管理人ブログ - オペラ座の怪人(四季)
学校の懇親会で、劇団四季の「オペラ座の怪人」を見にいった。演劇部顧問として恥ずかしい話かもしれないが、四季を見たのは初めてだ。日本で黒字の劇団は、四季とキャラメルぐらいとも聞く(笑)。一体、どんな世界なのか、「オペラ座の怪人は凄いらしい」し、もう、1週間くらい前からワクワクしていた。
オープニングのオークションのシーンは、素晴らしかった。これから始まる世界に思いを馳せ、引きこまれた。しかし、残念ながら、そこで終わりだった。後はただ、時間が過ぎていくのを我慢しているだけの苦痛の時間だった。多分、一人で見に来ていたら、途中の休憩で帰ってしまったろう。しかし、他の先生方とも一緒だったし、もしかしたら、後半盛り上がるかも知れないと思い、最後まで見たが、結果は同じだった。自分だけかと思い、一緒に行った先生方にも聞いてみたが、ほとんどが四季は初めてだったようだが、奥歯に物が挟まったような物言いだった。
念のため、断っておくが、座席が後方だったので、細かい役者の表情等はよく分からなかったし、ミュージカルを見慣れているわけではないので、楽しみ方がわからないということはあるかも知れない。エンターテイメントとして、きれいな衣装と大がかりな舞台装置や、火が走ったり、雷が光ったり、ファントムが消えたりする派手な演出を楽しめば良かったのかも知れない。
けれど、「演劇」のつもりで観にいった私には、144分間ひとときも休むことなく続く、マイクを通した大音量のセリフと歌が耐えられなかった。すべてのセリフが、舞台の中央の空中から聞こえてくる。
何故、あんなにボリュームを上げなければいけないのだろう。先日観たキャラメルとホールの広さはそれほど変わるとは思えない。あっちもマイクで拾っていたかも知れないが、最後方にいた私の席まで、それぞれの役者の口から、はっきりと肉声が聞こえてきた。
いくつかの、多分、素晴らしいのであろう歌の部分も、スピーカーを通した金属的な音のせいで、感動することが出来ない。さらに、ほとんどのセリフにメロディーがついているために、どうでもいいセリフの時は、先に進まないし、大事なセリフの時には、感情が読み取れない。まあ、広い劇場のミュージカルというのはそう言うものだよと言うことであれば仕方ないが、オペラ座の怪人という演目では、私は、葛藤が観たかった。
少なくとも、以前観た森繁久弥の「屋根の上のバイオリン弾き」は、歌も踊りも親子の心の襞も、すべて楽しむことが出来たし、あんなにずっとオペラのように歌ってはいなかった。上演が終わってのカーテンコールでの会場の拍手も、公平に言って「割れんばかり」とは言い難かった。特に、会場の照明がついてからは、普通、大きな拍手が続く中で、じれるくらいの間が空いてから、主役が登場するものだが、今日は、観客が拍手を止め、ぞろぞろ帰りだしているときに、慌ててキャストが出て来る始末だった。
しかし、観たことはないが、「キャッツ」なら、純粋に歌と踊りを楽しめそうな気もする。いずれにせよ、ある意味で、今日の経験で、私が演劇に求めているものが少しはっきりしてきたように思う。その為にも、もう少し、四季と付き合ってみようと思う。もし、このコラムをご覧になってる方で、御意見等があれば、是非、聞かせて下さい。お願いします。
オープニングのオークションのシーンは、素晴らしかった。これから始まる世界に思いを馳せ、引きこまれた。しかし、残念ながら、そこで終わりだった。後はただ、時間が過ぎていくのを我慢しているだけの苦痛の時間だった。多分、一人で見に来ていたら、途中の休憩で帰ってしまったろう。しかし、他の先生方とも一緒だったし、もしかしたら、後半盛り上がるかも知れないと思い、最後まで見たが、結果は同じだった。自分だけかと思い、一緒に行った先生方にも聞いてみたが、ほとんどが四季は初めてだったようだが、奥歯に物が挟まったような物言いだった。
念のため、断っておくが、座席が後方だったので、細かい役者の表情等はよく分からなかったし、ミュージカルを見慣れているわけではないので、楽しみ方がわからないということはあるかも知れない。エンターテイメントとして、きれいな衣装と大がかりな舞台装置や、火が走ったり、雷が光ったり、ファントムが消えたりする派手な演出を楽しめば良かったのかも知れない。
けれど、「演劇」のつもりで観にいった私には、144分間ひとときも休むことなく続く、マイクを通した大音量のセリフと歌が耐えられなかった。すべてのセリフが、舞台の中央の空中から聞こえてくる。
何故、あんなにボリュームを上げなければいけないのだろう。先日観たキャラメルとホールの広さはそれほど変わるとは思えない。あっちもマイクで拾っていたかも知れないが、最後方にいた私の席まで、それぞれの役者の口から、はっきりと肉声が聞こえてきた。
いくつかの、多分、素晴らしいのであろう歌の部分も、スピーカーを通した金属的な音のせいで、感動することが出来ない。さらに、ほとんどのセリフにメロディーがついているために、どうでもいいセリフの時は、先に進まないし、大事なセリフの時には、感情が読み取れない。まあ、広い劇場のミュージカルというのはそう言うものだよと言うことであれば仕方ないが、オペラ座の怪人という演目では、私は、葛藤が観たかった。
少なくとも、以前観た森繁久弥の「屋根の上のバイオリン弾き」は、歌も踊りも親子の心の襞も、すべて楽しむことが出来たし、あんなにずっとオペラのように歌ってはいなかった。上演が終わってのカーテンコールでの会場の拍手も、公平に言って「割れんばかり」とは言い難かった。特に、会場の照明がついてからは、普通、大きな拍手が続く中で、じれるくらいの間が空いてから、主役が登場するものだが、今日は、観客が拍手を止め、ぞろぞろ帰りだしているときに、慌ててキャストが出て来る始末だった。
しかし、観たことはないが、「キャッツ」なら、純粋に歌と踊りを楽しめそうな気もする。いずれにせよ、ある意味で、今日の経験で、私が演劇に求めているものが少しはっきりしてきたように思う。その為にも、もう少し、四季と付き合ってみようと思う。もし、このコラムをご覧になってる方で、御意見等があれば、是非、聞かせて下さい。お願いします。

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