『高校演劇教えます』の逆襲(海賊版)           執筆期間・・一九九七/一二/二四(一夜漬け)           作・玉村 徹 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】   大澤万里   山本智花   上木 望   西村雪枝   赤龍俊行   梅田直史   審査員1   審査員2   審査員3   大澤コンツェルン私設警察・警官 --------------------------------------------------------------------------------  *舞台は暗い。ざわざわ音。 校内放送の声 以上で卒業式および予餞会を終わります。一年一組と二組の生徒は体育館の後かたづけがありますから、この場に残って下さい。その他のクラスは、自分の椅子を持って教室に戻るように。特に担任の先生から指示のない限り、生徒の皆さんは下校してかまいません。あー、でもアレだぞ、最後に付け加えておくが、卒業生は開放感からカラオケだの何だの、寄り道しないで帰ること。三月三一日までは厚井高校に籍があることを忘れるんじゃないぞ。またぞろ指導部のお世話になるなんて事がないように。あと、お礼参りなんかするんじゃないぞ。今日は先生方、電車で来てるから、車に傷つけようったってそーはいかん。がははは・・・。なんだ? また話が長いだと? 君はあれだね、そうやって私の足ばかり引っ張るが・・・いいんだ、ああ、好きにしたまえ。ふん、三月の異動でアリューシャン列島分校にでも飛ばしてやる。ぐふふ。 なお、校内で送別会等を行う場合はかならず届け出た上で、規定を守ること。確認しておくが、5時には下校する、大声で騒がない、飲食物は一人当たり三〇〇円以内、ただし、バナナは除外する・・・。  *照明上がる。演劇部室。望と俊行、直史が送別会の準備をしている。 俊行   えっと、机どこに置こうか。 直史   ん。(こっち) 俊行   あ、そっち? 直史   ん!(違うぞ) 俊行   なんだ、こっちか。 直史   ん。(そうそう) 俊行   よーし。これで・・・いいかな、上木さん?  *望は忙しそうにジュースかなんかをコップに注いでいる。 望    えー、何? 俊行   何って、机。 直史   んー。(これでいいだろう?) 望    もう、そんなのそっちでちゃんやってよね・・・って、違うわよ、それ! 俊行   そう? 望    そうって・・・全然違うよ。決めたじゃない、この間話し合って。 俊行   だったっけ。 直史   ん。 望    だったっけじゃない! 思い出話が盛り上がるように最後にみんなで中部大会のビデオを見ようって・・・それでテレビが見えるように机を置くって・・・ちゃんとプリントにしたじゃない、配置図。 俊行   あ・・・。 直史   ん・・・。 望    「あ」でも「ん」でもないの! 男子がそんなだから、もう、あたしが。  *雪枝入ってくる。お菓子を買い出しに行っていたのだ。 雪枝   買ってきたよー。ポッキーにチップスにおせんべにクッキーにチョコパイにサキイカ。これでつまみは完璧・・・にしてもやんなっちゃうよね、校門でチェックなんかしてんだよ、角ベェ。規定以上のお菓子は没収だーとかなんとか・・・ありゃ自分で食べる気だよ。糖尿になってもしらないぞ、ってね・・・どしたの? 望    言ってやってよ、俊行君たら、また打ち合わせしたこと忘れて。 雪枝   また?(声をひそめて)今度はなに? 俊行   (小声で)今度はって・・・机の位置。 雪枝   ああ、そゆこと。えっと、梅ちゃん、そっち持って。もっとこっちだよ、たしか。 俊行   あ、そっか。 望    ・・・違うー。 雪枝   え? 望    ここなの。 雪枝   だから、ここだろ? 望    違うの。ここ。 雪枝   だから・・・。 望    ここ見て! ほら、ここ! 雪枝   え? ・・・(床を見て)これってまさか。 俊行   「机右前」・・・って、これ。 雪枝   場ミリテープだ・・・。 望    ずれてるでしょ、上手に一〇センチ。 雪枝   あのね。 直史   (机の上を見て)ん! ん! 俊行   これ・・・! 