんじゃ?   425 ヤマンバ くわんというておろうが。・・・それは、長い話になる。   426 みよ お話は好きじゃ。おっかさんが毎晩話してくれる。こぶとり爺さんだの、一寸法師とかじゃろ。   427 ヤマンバ よかろう。冥土の置きみやげじゃ、話してやろう。・・・立っておるのも・・・そこへお座り。   *みよ、ちょこんと座る。あとの連中も、なんとなく、腰を下ろす。    暗転。先生にサス。   428 先生 時はさらにさかのぼります。・・・ヤマンバは、ええと、このころはまだ人間だったから、名前をおカネさんと言いました。さて、そこは、隣村まで峠を越えて半日・・・それも冬ともなれば道すらわからなくなる、寂しい寂しい山里でした。   おカネさんは三人の子持ち。名前は上から順に、じんさく、小夜、ごすけ。亭主は病気がちで寝たきりのことが多かったのですが、それでも仲の良い家族でした・・・。   *暗転終わり。    農作業。   429 おカネ 今日はこのくらいにしようかいの。   430 じんさく(さと) はあい。   *じんさく、てきぱきとあとかたずけ。さぼる小夜。   431 小夜(よし) おふくろ、帰ったら何くわしてくれるんだい? なあ、何だよ?   432 おカネ やれ、うるさい子だね。今夜は芋粥、たんと山芋を入れての。   433 小夜 う。   434 おカネ 「う」ってなんです。   435 小夜 また?   436 おカネ 「また」ってなんです。   437 小夜 だって昨日も、一昨日もそうだったじゃないか。   438 おカネ おや、そうだったかしらね。   439 小夜 そりゃ、なにもフランス料理のフルコースが、とか、ネギトロ丼定食お吸い物お新香つき1600円が食べたい、なんてことは言わないさ。でも、たまには、バリューセット260円とか、ファミリーパック6ピース入り780円とか。   440 おカネ マックもケンタッキーも、あと500年はしないと・・・って何の話だい。   441 小夜 つまんねー時に生まれちゃったよなぁ。   442 おカネ 何言ってるの。・・・いい、芋粥だって、この時代ではとってもおいしいごちそうなの。   443 小夜 だあってさ・・・。   444 おカネ いいよ、食べなくっても。母さんがお前の分までぜーんぶ食べてあげよう。   445 小夜 あ、ああ、そんなつもりじゃ。   446 ごすけ(みよ) あれ、なんだ?   447 じんさく ごすけ、はよこい・・・どうした?   448 ごすけ あれ・・・なんか、白いもんが。   449 おカネ どうしたの、じんさくまで・・・はよこんと、芋粥、なくなってしまうぞ。   450 じんさく かあちゃ、あれ、みろや。   451 ごすけ 雪みたいに見える・・・。   452 おカネ ・・・雪みたいやない。あれは・・・。   453 先生 そう、季節はずれの雪の到来でした。まだ夏の入り口にさしかかったばかりの山里、そこに降る雪ともなれば、村人にとって災い以外の何者でもありません。寒い寒い夏・・・そしてそのあとには、収穫のない秋がやってきました。コメが実を付けないのです。ただ、ワラのようになった赤茶けた稲が、田圃に突き刺さっているだけでした。   454 小夜 はらへったよお。   455 おカネ ・・・・。   456 小夜 はらへったよぉ、おふくろ。   457 じんさく 駄目だ、小夜。そんなこと言うたら。我慢せんと。   458 小夜 へるもんはへるんだ! それともなにか、じんさく兄さはひもじくないっていうのかよ。   459 じんさく それはそうだけど、我慢せんと。   460 小夜 はらへったはらへったはらへった!   461 じんさく 小夜!   462 おカネ じんさく、小夜。また大声を出して・・・とうちゃが目を醒ましてしまうでしょう。   463 小夜 はらへった!   464 おカネ 仕方ないんだよ、今年はあんまりコメがとれなかったから。   