管理人ブログ - 関東大会(高校)
立川に高校の関東大会を見にいった。もちろん、素晴らしい上演が沢山あるだろうが、一番の目当ては、去年、堺中が上演した「トシドンの放課後」を観るためだ。
午後から出かけたので、1本目は、拓殖第一(東京)の「夏だし、夜だし、夢だし」。題名からわかる通り、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」を、演劇部の劇中劇の形で展開させていくものだ。演技はしっかりしていたし、随所に新しい試みを取り入れていたと思うが、ともすると、有名な商業演劇の手法をいくつか取り入れたように移ってしまう場面があった。
2本目は、松戸国際(千葉)の「生徒総会」。今までに中学生の上演を何回か観たことがあるが、さすがに演技に切れがあり、面白かった。ただ、笑いの部分の演技の質や作り方が、「コテコテ」な気がした。
メインが喋っているときに、周りが騒いでいる所など、本当に騒いでいるのではなく、騒いでいる「感じ」を作っているだけで、きっかけで、全員振り向くのを待っている感じがした。リアクションの表情等もかなり全員が、オーバー目に仕上げてあった。しかも、何カ所もそう言うシーンがあり、すべて全く同じ演技の繰り返しに見えた。まあ、好みの範囲を出ないかも知れない。
面白かったのは、あちこちに「七人の部長」を感じたこと。これはもちろん、「生徒総会」の方が、「七人の部長」より先に書かれているのだから、私の問題なのだが、重なるテーマがあるだけに、セリフやシーンの作り方等が似ている感じがしてしまった。
最後に観たのは、友部(茨城)の「トシドンの放課後」。結果として、この作品が全国大会に出場することになった。多分、このレベルの学校は、全国のためにも褒め言葉より、率直な意見を求めていると思うので、あえて書かせて貰うが、感動できなかった。理由は大きく分けて二つある。
一つは、キャラクタの設定。この物語は、(私の解釈では)教室には入れない別室登校の男子生徒と、本当は純粋だが、その純粋さ故に次々に問題を起こしてしまう女子生徒のそれぞれの葛藤と交流、そして、そこに女子生徒の担任が大人の価値観で関わってゆくと言ったところが見所ではないかと思う。しかし、舞台の上の二人はともにステロタイプのキャラであったように思う。不登校=気弱・問題生徒=マッキンキンの頭。しかし、男子の演技はいかにも「気弱を作ってる」感じだったし、もちろん、金髪は脚本の指定だが、マッキンキンの頭に比べて、クビから下は仕草も含めて、全く普通の女の子だった。
二つ目は、音響効果。狙いなのかも知れないが、やたらと音量が大きく、また、おかしなタイミングで、急に入ったり消えたりする。いい演技に感情移入しかけるたびに邪魔をしていた。リハの問題や部員数等、いろいろ現場の問題があったのかも知れないが、もう少しきちんとした計画と練習と配慮が欲しかった。
もう一つ細かいことだが、非常にリアルな演技の作り方をしている中で、ところどころ、不自然に客席の方を向くシーンがあった。特に、ラストで別れ際に二人が礼をするシーンは、全く二人並んで客席を向く必然性がない。あれはとても重要なシーンだと思うが、もし、印象づけるためにそうしたのなら、成功してはいないと思う。
かなり辛口になってしまったが、トシドンは大好きな脚本。何か一つでも全国へ向けての参考になれば幸いです。夏は見にいきます。パワーアップした舞台を楽しみにしています。
午後から出かけたので、1本目は、拓殖第一(東京)の「夏だし、夜だし、夢だし」。題名からわかる通り、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」を、演劇部の劇中劇の形で展開させていくものだ。演技はしっかりしていたし、随所に新しい試みを取り入れていたと思うが、ともすると、有名な商業演劇の手法をいくつか取り入れたように移ってしまう場面があった。
2本目は、松戸国際(千葉)の「生徒総会」。今までに中学生の上演を何回か観たことがあるが、さすがに演技に切れがあり、面白かった。ただ、笑いの部分の演技の質や作り方が、「コテコテ」な気がした。
メインが喋っているときに、周りが騒いでいる所など、本当に騒いでいるのではなく、騒いでいる「感じ」を作っているだけで、きっかけで、全員振り向くのを待っている感じがした。リアクションの表情等もかなり全員が、オーバー目に仕上げてあった。しかも、何カ所もそう言うシーンがあり、すべて全く同じ演技の繰り返しに見えた。まあ、好みの範囲を出ないかも知れない。
面白かったのは、あちこちに「七人の部長」を感じたこと。これはもちろん、「生徒総会」の方が、「七人の部長」より先に書かれているのだから、私の問題なのだが、重なるテーマがあるだけに、セリフやシーンの作り方等が似ている感じがしてしまった。
最後に観たのは、友部(茨城)の「トシドンの放課後」。結果として、この作品が全国大会に出場することになった。多分、このレベルの学校は、全国のためにも褒め言葉より、率直な意見を求めていると思うので、あえて書かせて貰うが、感動できなかった。理由は大きく分けて二つある。
一つは、キャラクタの設定。この物語は、(私の解釈では)教室には入れない別室登校の男子生徒と、本当は純粋だが、その純粋さ故に次々に問題を起こしてしまう女子生徒のそれぞれの葛藤と交流、そして、そこに女子生徒の担任が大人の価値観で関わってゆくと言ったところが見所ではないかと思う。しかし、舞台の上の二人はともにステロタイプのキャラであったように思う。不登校=気弱・問題生徒=マッキンキンの頭。しかし、男子の演技はいかにも「気弱を作ってる」感じだったし、もちろん、金髪は脚本の指定だが、マッキンキンの頭に比べて、クビから下は仕草も含めて、全く普通の女の子だった。
二つ目は、音響効果。狙いなのかも知れないが、やたらと音量が大きく、また、おかしなタイミングで、急に入ったり消えたりする。いい演技に感情移入しかけるたびに邪魔をしていた。リハの問題や部員数等、いろいろ現場の問題があったのかも知れないが、もう少しきちんとした計画と練習と配慮が欲しかった。
もう一つ細かいことだが、非常にリアルな演技の作り方をしている中で、ところどころ、不自然に客席の方を向くシーンがあった。特に、ラストで別れ際に二人が礼をするシーンは、全く二人並んで客席を向く必然性がない。あれはとても重要なシーンだと思うが、もし、印象づけるためにそうしたのなら、成功してはいないと思う。
かなり辛口になってしまったが、トシドンは大好きな脚本。何か一つでも全国へ向けての参考になれば幸いです。夏は見にいきます。パワーアップした舞台を楽しみにしています。

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