雪枝   (場ミリを読み上げる)「ポッキー」「チップス」「おせんべ」「クッキー」 俊行   「チョコパイ」「サキイカ」「ウーロン茶・大澤先輩用」「ウーロン茶・山本先輩用」・・・ 望    さあ、急いでよ。セッティングは一五分以内。先輩達もう来ちゃうわよ。 俊行   セッティングって、あの。 雪枝   キャラクター変わったよね、望ってば。 直史   ん。  *さらにバタバタと準備が続くうちにノック。 智花   さて、厚井高校演劇部の諸君。私が先の演劇部副部長にして舞台監督の元神様、んでもってまもなく花の女子大生としてハッピーなキャンパスライフを送る予定の山本智花である。・・・みんな、久しぶりね。 望    先輩! 智花   頑張ってる? まあしばらく会わないうちにずいぶん背が・・・伸びてないわね。 望    当たり前です! しばらくって二ヶ月くらいじゃないですか! 俊行   大学、合格したんですか。 智花   あったりまえじゃない。あたしくらい才能と美貌に満ちあふれていると、嫌って言っても向こうのほうでほっといてくれないのよ・・・って、まあ、昨日までは心配で眠れなかったんだけどね。 雪枝   あ、じゃ、本命の。 智花   そ。○○大学法学部。ふっふっふ、東京だぞー。 雪枝   いいなあ・・・。 俊行   どっちが? 大学が? 東京が? 雪枝   うるさいな。どうせあたしは・・・先輩、座って下さい。 智花   あ、これ、差し入れね、食べて。・・・(机の上の場ミリを見て)なにこれ? 雪枝   気にしないで下さい。ただの病気ですから。 智花   え? 望    (ウーロン茶の入ったコップを持ってきて)いま、どんな気分ですか? 智花   あら、ありがと。・・・そうね、うまく言えないけど、虚脱感半分、嬉しさ半分、不安感半分、寂しさ半分、名残惜しさ半分、後悔半分、満足感半分・・・。 俊行   半分が多すぎますよ。 智花   そうね。でも、そんな気分なの。こういうときって言葉は駄目よね。あんたたちも再来年わかると思うけど・・・とても一言じゃ。 雪枝   いろいろありましたからね。県大会だの中部だの。 智花   うん。やっぱ、劇のことが一番かな。あんた達のおかげだね。 雪枝   そんな。 智花   駄目よ。いやがるだろうけど、言わせてもらう。ありがとう、みんな。 雪枝   だってそれは。 智花   ほんとだって。ありがとうだけじゃ足りないくらい。・・・この気持ちもやっぱり言葉だけじゃつたわんないね。それこそ一時間の劇にでもしないと・・・だから劇って素晴らしいんだけど。あ、なんだかレクチャーみたいになったわね。 俊行   また、時々はレクチャーに来て下さい。怜香先輩みたいに。 智花   来てるの? 先輩。 俊行   ここんとこ体の調子がいいとかで・・・毎週一度は。 雪枝   そうそう。「やっぱりあたしは机仕事はむかない女なのよ」なんて言って、・・・ほんとに心臓病なんですか、あの人。 俊行   あのハリセンはなんとかしてほしいですけど。 智花   って言われてもねぇ。 望    でもおかげで梅田君が、ほら。 雪枝   そうそう。ちゃんとしゃべるようになったもんね。 俊行   あれだけぶたれりゃね。 智花   ほんと? すごいなぁ、先輩は。何か言ってみてよ、梅田君。 俊行   梅ちゃん、山本先輩に会えてどんな気分? 直史   ん!(嬉しそうに) 雪枝   梅ちゃん、演劇は好き? 直史   ん!(嬉しそうに) 望    梅田君、今日の朝御飯は? 直史   ん。(目玉焼きと味噌汁・・・ってわかるか!) 智花   ・・・すごい進歩ね。 雪枝   でしょう。 智花   う、うん。・・・えっと、そうだ、万里は? まだ来てないの? 望    大澤先輩は・・・式にも出てなかったですよね。 俊行   たしか、劇団を受けまくってるとか・・・。 雪枝   東京でしたよね、先輩も。青年座とか扉座とか。 智花   うん。でもね、この間電話で・・・。  *どんどん! 乱暴なノック。ドアが開く。黒服黒メガネの男が二人、肩をいからせて入ってくる。終始無言。部室の中をじろじろ見回して、退場。 俊行   ・・・なんなんだー。 望    怖い。 雪枝   ヤクザ? 角ベェったら、何やってんだよ。 智花   違うわ。私設警察よ。 雪枝   へ? 