465 小夜 でも。   466 おカネ 聞き分けないことを言うんじゃありません。みんな、我慢しなくちゃいけないんだよ。   467 小夜 とうちゃは・・・・。   468 おカネ え?   469 小夜 いいよなあ・・・一日、寝てるだけだもの。   470 おカネ 小夜!   *平手打ち。   471 小夜 (大泣き)うわあ、うわあーーー。   472 じんさく かあちゃ、かあちゃ!   473 おカネ 言っていいことと悪いことがあるよ!(さらに手を振り上げる)   474 小夜 (泣きながら)とうちゃなんか、しんじゃえばいいんだ! みんな言ってる、無駄飯食いがいるって!   475 おカネ まだ言うか!   476 じんさく かあちゃ、やめて、やめて。   *立ちつくすおカネ。泣く小夜。小夜を慰めるじんさく。両者の距離が開く。小夜のすすり泣き。しばらくの沈黙。   477 ごすけ (遊んでいる。節を付けて歌う)   さらばーた さらばーた しずかにわたすこがねのゆびわ・・・ほおい、じんさくどん。・・・なーかなか。なむさんぽう。・・・しずかにわたすこがねのゆびわ・・・ほおい、おさよどん。・・・   *木枯らしの音。   478 おカネ (小夜たちに背を向けたまま)大人たちで。   479 小夜・じんさく ・・・・。   480 おカネ今、村の大人たちで寄り合いしとる。ええ知恵持ち寄って話をしとる。そしたらきっと。   481 小夜 なら、コメ、食えるのか。   482 おカネ ・・・・・。   483 小夜 ほんとにコメ食えるのか?   484 じんさく かあちゃ。   485 おカネ 本当や。明日はおコメ、お腹いっぱい食べましょう。   486 小夜 ・・・かあちゃ。   487 おカネ ごめんよ、さっきは。   488 小夜 かあちゃ。   *照明やや薄暗く、おカネにのみサス。以下、寄り合いの様子。ただし、おカネ以外はテープで。   489 女の声 さむうなったの。   490 男の声 そうじゃの。   491 女の声 聞いたか。   492 男の声 なにを。   493 女の声 与平んとこの、牛が死んだそうじゃ。   494 男の声 人に食わせるもんもないんじゃ、まして牛なんぞ。   495 女の声 いやそれが。   496 男の声 なんじゃ。   497 女の声 食われたんじゃそうな。   498 男の声 食われたって・・・誰に。   499 女の声 わからん。   500 男の声 わからんて・・・。   501 女の声 与平さん、ナタ振り回して暴れたそうじゃ。誰じゃ、わしとこの牛、殺した奴は、言うてな。止めるのも命がけじゃった。   502 男の声 そりゃあ、災難・・・じゃが、まあ、みんな腹すかし取るからの。   503 女の声 誰やろの。   504 男の声 誰て。   505 女の声 誰の仕業やろの。   506 男の声 さあの。   507 女の声 この、寄り合いん中に居ることは間違いないがの。   508 男の声 なんじゃ、その言い方は。おまえ、もしか。   509 女の声 おや、なんぞ気に障ったかの?   *戸の開く音。ぎしぎし。木枯らしの音、一瞬大きくなる。戸の閉まる音。これをきっかけに、おカネが声を挟む。   510 おカネ 遅うなって。   511 女の声 なんや、惣兵衛さんの顔がみえんが。   512 男の声 そうやな。   513 女の声 名主がおらんで、なんの寄り合いじゃ。   514 男の声 腹だけ空くわ。   515 女の声2 大変や! 大変やで!   516 男の声 やめんか。腹に響く。   517 女の声2 大変なんや。コメがないんや。   518 女の声 それは、とうに。   519 男の声 しっとるわ。   520 女の声2 コメだけやない。ヒエも、アワも、芋も、・・・あと一月ともたんらしい。   521 おカネ まさか。   522 女の声2 惣兵衛のあほたれ、村のたくわえにまで手ぇつけておったんじゃ。