管理人ブログ - 久しぶりの堺中
確か、9月頃、前任校の堺中のK先生から電話があった。何でも、「SEVEN」を地区大会で上演したいとのこと。「SEVEN」というのは、私が堺中にいた時に、卒業生が夏の自主公演用に提供してくれた作品。ただ、少し使いづらかったので、大幅に改作した。
丁度、その年の秋、私がこのサイトを開設することになり、「SEVEN」を公開したいと言ったら、その時高校2年の原作者が「じゃあ、だいぶ変わってるので、著作権は先生でいいです。」ということで、譲り受けたもの。思いの他需要があって、毎年1〜2本は上演許可申請が来る。
ただ、読む人が読むと、ストーリーも文体も二人分入り交じっていて、いつか書き直したいと思っていた。少し、構想を練り始めたところに、今回の話。ちょっと、不思議な感じがした。結局、ストーリーの破綻の修正に手間取って、出来上がったのが、10月22日の夜。11月11日の大会まで丁度3週間だった。
そして、昨日、K先生が、練習に呼んでくれた。久しぶりに入った堺中の校舎。練習場所は、4階で、丁度、「スワローズ」でベランダのシーンを練習した当たりだった。懐かしかった。
前顧問と言っても、私がいた時の部員は一人もいない。わずかに、部長ともう一人が知っていてくれるだけ。どんな反応かドキドキしながら、教室に入る。
「こんにちはー!」
大歓迎だった。昼食時間も、「一緒に食べましょー!」と笑顔で誘ってくれて、和になって食べる。体育館の改築で、以前の練習場所だったプレハブも取り壊され、昔の活動の名残はほとんど無くなってしまったけれど、底抜けに明るくて、素直で、人なつこい「堺中演劇部」は確かにそこに残っていた。至福の時間。正直、泣きそうだった。やっぱり、私の居場所はここだ。ああ、早く演劇部が持ちたい。
少し、アドバイスをさせて貰ったが、3年生が中心のキャストは勘が良く、言ったことをどんどん吸収してゆく。中には、言ったことをメモしている子もいて、恐縮してしまった。来週の発表が楽しみだ。
丁度、その年の秋、私がこのサイトを開設することになり、「SEVEN」を公開したいと言ったら、その時高校2年の原作者が「じゃあ、だいぶ変わってるので、著作権は先生でいいです。」ということで、譲り受けたもの。思いの他需要があって、毎年1〜2本は上演許可申請が来る。
ただ、読む人が読むと、ストーリーも文体も二人分入り交じっていて、いつか書き直したいと思っていた。少し、構想を練り始めたところに、今回の話。ちょっと、不思議な感じがした。結局、ストーリーの破綻の修正に手間取って、出来上がったのが、10月22日の夜。11月11日の大会まで丁度3週間だった。
そして、昨日、K先生が、練習に呼んでくれた。久しぶりに入った堺中の校舎。練習場所は、4階で、丁度、「スワローズ」でベランダのシーンを練習した当たりだった。懐かしかった。
前顧問と言っても、私がいた時の部員は一人もいない。わずかに、部長ともう一人が知っていてくれるだけ。どんな反応かドキドキしながら、教室に入る。
「こんにちはー!」
大歓迎だった。昼食時間も、「一緒に食べましょー!」と笑顔で誘ってくれて、和になって食べる。体育館の改築で、以前の練習場所だったプレハブも取り壊され、昔の活動の名残はほとんど無くなってしまったけれど、底抜けに明るくて、素直で、人なつこい「堺中演劇部」は確かにそこに残っていた。至福の時間。正直、泣きそうだった。やっぱり、私の居場所はここだ。ああ、早く演劇部が持ちたい。
少し、アドバイスをさせて貰ったが、3年生が中心のキャストは勘が良く、言ったことをどんどん吸収してゆく。中には、言ったことをメモしている子もいて、恐縮してしまった。来週の発表が楽しみだ。

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