望    警察? 智花   てことはまだ万里、逃げてんだ。良かった。 俊行   大澤先輩、犯罪者なんですか! 望    まさか。 雪枝   とうとう? 智花   違うって。私設警察よ。正しくは「大澤コンツェルン・私設警察」。万里んちのおかかえのボディガードよ。 雪枝   ボディガードって。 望    コンツェルンって。 智花   あれ、知らなかった? 万里んち、すごい地主で、山だのビルだのものすごくたくさん所有して、だから彼女の家ってば半端じゃない丸金なのね。あたしもよく知らないけど、日本の富の何十分の一は大澤コンツェルンのものだとか何とか。 俊行   聞いたことはあるけど、その名前。 雪枝   うん。でもまさか先輩が。 智花   知らなかった? でも宣伝する話でもないから。 直史   ん?(ちょっと待てよ) 俊行   あ、そうだよね。その私設警察さんがどうしてここに来たりするんですか。 智花   うん。それがさ。逃げてるらしいの。 俊行   え? 智花   逃げてるの。つまり、家出。まったくいい年こいて。  *照明変化。ピンを順に当てる。 智花   「東京だと。親元を離れたいだと。バカを言え。なぜ、大澤家の一人娘がそんな苦労をしなくちゃならんのだ。お前はここで幸せに一生過ごせばいい。都会なんぞ、いいことなんか一つもない。あれだぞ、東京の人間はみんな麻薬と暴力と援助交際のぐちゃぐちゃだぞ。大澤の娘がそんな。わたしの万里がそんな。ゆるさん。ゆるさん。ゆるさあん。」 雪枝   「お母さんはね、俳優がいけないなんて言うつもりはないの。夢は素敵なことよね。ええ、わかるわ、お母さんも若い頃はオペラ歌手になりたいって思ったものよ。でもね(遠い目をして)、それは青春の蜃気楼。若さが見せる幻なの」 俊行   「どうやって食ってくつもりだ。仕事は生活だぞ。今役者だけで食っていける人間が日本にどれだけいる。一〇〇人か? 一〇〇〇人か? たいていはその日の生活にも困る、そんな奴ばかりだぞ。先生は教え子をそんなあやふやな道に進ませたくは無いぞ」 望    「それって夢よ。あなた演劇に逃避してるだけよ。勉強とか進路とか、もっと真剣に取り組んだ方がいいんじゃない。演劇部は中部大会出たんですってね。すごいと思う。あたしらのブラバンは県大会どまりだったし。でもさ、それでいいと思うんだ、あたしは。だってプロになんかなれっこない。・・・いつまでも夢ばっか見てると、冬のキリギリスになっちゃうんじゃない?」 直史   「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん」  *照明戻し。 智花   あのね。・・・でもそんなことであの万里がくじけるはずがない。で、作戦が変わったの。 望    作戦? 智花   そ。これなんだけどね。  *机の上に写真を投げ出す。 望    なんです、これ。 雪枝   わ、いい男。 望    雪枝ちゃん。 俊行   「そりまちゆたか 二六歳 そりまち銀行頭取の長男 ハーバード大卒 趣味は乗馬にビリヤード」・・・これって。 智花   見合い写真。・・・やるもんだよね、万里んちの両親も。大事な一人娘、なんとか手元に置いておきたいって気持ちは分かるけど、高校卒業と同時に結婚させようって言うんだからね。無茶苦茶でしょ? 雪枝   ・・・。 望    雪枝ちゃん! 雪枝   え? あ、ああ。そうですね。うーん、惜しい。 智花   何考えてんの。とにかくね、みつかったら即結婚させられちゃうんだって。だから、卒業式なんてとてもとても・・・。 俊行   それで私設警察・・・なんかとんでもない話ですね。 智花   なんとか今日は来るって言ってたんだけど・・・さすがに無理かな。みんなもね、覚えておいたほうがいいと思うけど、親の愛・・・愛情ってたいへんなもので・・・ほら言うでしょ、かわいさ余ってなんとかって。 望    ・・・先輩? 智花   なに? 望    先輩もたしか、一人っ子でしたよね? よく出してくれましたね、県外。 智花   ああそれ。万里はあのとおりだけど・・・あたしは、条件を出したから。 望    条件? 智花   「卒業したら必ず地元に帰ってきます」 望    帰る・・・んですか? 智花   まさか。 