全部金に換えてしまっておったんじゃ。   523 男の声 なんやと。   524 女の声2 なんでも、新しいクワやらスキやらをこうて、村のもんの仕事を少しでも楽にしようとしたんじゃ、言うとるそうや。   525 男の声 あほな。   526 女の声 う、嘘やろ?   527 おカネ ほんとうでしょうか。   528 女の声2 村の米倉は空っぽで、かわりに小判が一〇両、ころがっとるだけやと。   529 女の声 こ、小判じゃと。小判じゃと。   530 おカネ お金は食えません。   531 男の声 なんちゅうこっちゃ。   532 女の声 それでは・・・それではどうしたら。   533 男の声 行こう! 惣兵衛のとこへ。   534 女の声2 そうじゃ。直談判じゃ!   535 女の声 じゃが行ってどうなるもんでも・・・。   536 女の声2 このまま黙って見過ごすのか。   537 男の声 そうじゃ。   538 女の声 それはそうじゃが。   539 男の声 ただではすまさんぞ。   *戸の開く音。激しい木枯らし。やや弱まって。   540 おカネ そんでも・・・うちには子供が、子供が三人もおるんです。   *照明戻る。   541 小夜 かあちゃ?   542 おカネ ・・・・。   543 小夜 どうした。   544 おカネ 寝なさい。・・・もう、寝なさい。   545 小夜 はーい。・・・ごすけ、行くよ。   546 ごすけ はーい。かあちゃ、これ。(と、指輪を渡す)こがねのゆびわ。   547 おカネ ・・・。   548 ごすけ あーたった。   549 おカネ (指輪を見つめて)・・・。   *ごすけ、無邪気に笑う。   550 じんさく ごすけ。   *子供たち退場。しばらく間。   551 おカネ ・・・子供が三人、おるんです。   *暗転。    サス。舞台上手すみのほうで、先生がナレーション。   552 先生 その冬は、とても長く、暗い冬だった。それでも季節の歯車はゆっくりと巡り・・・遅い春が山里に訪れた。雪は解け、山はうっすらと緑に色づき、太陽はその姿を雲の切れ間から表すようになった。空にはヒバリ、田にはカエル・・・でも、そこには何かが欠けていた。誰ひとり口に出す者はなかったが。   *明転。   553 ヤマンバ しばらくして、村から、おカネという女の姿が消えた。そして、いつの頃からか、どこか遠い遠い山の奥、一人のヤマンバが住んでいる、と言い伝えられるようになった・・・。   554 猟師 ・・・その言い伝えは、・・・聞いたことが、あるようだ。   555 みよ おばば、かわいそう。   556 さと おばあさん・・・。   557 みよ そうだ、いいこと考えた。   558 よし え?   559 みよ おばば、ヤマンバやめて山を下りるといい。そして、私らの村に住むといい。   560 よし おい、なに馬鹿言って。   561 みよ あたし、怪我の看病するからきっとよくなる。そしたら、村で静かに暮らしたらいい。な、おばば、そうしろ。   562 さと ちょっとみよちゃん。   563 ヤマンバ わしが、また、村に。   564 みよ もう、子供食わなくていいから。   565 ヤマンバ ・・・そうできたら、どんないいか。   566 みよ おばば。   567 よし とんでもない。   568 ヤマンバ じゃが、無理じゃ。   569 みよ どうして。   570 ヤマンバ わしは、わしから逃げるわけにはいかんからの。   571 みよ ?   572 よし いい加減にしろよ、こいつはヤマンバなんだぜ。   573 みよ でも。   574 よし さっさとしんじまえ。   575 さと よっちゃん! なんてこと。   576 よし もうちょっとで、こいつの腹ん中だったんだぞ。忘れたのか。   577 みよ でも、よし姉。   578 よし みよ。・・・・村にだって、よそもんに食べさせる余裕なんてないんだ。   