望    え? 智花   行っちゃえばこっちのもんよ。あとは既成事実を作っちゃえばいいんだから。 雪枝   既成事実ってなんですか。 智花   そうね、向こうで適当に男みつくろって、「できちゃったから、結婚します、福井に帰りたかったけど、彼も長男だし、ごめんなさい、そうだ、たまーでいいから、孫の顔でも見に来てね」とかなんとか。まあ、しばらくガタガタ言うだろうけど、年寄りは赤ん坊に弱いって相場が決まってるでしょ。 雪枝   あ、あの。 俊行   めちゃくちゃだ。 望    やっぱ先輩コワイ・・・。 直史   んー。 智花   なにいってんの。・・・そうだ、乾杯とかしないの? 万里は、来れないかも知れないし。 望    そ、そうですね。  *各自コップを持つ。 望    じゃ、部長。 俊行   え? えと、そういうのは・・・西村さん。 雪枝   なんであたしが。 望    駄目だって! もう、しっかりしてよ、部長なんだし。そういうところが。 俊行   う、うん。わかったよ。・・・ええと、なに言えばいいかな・・・。 雪枝   適当でいいよ。 望    だめ、ちゃんと。 俊行   えと、・・・厚井高校演劇部に、えと、乾杯!  *飲む。 望    もー、もっと、ほら。 智花   ねえ、今度の公演の準備は進んでるの? 弥生公演。いつだっけ? 俊行   あ、三月・・・今月の二二日です。 智花   あと三週間・・・だけど、期末とかあるから実質一〇日ってとこよね。どう?順調? 俊行   ええまあ、八割くらいはできあがって。 望    何言ってるの。・・・全然仕上がってないんです、先輩。 雪枝   全然ってことは・・・。 望    あのね、今度は自主公演なんだよ。わかってる、そのこと。 雪枝   わかってるよ、そんなこと。 望    県大会とかとは違うの。協賛金集めて入場料とって・・・お金取ってみせるんだから、いい加減な劇は上演しちゃいけないのよ。 智花   ふうん・・・。 望    大会の審査員とかよりずっと厳しい一般のお客さんの目があるんだから・・・演劇は素人かも知れないけど、いいか悪いか、その二つしかない、怖い審査員で・・・。 雪枝   演劇部員みたいな身内じゃないからつまんない劇には厳しい態度をみせてくるはず・・・耳にタコが出来るよ。 望    わかってるなら、なんで昨日は来なかったの、部活。雪枝ちゃんのせいで昨日はほとんど練習できなかったんだから。もっとまわりの迷惑とか考えて・・・。 俊行   ちょっとちょっと。 雪枝   それは。 望    劇ってチームでやるのよ。調和を乱す人がいたら劇なんてできっこないんだから。なのに、雪枝ちゃん、今日、みんなに謝った? ほんとに責任感じてるの? 俊行   ちょっといくらなんでも・・・あれ? なんかデジャ・ビュ。 直史   たとえ・・・たとえ友人であっても(ひっくり返る)。 俊行   またや。  *みんなで介抱する。 雪枝   あのさ・・・やめる。 望    え? 雪枝   あたし、もうやめる。 俊行   またまたデジャ・ビュだ。 望    そんな、どうして。 智花   本気? 雪枝   はい、先輩。先輩もみんなにも悪いとは思うけど・・・楽しくないんだ、劇やってて。ずっと我慢してきたけど・・・もうこれ以上は、いやなんです、もう。 智花   どうして? 雪枝   それが・・・うまくいえなくて。ただ、楽しくないんです。 望    そんな、困るじゃない、今になって、急に。 雪枝   急じゃない。ずっと前、県大会の頃から。ずっと考えてたんだ。なんか違うって。 望    そんな、わかんないじゃない・・・。(涙が流れる) 雪枝   あたしだって・・・。  *智花、ハリセンで机をどつく。ばん! 吹き飛ぶお菓子。拾い食いする直史・俊行。 智花   こら! しっかりしなさい。あんたたち演劇部員でしょう。この一年間、何を見てきたの! 演劇の基本はコミュニケーション。そうでしょう。だったら、ぐじゃぐじゃ泣いてないで気持ちを言葉にしなさい。あんた達ならできるはずよ! ・・・(俊行と直史に)そんなの拾ってんじゃねぇ! 望・雪枝 ・・・はい。  *照明変化。サスで下手に空間を作る。県大会審査員が三人いる。 審査員1 とても自然な演技だったね。