さあ、おじさん、そいつで撃ってくれよ。   579 さと よっちゃん!   580 みよ (助けを求めて)おじさん!   *猟師、首を振って鉄砲を構える。   581 みよ (ヤマンバをかばって)駄目!   582 ヤマンバ (笑いながら、身を起こす。みよの手をつかんでいる)頭からがぁりがり、それとも足の方からごぉりごり、どっちから食べてもうまそうだ。   583 さと おばあさん!   584 よし この!   585 みよ おばば・・・。   586 ヤマンバ いいか、村の者にしかと伝えるがいい。わしはヤマンバじゃ。鬼じゃ。自分ひとり生きのびんとしてわが子の肉を食らい、このように醜い姿となりはてた化け物よ!   587 猟師 待て、ヤマンバ!   588 ヤマンバ さあ、この細い首をばっさり・・・。   *銃声。倒れるヤマンバ。    台詞の間をしっかり取る。ゆっくり、しみじみ。   589 猟師 ・・・もう、大丈夫だ。   590 よし さっきもそう言ったじゃない。   591 猟師 ま、そうだが・・・信じられん。   592 よし 何が。   593 猟師 鉄砲を握って一〇年、わしの目はふしあなではないはずだが・・・あの傷で・・・ううん。   594 みよ おばば、しんじゃった?   595 さと おばばじゃないよ、ヤマンバだよ。   596 みよ ?   597 さと ヤマンバだったんだよ。   598 みよ こわい・・・。   599 猟師 ああ、怖かっただろう。このあたりは見ての通り、木が生い茂っていて昼間でも暗い・・・これに懲りたら、子供だけで山に入ろうなんて思わないことだ。   600 少女たち ・・・はい、おじさん。   *子供たち退場。音楽。暗転。    教室に照明。本を閉じる先生。   601 先生 ・・・という話です。終わり。   602 ことみ (結構感動して)ふうん・・・。   603 アキラ ・・・・。   604 先生 えと、どうです?   605 ことみ 思ったより、いいかなって感じ。(アキラに)ね?   606 アキラ ・・・。   607 ことみ ね? アキラ?   608 アキラ ・・・。   609 先生 どうしました?   610 アキラ ・・・いい。   611 ことみ へ?   612 アキラ すっごくいい。いいじゃない、これ。絶対これやろうよ。うん、面白いよ。   613 ことみ あ、あんた。   614 アキラ あたし、ヤマンバやりたい。こういう大人の演技ってば、自分で言うのも何だけど、やっぱあたしよね。「子供が三人、おるんです」・・・うーん、いい!   615 先生 あ、あの、キャスティングはもうちょっと考えて・・・。   616 ことみ 何いってんだか。   617 アキラ 何よ。   618 ことみ あんたのどこが大人なの。   619 アキラ いや。ぜったい、あたしヤマンバ。それ以外だったらやんない。   620 ことみ あのね。   621 アキラ いやったらいや。   622 ことみ あんたはおもちゃ売場の幼稚園児か。   623 アキラ いーやー。   624 ことみ この。   625 先生 ちょっとちょっと。静かに。静かにして下さい。・・・えと、誰が何の   役をするかは、ちょっとおいといて、えと、決めるとこは決めとかないと・・・えと、とにかく、うちのクラスでは、この「ロングロング・・・」をする、ということでいいですか。   626 ことみ・アキラ はーい。   627 先生 (やよいを見て)えと。   628 ことみ やよい。   629 やよい え? あ、ああ。   630 アキラ 「ロンタイ」でいいかって。   631 ことみ なによそれ。   632 アキラ 略してんのよ。ロンタイ。とろいなあ。   633 ことみ ああ、そう。   634 先生 どうですか、青木さんは。   635 アキラ いいよねー。   636 ことみ うるさい。   637 やよい ・・・はい、いいと思います。