それが光ってるんだよ。 審査員2 そうそう。過剰でもなく抑えてもいない。強いて言えば良くもなく悪くもない。そこがいいんだよ。 審査員3 脚本? 照明や音響? いや、別に問題はなかったよ。よかったんじゃないかね。 望    これ、県大会の・・・褒められたでしょう、この時は。 雪枝   そうだけど・・・そうだけど・・・。 審査員1 うん、つまりね、一時間の劇中でテーマを示すこと、それが大事なんだ。声高にテーマを口にしてしまったら駄目だ。失敗だね。 審査員2 音響も照明も役者と一緒に演技をすること。ちょっとでも息が乱れると劇全体が壊れてしまう。 審査員3 高校生らしさ、それは強い情熱だ。既成の常識の枠では捉えきれない大胆な発想の飛躍、私たちはそれが見たいと思っているんだ。 望    これも・・・そのとおりじゃない? 雪枝   うん。そうなんだけど・・・。 俊行   そして僕らは金賞をもらった。中部にも行った。こんなに幸運な事ってないとおもうんだけど。 雪枝   そうなんだ、それは嬉しいんだけど・・・。 審査員1 神経を集中するんです。役柄になりきって、素に戻ったりしてはいけない。 審査員2 リラックスですね。舞台上で堅くなっていたのでは自然な演技は出来ません。相手の役者や音や光・・・すべてに反応して台詞を言うんです。 審査員3 生き生きしたイメージ。それが大事です。そうしてはじめて人間を理解したことになるんです。 望    ええと、これも・・・。 雪枝   こんなことできる? こんなこと、全部考えて演技なんて、上演なんてできる? 過剰でもなく押さえもせず? リラックスしながら神経を集中するんだって? あんたやってみなよ、ってくらいだよ。 望    それは。  *審査員達、一こと言って退場。 審査員1 素晴らしい上演を祈っています。 審査員2 あなた達ならできますよ。期待しています。 審査員3 福井の代表として恥ずかしくない上演をしてくれることを信じていますよ。頑張って。 雪枝   信じるのも祈るのも・・・勝手だよ。そんな・・・そんな、すごい劇なんか作れるわけ無いじゃないか。勝手に期待なんかしないでくれ! 審査員1(声だけ) 力みすぎましたね。 審査員2(声だけ) 脚本を直しすぎましたね。ギャグが多すぎます。 審査員3(声だけ) 練習しすぎて段取り芝居になってしまいました。 審査員1−3(声だけ) 残念でしたね。気を落とさないで、頑張って下さい。いいもの持っているんですから。  *ゆっくり照明戻る。立ちつくす雪枝・望・俊行・直史。 智花   ・・・なるほどね。 雪枝   もう、疲れちゃった。演じるの、嫌いじゃない。いろんな人になって演技してその人のことを理解して・・・けど、もう上演は嫌なんだ。勝っても負けても・・・その勝った負けたがもう嫌なんだ。 望    雪枝ちゃん。 雪枝   先輩・・・先輩? 智花   え? なに? 雪枝   答えて下さい。あたし、どうしたらいいんでしょう。 智花   ごめん・・・今、考えてたんだ。あたしは・・・あたしらはなんで三年間も劇なんて物にしがみついていたんだろうって。万里なんかは、アレだよね、これから一生関わっていこうっていうんだから・・・なんでかなあって。 雪枝   どうしてなんですか。 智花   えとね・・・まずね、これはあやまっとくけど、怜香先輩の話ね、あれはちょっと嘘が入ってる。ああ、もちろん、心臓の病気とか、あれは本当よ。そういうことであんたたちを騙したことはないわ。そうじゃなくて・・・怜香先輩の意志を継いで、それだけが理由で演劇してきたわけじゃない、ということ。わたしらも、人の為だけにずっと生きて行く、なんてそんないい人間じゃないから。だから、あれにはもうちょっと続きがあるの。 望    続き・・・。 智花   うん。それはね・・・簡単にいうと、楽しいから。劇するのが、自分が楽しいから。それが一番だったんだろうって思うわけ。 雪枝   でも、でも、あたしは。 智花   あのさ、西村さん。人間てさ、どういうときが一番幸せなんだと思う? 雪枝   ・・・いきなり、なんです。 智花   あなた、どんなとき、幸せ? おいしい物食べてるとき? たくさんのお金? 一〇〇点の答案? 雪枝   それは、まあ。 智花   上木さんはどう? 望    わたしも、そんな感じかな。 智花   ふうん。じゃ、赤龍君は? 俊行   レジャーとか、そういうときも楽しいですけど。 智花   他にない? まだあるでしょう・・・なに?  *直史、動作。 俊行   自分にも聞いてくれ、だそうです。 智花   あのねー。・・・まだ通訳がいるの?  *直史、動作。 俊行   通訳はいらないって・・・梅ちゃん?  *直史、ゆっくり手を伸ばす。のばして・・・雪枝の手を握る。そして微笑む。 雪枝   な、な、な! 俊行   お前! 望    梅田君。 智花   ・・・あいかわらずおいしいとこ持ってくねー。 雪枝   あの、これ、あの。 智花   それなのよ。正解なの。 雪枝   な、何なんです! 智花   なに逆上してるの。・・・簡単なことでしょう。その手のひらから伝わるもの・・・心。心が伝わるとき、私たちは幸せを感じる、そうじゃない? ま、それだけ、人間というのは孤独な生き物なのかも知れないけど。 そしてね、演劇ってとってもよく心が伝わるの・・・こっちの気持ちが観客に、観客の気持ちがこっちに、そしてもちろん、役者同士の気持ちもお互いに。 たとえばね、私と万里なんか、もー、腐れ縁なわけだけど、劇やってきたから、それはそれは心が伝わるのよ。今だってね。 俊行   でも、先輩、東京なんでしょう? 智花   あたしも最初はそう思ったけど・・・あの派手好みの女が卒業式みたいなイベント逃すはずがない・・・きっとここに来てるんだよ。 望    えー? 智花   そうだろ、万里!  *ばん、と音を立ててボックスが開く。ただし、万里は立ち上がらず、首だけ出している。 万里   話はぜーんぶ聞かせてもらった。・・・さすがだね、相棒。 智花   ふん。おおかたいいところで飛び出して目立とうって思ったんだろうけど、 そうはいかない。だいたいその登場の仕方、いいかげんマンネリだよ。 万里   マンネリが怖くて水戸黄門が見れるかって。これはさ、あんたの貧困なギャグセンスに合わせてやったんだよ。 智花   そーゆーこと次郎右衛門の人に言われたかない。  *わあわあ言い合っている。 望    先輩、いつからそこに・・・。 万里   うん? 朝からずっと。あいつらがそこらへんうろうろしているもんだから、出るに出られなくてさ。 望    朝からって・・・あのトイレとか・・・。 万里   バカね、あたしみたいな美少女になるとトイレなんか行かないのよ。ねー、智花。 智花   そうそう。やだ、上木さん、まだ行ってるの? 信じられない。 望    ・・・ああ、そうですか。 万里   西村さん。この口の軽い女のせいで、もう付け加えることあんまりないんだけど、一つだけ、アドバイスするわ。あたしがいつも心の中で唱えてきたおまじないみたいなもんだけど。 えとね、「お客はこれから知り合うともだち、だから握手をするように舞台に立とう」 智花   もう一つ忘れてるわよ、「審査員はカボチャ、講評委員はジャガイモ」 万里   そうそう。あと「顧問はカネヅル」とか「校長は××」とかもあるけど。 智花   こらこら。  *智花と万里、わあわあ言う。 雪枝   ・・・またなんだか。 望    だまされてるみたいな。 俊行   そうじゃないみたいな。 雪枝   ずっと頭あがんないんだろうな、先輩たちには・・・。 望    嫌? 雪枝   ・・・そうでもない。望、もうちょっとやってみる。いいかな? 望    うん! 俊行   やろう。  *直史、後ろから雪枝の肩に手をかけて、微笑む。 雪枝   ちょ、ちょっと待って!  *こちらもわあわあやる。 智花   ・・・どうでもいいけど、いいかげん出てきなさいよ、そこから。 万里   実は・・・足がしびれて動けない。 智花   チャンス!  *みんなで万里のまわりに群がる。わあわあ騒ぐ。 そこに、どんどん、と乱暴なノック。私設警察である。凍り付く部員達。 「もっぺん押し込めろ」「ばれるよ」「窓から」「歩けない」「いっそ衣装着せてマネキンだってコトに」「不細工だぞ」「なんだとこら」 緞帳降りる。             −幕− <参考> 中部五〇周年記念パネルディスカッション               一二/二四(水)一四:〇〇〜一六:一五