賛成です。   638 アキラ ほらみー。   639 ことみ ふん。   640 先生 じゃあ、次は。   *チャイム。   641 先生 っと、時間ですから、次は、明日決めましょう。キャスティングとか、スタッフとか。   642 アキラ やったー!   643 先生 なんです。   644 アキラ また、国語がつぶれるぞー。   645 先生 あああ・・・試験もあるんですよぉ。   646 アキラ ほらほら、ことみ。   647 ことみ あんたねぇ・・・(溜息)起立。礼。さようなら。   648 先生 さようなら。   *先生、肩を落として退場。   649 ことみ (やよいに)えと。   650 やよい なに?   651 ことみ 日曜のことだけど。   652 やよい あ、あれ・・・ごめん、都合悪いから。   653 ことみ いいんだ、それは。いいんだ。・・・たださ。   654 やよい なに。   655 ことみ 今日、学校で会えて、嬉しかった。(アキラに)ね。   656 アキラ うん。   657 やよい 何のこと。   658 ことみ いいんだ、それだけ。それだけ言いたかっただけだから。(アキラに)ね。   659 アキラ うん。   660 ことみ うんしか言えないの?   661 アキラ うん。   662 ことみ ったく・・・・それじゃ、ね。   663 やよい うん、さよなら。   664 アキラ ばいばい。   665 ことみ (にっこり笑って)じゃあね。ばいばい。   *ふたり、教室を出る。   666 アキラ ・・・あの。   667 ことみ いいの。   668 アキラ でも。   669 ことみ 大丈夫。   670 アキラ だよね、そうだよね。   *二人、退場。   *照明しぼる。やよいにサス。机に突っ伏している。    しばらくの間。    ヤマンバにサスがつく。身を起こす。   671 ヤマンバ どうしたのじゃ。   672 やよい ああ、帰らなきゃ。   673 ヤマンバ 何を考えておるのじゃ。   674 やよい 帰って、買い物して、ご飯作って、洗濯して・・・   675 ヤマンバ 大変じゃの。   676 やよい いいえ、そんなの、ちっとも大変じゃない。そうよ、そんなの、ちっとも辛くない。   677 ヤマンバ 大丈夫なのか、おまえ。   678 やよい あたしは大丈夫。大丈夫に決まってるじゃない。みんなどうしてそんなことばかり。みんなみんな・・・。   679 ヤマンバ いや、すまなんだの。・・・ちょっと気になってな、あんたが。じゃが、いらん差し出口じゃった。   680 やよい あたしが? どうして。   681 ヤマンバ 気を悪くしては困るが・・・なんというか、わしに似とるような気がしての。   682 やよい (強く)なんで、似てるのよ。あたしは自分の子供を殺したりしてないわよ。   683 ヤマンバ ほい、怒らしてしもうたか?   684 やよい あなたなんか、大嫌いよ。・・・あたしは、あたしは、もう人が死ぬところなんか見たくない。   685 ヤマンバ ・・・誰か、亡くなったのかの。   686 やよい 自分だけが取り残される、こんなのもういや。死んでしまいたい。   687 ヤマンバ ・・・そうか、それは気の毒をした。   688 やよい 食事を作るのよ。お皿を並べて・・・ご飯までよそって、それから気がつくの。お母さんはもういないんだって。・・・わかる? もう二度と会えないってことが。   689 ヤマンバ 人は、いつか、死ぬもんじゃ。   690 ひとみ だから? だから何だって言うの。それで、この苦しさがおさまるとでも?   あんたなんか、・・・あんたなんか、死んでも、誰も悲しんだりしないものね。   691 ヤマンバ わしが死んだら、か。   692 ひとみ そうよ。あんたなんか、しんじゃえばいいのよ。   693 ヤマンバ わしが死んだら・・・誰も悲しんだりはするまいの。そりゃそのとおりじゃ(笑う)。   *やよい、声を殺して泣く。しばらくあって。   694 ヤマンバ ・・・・わしにも、なんやら覚えがある。   695 やよい ・・・・。   696 ヤマンバ 誰も、その時がやってくるまで、なにも本当のところはわからないものなんじゃなぁ。   ・・・そうだ、知っておるか? 「静かに渡すこがねの指輪」という遊びじゃ。   697 やよい 黄金の・・・?   698 ヤマンバ しらんか? わしの村では、みんなこれで遊んだもんじゃがの。   まずな、鬼を真ん中にして、輪を作って座るんじゃ。それで、座ったもんは手を後ろに隠して、宝物を順に手渡していく。まあ、宝物というても、子供のことじゃから、たいしたもんではない。がらくたじゃ。   鬼は、誰が宝物を持っているか当てる。当てられなければ、そのまま・・・じゃが、もし、当てられたら。   699 やよい 当てられたら?   700 ヤマンバ 指輪を持っていた者が、新しい鬼になる。   701 やよい 鬼。   702 ヤマンバ 「さらばーた         さらばーた         静かに渡す黄金の指輪         静かに渡す黄金の指輪・・・」   順に指輪は手渡されていく。拒むことはできん。静かにこっそりと手渡されていき・・・そうしていつか、あんたのところにまわってくる。手のひらに堅く冷たいものが押しつけられる。あ、と思ったその時。鬼が名前を呼ぶ。        「ほおい、やよいどん」   ・・・そうしてはじめて気がつくのじゃ。・・・どれほどのものを失うことになるのか。その痛みがどれほど辛いか。   なぜ、というても仕方がない。   どうして、というても答なぞない。   ただ、その痛み・・・それを知ってしまった者は・・・その指輪を握った手を高く挙げて立ち上がるしかないんじゃ。   703 やよい ・・・。   704 ヤマンバ わしはヤマンバじゃ。鬼じゃ。じゃが、わしは死のうなんぞとは思わんぞ。たとえ子供を食い続けてでも、わしは、生きてゆくんじゃ。死ぬわけにはいかん。わしは、生きて、伝えていかねばならんのじゃから・・・。   *ヤマンバの照明、消える。   705 やよい え?   706 やよい ヤマンバ?   *教室の照明もどる。   707 やよい あ・・・。   *出入り口に先生。   708 先生 まだ残っていたんですか。もう、暗くなりましたよ。   709 やよい 先生。   710 先生 早く帰らないとお母さんが・・・あ、え、えと、その。   711 やよい (あきれたように、笑って)先生。   712 先生 いやその、えと。   713 やよい 大丈夫ですって、先生。   714 先生 いやその・・・あ、あれ?   715 やよい なんですか。   716 先生 なんか、さっきと・・・いやその、とにかく、すみません。   717 やよい (背を向けて)いいんです。   718 先生 ・・・・。   719 やよい (ふりかえって)それより、先生。   720 先生 な、なんです。   721 やよい あの「ロンタイ」ですけど、あれって。   722 先生 え。   723 やよい あれって、探してきたんじゃなくて、先生が。   724 先生 な、何の話かな?   725 やよい 先生、目、赤いですよ。徹夜でもしたみたい。   726 先生 あ、青木さん。   727 やよい さあって、帰ろうっと。・・・それじゃ先生。   728 先生 う、うん、さようなら。   729 やよい はい。(明るく)また明日。   730 先生 あ、・・・ああ。(ゆっくり)また明日。   *二人退場。    音楽小さく始まる。エンヤでもいいか。    照明、暗く。    サスを一本、切り株に落とす。   ヤマンバとそのまわりに「サラバータ」を踊る子供たち。しかし、そこにはやよ いの姿はもはやない・・・。    音楽高まる。    緞帳降りる。    −幕−